第2話『となりの美琴ちゃん』

 午後5時半過ぎ。

 園芸部の活動が終わったので、私は学校を後にする。そのときに神崎先輩のことを探したけれど見つからなかった。それもそうか。花壇の前で会ったときにバッグを持っていたし。あの後すぐに帰ったのだろう。

 食材とか必要なものは昨日買ったので、今日は真っ直ぐ帰ることに。

 私の住んでいるところは、学校から歩いて3分くらいのところにある花宮女子高校の生徒寮の201号室。

 寮というと、みんなで食事をする場所があったり、厳しい門限が設けられていたりするイメージがあるけど、うちの寮にはそのようなものは一切ない。学校が所有する生徒専用のマンションという方が正しいのかも。

 花宮女子高校は7階建ての立派な寮があるため、私のように遠方から1人で上京してくる生徒も多い。友達のうちの何人かもこの寮に住んでいる。


「ただいま~」


 201号室の自宅に帰る。ここでの1人暮らしが始まって2ヶ月以上になるけれど、もうすっかりと慣れたな。ワンルームだけれど、1人で住む場所としては結構広く、綺麗なのでとても満足している。

 ――プルルッ。

 スマートフォンが鳴ったので確認してみると、クラスメイトで親友の泉宮美琴いずみやみことちゃんから1件のメッセージが届いていた。


『今日は早く部活が終わったよ。この後、一緒に夜ご飯を食べたいんだけれどいいかな?』


 美琴ちゃんは隣の202号室に住んでおり、入学前に出会った。お隣さんということもあり、これまでに何度も一緒に夕ご飯を食べた。ただ、美琴ちゃんはバドミントン部で忙しく、私が料理好きなこともあって、私の部屋で一緒に食べることの方が多い。


『もちろんいいよ。肉野菜炒めにするつもりだけれど、それでいい?』


 美琴ちゃんそう返信した。彼女はいつも、お昼ご飯をコンビニで買ったパンやおにぎり、それか食堂で麺類ばかり食べるから、こういうときに野菜を食べさせないと。

 ――プルルッ。

 おっ、さっそく返信が来たかな。


『うん、分かった! じゃあ、野菜持っていくね』


 今日の夜ご飯は美琴ちゃんの持ってきた野菜を使わせてもらおう。美琴ちゃんはたくさん食べるからか、一緒にご飯を食べるときは食材を持ってきてくれることが多い。もらった食材だけで私の分まで作れるときもあるので有り難いなと思う。

 美琴ちゃんからの返信をもらってから20分くらいして、


「お邪魔します、百合。野菜持ってきたよ」


 Tシャツにハーフパンツというラフな格好をした美琴ちゃんが家にやってきた。美琴ちゃん、大きめのレジ袋を持っているけれど、どんな野菜を持ってきてくれたんだろう。


「いらっしゃい、美琴ちゃん。お野菜ありがとう」

「いえいえ。いつも美味しい料理を作ってくれるお礼だよ。はい、百合」

「うん」


 美琴ちゃんからスーパーのレジ袋を受け取って中身を確認すると、キャベツに人参、もやしに玉ねぎか。野菜炒めの定番の材料だ。


「いいお野菜だね。これを使って夕ご飯を作るよ。美琴ちゃんは適当にくつろいでて」

「うん」


 すると、美琴ちゃんはベッドに腰を下ろしてまったりとしている。今日は早めに終わったけれど、きっと部活で疲れているんだろう。

 美琴ちゃんからもらったお野菜を使って、さっそく肉野菜炒めを作り始める。


「いつも思うけど、百合って本当に料理が上手だよね」

「そうかな? 家事全般好きだけれど、その中でも料理が一番好きかな」


 いつかは神崎先輩にも料理を作ってみたいな……なんて。

 そういえば、美琴ちゃんって神崎先輩に似ている気がする。背が高くて、綺麗で凜々しい顔立ちをしていて、笑顔が素敵で。髪は……先輩と違って茶髪のポニーテールだけれど。それに、先輩ほどじゃないけれど、美琴ちゃんも花宮女子高校の生徒に人気がある。


