第3話『ともだち』
6月5日、火曜日。
花宮市の今日の天気は一日中曇りの予報になっている。しかし、午後からは通り雨が降るかもしれないとのこと。ただ、そんな天気でもいいなって思える。神崎先輩に恋をしたからだろうか。
「今日も先輩に会えるといいな」
そんな希望を胸にして、今日も学校に向かって歩き始める。美琴ちゃんを含め、この寮に住んでいる仲のいいクラスメイトはみんな部活の朝練があるので、私1人で登校することが多い。
学校は寮から徒歩3分で、立派な校舎が部屋のバルコニーから見える。なので、登校するというよりも近所にある大きな建物に行くという感覚に近い。
あっという間に学校に到着し、昇降口に入ったときだった。
「あっ、神崎さんだ。本当に彼女って綺麗だよね。有栖川会長と一緒だと尚更」
「神々しい感じがするよね。神崎さんの隣に相応しいのは生徒会長なのかも……」
そんな話し声が聞こえたので周りを見てみると、生徒会長さんと一緒に楽しそうに歩いている神崎先輩の姿が。
神崎先輩だけでもかなりのオーラがあるのに、生徒会長さんと一緒だとより凄みを感じる。昨日、莉緒先輩が、生徒会長さんだけが神崎先輩と唯一楽しく話せる人だと言っていたのも分かる気がする。
ただ、そんな2人を見ていると胸が締め付けられる。これも神崎先輩に恋をしたからこそなんだろうな。
こんなにたくさんの生徒がいて、神崎先輩が会長さんと一緒にいる中で彼女の名前を呼ぶ勇気は出なかった。そのまま彼女が私の視界から消えていった。そのことに思わずため息が出てしまう。
「前途多難な気がしてきた……」
ファンクラブがあるほどの人気であることもそうだけれど、何よりもあの会長さんが脅威に思えたのだ。神崎先輩と一緒にいるときの会長さんはとても楽しそうな様子で。2人の世界ができているように感じた。
「でも、会長さんと付き合っているって決まったわけじゃないし、可能性はほんのちょっとはあるよね」
自分にそう言い聞かせることで、何とか心を保つことができた。
いつもよりも重い足取りの中、1年2組の教室へと向かう。
「おはよう、百合」
「おはよう! ゆーりん!」
「おはようございます、百合ちゃん」
「みんな、おはよう」
教室に行くと、クラスメイトの中でも特に仲のいい美琴ちゃん、
3人とは入学してすぐに仲良くなった。ゴールデンウィーク明けに席替えをしたら運良く、私の前の席が夏実ちゃん、後ろの席が美琴ちゃん、あかりちゃんが右隣の席になり、前よりも一緒にいることが多くなった。
「百合、あまり元気がなさそうだけど、昨日は眠れなかったの?」
「普通に眠れたよ。ただ、昇降口のところで会長さんと一緒に楽しそうに歩いている神崎先輩を見たらちょっとね……」
「ああ、神崎先輩と会長さんは凄く仲がいいらしいもんね」
「うん。2人の間にいい空気ができあがっていて……」
「なるほどね。それに嫉妬して、がっかりしちゃったわけか」
朝から大変だったね、と美琴ちゃんは優しい笑みを浮かべながら私の頭を撫でてくれる。
「今の話を聞いていると、百合ちゃんからガールズラブの強い香りを感じますね。詳しく話を聞かせていただけますか?」
そう言うと、あかりちゃんは私の両肩をがっしりと掴んでくる。
あかりちゃんは普段は落ち着いた雰囲気で、誰にでも敬語を使っており、まさに大和撫子と言える女の子だ。文芸部に所属する文学少女でもある。藍色のおさげの髪が可愛いし、スタイルも良くて羨ましい。
しかし、そんなあかりちゃんは次元を問わず女の子同士の恋愛の話が大好きで、興奮することもしばしば。
「あははっ、察知したんだね、あかりん。あたしも気になるな」
「でしょう?」
「まあ、みこっちゃんとの話を聞いていればだいたいの想像はできるけどね」
夏実ちゃんはニヤリとした様子で私のことを見てくる。
夏実ちゃんはあかりちゃんと正反対とも言える女の子だ。背も小さくて、茶髪のショートヘアなところが小動物のようで可愛らしい。運動が得意で、テニス部で頑張っている。寮の304号室に住んでいるので、美琴ちゃんほどじゃないけれど、お互いの部屋に行き来して遊んだり、ご飯を食べたりすることがある。