「どうしたの? 凄く楽しそうな笑顔を浮かべているけれど」

「放課後に色々とあってね。夕ご飯を食べるときにでもゆっくりと話すよ」


 今は料理中だし、神崎先輩のことは夕ご飯のときの話題に取っておこう。それにしても、美琴ちゃんがくれた野菜はどれも新鮮でいいな。

 材料を全て切り終わり、いよいよ調理にかかろうとしたときだった。


「ちょっといいかな、百合」


 そう言われ、美琴ちゃんに後ろから抱きしめられる。その瞬間に美琴ちゃんの温もりと爽やかな匂いに包まれて。


「あぁ、こうしていると落ち着くなぁ。疲れも取れるし」

「もう、今は料理中だよ。材料を切り終わったからいいけれど……」

「さすがに包丁を持ったときは危ないと思ったから、このタイミングで百合のことを抱きしめたんだよ」

「ふふっ、そうですか。配慮していただきありがとうございます。ただ、あんまり強く抱きしめると料理しづらいから、今回はそっと抱きしめてね」

「うん」


 私と2人きりのときを中心に、美琴ちゃんは今のように私のことを抱きしめてくる。彼女曰く、私を抱きしめると温もりや匂いと柔らかさのおかげで、勉強や部活の疲れが取れるのだとか。


「百合はいつも甘くて優しい匂いがするよね。百合の黒い髪、柔らかくて好きだなぁ」

「嬉しい言葉だね。あと、匂いっていうのはシャンプーの匂いじゃない? そんな美琴ちゃんからは制汗剤なのか、ミントの爽やかな香りがいつもしてくるよ」

「さすがは百合。あたしのこと分かってる」

「何度も抱きしめられているんだから分かるって」


 その後も美琴ちゃんに抱きしめられ続け、ミントの香りがほのかに感じる中で2人分の肉野菜炒めを作った。


「美味しそうだね」

「今回は中華風の味付けにしてみました。たくさん食べてね」

「うん! じゃあ、いただきます」

「いただきます」


 私は美琴ちゃんと一緒に夕ご飯を食べ始める。

 さっき味見はしたけれど、中華風の味付けもなかなか美味しい。ご飯がよく進むな。


「美味しいよ! さすがは百合」

「それは良かった。美琴ちゃんは運動をたくさんするからまだいいけれど、ちゃんと野菜は食べるようにしてね」

「分かりました!」


 あらあら、敬礼しちゃってかわいいこと。嬉しそうに食べてくれるとこっちまで嬉しくなるよ。これからも美琴ちゃんと一緒に食べるときは、野菜がしっかりと食べられる料理を作っていくことにしよう。


「そういえば、夕ご飯を食べているときに話そう思っていたことって何なの?」

「ええと……実は、今日の放課後に、白百合の花壇の前で2年の神崎先輩と会ったんだ」

「へえ、あの神崎先輩と」

「うん。先輩も白百合の花が好きみたいで、先週の金曜日に水やりをしている私のことを見たから、私と一度話してみたかったんだって。それがとても嬉しくて。神崎先輩のことが好きになったんだ」

「……ふうん、そうなんだ」


 そう言うと、美琴ちゃんの箸が止まる。浮かない表情もしているし。美琴ちゃんがこういう反応をするなんて意外だ。


「どうしたの? 美琴ちゃん」

「……色々と想うところがあって。嫉妬って言えばいいのかな」

「えっ?」

 すると、美琴ちゃんは真剣な表情をして私のことを見つめてくる。今の美琴ちゃん、神崎先輩に引けを取らないくらいにかっこいい。ドキドキしてきた。


「……もし、百合が神崎先輩と付き合うことになったら、もちろん神崎先輩のことを第一に考えるようになるよね」

「まあ、そういう場面は多くなりそうだね」

「ということは、百合のことを抱きしめるもふもふタイムや、百合と一緒にご飯を食べるもぐもぐタイムがそれまでと比べて格段に減っちゃうじゃない! 百合と一緒に過ごす時間は好きだし、癒しでもあるから、それが神崎先輩に多く充てられるようになると思うと、あたしは嫉妬しちゃうんだなぁ」