そんな2人も、友人が絡む恋バナにはとても興味があるそうだ。2人にはいずれ話そうと思っていたしちょうどいい。
「実は昨日の放課後、白百合の花壇の前で神崎先輩に会って。一目惚れっていうのもあるけれど、白百合の花が好きで、花に水をあげている私のことを見たから一度話してみたかったって言われたのが嬉しくて」
「それで、ゆーりんは神崎先輩に恋をしたわけだ」
「そうだよ」
「とても美しく素敵な話ですね、百合ちゃん。神崎先輩のことが好きな生徒さんは何人も知っていますが、百合ちゃんのことを一番に応援したいです。私に協力できることがあれば何でも言ってくださいね」
「あたしも協力するよ。それに、先輩に恋をするっていうゆーりんの気持ちも分かるから」
「そういえば、前にテニス部に素敵な先輩がいるって話したよね」
「……うん。今は恋してます」
夏実ちゃんは照れくさそうに笑っている。前はテニスが上手な先輩がいて憧れているって言っていたけれど、憧れの想いが恋心へと変わっていったんだ。
「これまでの話からして、恋心に発展するとは思っていましたが、やはりそうなりましたか。夏実ちゃんも恋が実るように頑張ってくださいね。夏実ちゃんにも協力しますよ」
「ありがとう、あかりん。でも、今はその先輩と一緒に練習できることが幸せだから、それを噛みしめたいなって思ってる」
「そうですか。それぞれに幸せの形はありますよね。私は親しい友人の2人から恋バナを聞くことができて幸せです」
あかりちゃん、本当に幸せそうな笑みを浮かべている。ガールズラブが大好きなあかりちゃんが好きになる相手はやっぱり女の子なのかな。
「美琴ちゃんは何かないのですか? ファンクラブがあるほどですから、美琴ちゃんの場合は誰かに好かれることの方が多そうですが」
「あたしは特にないなぁ。ただ、百合には言ったけど、百合が神崎先輩と付き合うことになったら、あたしと過ごす時間が減るだろうから嫉妬するってことくらいかな?」
美琴ちゃんはいつもの爽やかな笑みを浮かべながら、私のことを正面から抱きしめてくる。昨日以上にミントの爽やかな香りが感じられて。
「ふふっ、そのハグを見たら、もし百合ちゃんが神崎先輩と付き合うことになっても、美琴ちゃんとの関係は変わらないと確信しました」
「あたしもそんな感じがするな」
あかりちゃんと夏実ちゃんのそんな言葉に安心したのか、美琴ちゃんは私への抱擁を解いた。
「いきなり抱きしめられたから、ちょっとビックリしちゃった。……そうだ、2人にも訊こう。神崎先輩のことで何か知っていることってある?」
「私が知っていることと言えば、神崎先輩のファンクラブに入会している人が文芸部にいるくらいですね。あとは、生徒会長さんと小学生のときから親友同士であることくらいでしょうか」
「そうなんだ……」
昨日、莉緒先輩が、神崎先輩と会長さんは幼なじみだって言っていたな。きっと、学校だけじゃなくて、プライベートでも一緒の時間をたくさん過ごしてきたんだろう。
「夏実ちゃんは、何か知っていることはある?」
「ええと……花宮駅の近くにある喫茶店で神崎先輩がアルバイトをしているって部活の先輩が言っていたよ。確か、喫茶店の名前は『喫茶ラブソティー』だったかな」
「喫茶ラブソティー……」
恋愛の香りがしてきそうな店名だ。
スマートフォンで喫茶ラブソティーでネット検索してみると、花宮駅の近くにあることが分かった。
「合ってるよ、夏実ちゃん。ネットの情報だと、女性に人気のお店らしいね」
「じゃあ、そこだね。部活の先輩が行ったとき、神崎先輩がバイトしているからか、店内は女性客でいっぱいだったって言っていたから」
「そうなんだ。教えてくれてありがとう。先輩と会えるかどうかは分からないけれど、さっそく今日の放課後に行ってみるよ」
バイトしているときの神崎先輩の姿を見てみたいし。もし会えなくても、紅茶やコーヒーは大好きなので楽しみだな。
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