「そ、そういうことね」


 嫉妬するって言って、真剣な表情で見つめてくるから、てっきり美琴ちゃんが私のことを女の子として好きなのかと思ってしまった。あと、もふもふタイムとかもぐもぐタイムって。まるで、私が毛に包まれてふわふわしているペットみたいじゃない。

 どんな理由であれ、私に嫉妬してくれる美琴ちゃんのことを可愛いと思ってしまう。


「もう、百合はクスクス笑って」

「美琴ちゃんが可愛いなって思ったから。私と一緒に過ごす時間が好きだって言ってくれてとても嬉しいよ。もし、神崎先輩と付き合うことになったとしても、親友と過ごす時間は作りたいって思ってるよ。もちろん、今までよりは減っちゃうと思うけれど。だからこそ、今まで以上にそういう時間を大切にしていきたいなって思うよ」

「……百合らしいな、何だか」


 そう言うと、美琴ちゃんは嬉しそうな笑みを浮かべて、再び夕ご飯を食べ始める。こういう一面を知ったら美琴ちゃんのファンが更に増えそうな気がするな。


「それで、一目惚れした百合は、神崎先輩にいつ告白するの?」

「えっ? さすがに告白はまだ早いかなって。まずは先輩のことを知ったり、話したりして先輩との距離を縮めたいなって思っていて」

「まあ、いきなり告白するよりはいいか」

「うん。それで、美琴ちゃん。神崎先輩のことで何か知っていることってあるかな?」

「そうだね……バドミントン部の先輩から聞いた話なんだけれど、神崎先輩には本人公認のファンクラブがあるんだって。あと、神崎先輩の友人で生徒会長の有栖川先輩のファンクラブも」

「そうなんだ」


 さすがは人気のある先輩方だ。芸能人でもないのに、本人公認のファンクラブなんて、フィクションの世界にしかないと思っていたよ。


「あと、あたしのファンクラブもあるみたいなんだけれどね。最近、ファンクラブの会員を名乗る生徒が、部活の休憩時間にタオルで汗を拭いてくれたり、スポーツドリンクを持ってきてくれたりしてさ。嬉しいんだけれど、何だか申し訳ない気持ちもあって」

「優しい美琴ちゃんらしいね。そっか、美琴ちゃんにもファンクラブか。……私、美琴ちゃんと一緒にいることが多いし、ファンクラブの子に何かされそうな気が……」

「大丈夫だよ。百合はあたしの親友だって分かってくれているみたいだし、百合と一緒にいるときのあたしが好きだっていう子もいるみたいで……」

「そうなんだ。それなら一安心……かな」


 どうやら、美琴ちゃんファンには私の存在が好意的に受け入れられているみたい。


「もし、神崎先輩のファンクラブに入りたいなら、あたしが部活の先輩からそのことについて訊いてこようか?」

「……ううん、いいや。私なりに神崎先輩と向き合っていきたいから。気持ちだけ受け取っておくね、ありがとう」


 そもそも、先輩への恋心を成就させるために、ファンクラブに入ることが必要だとは思わないし。


「……神崎先輩と付き合うことが百合の望む幸せなら、あたしは親友として応援するよ」

「ありがとう、美琴ちゃん。頑張るよ」


 もし、神崎先輩と付き合うことができたときには、美琴ちゃんの大好物の料理を作ろう。そんなことを決意して再びご飯を食べ始めるのであった。

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