第4話『喫茶ラブソティー』
午後3時半。
放課後の楽しみができたことで、今日の授業はいつもよりも集中して受けることができたと思う。今日も終礼を残すだけとなった。
「はぁ、今日もやっと授業が終わったよ」
美琴ちゃんは机に突っ伏している。今日は体育がなく、ずっと教室での授業だったから美琴ちゃんにとっては疲れる1日だったのかも。
「お疲れ様、美琴ちゃん。今日も部活があるんだよね?」
「うん。今日は昨日みたいに早く終わることはないと思うから、夕ご飯はいいかな」
「分かった。部活頑張ってね、美琴ちゃん」
「まだ雨は降っていないから、テニスコートで練習かな」
「2人とも、部活頑張ってくださいね。ところで、百合ちゃんは神崎先輩がバイトをしている喫茶店に行くのですか?」
「うん。今日が先輩のバイトの日かは分からないけれど行ってみるよ。会えなくても、紅茶やコーヒーは好きだから楽しもうかな」
「そのくらいの心づもりで行くのがいいかもしれないですね。ただ、お店で先輩に会えるといいですね」
「うん。あかりちゃんも文芸部の方、頑張ってね」
「ええ」
あかりちゃんの入部している文芸部は、火曜日と木曜日が活動日。園芸部と活動日が被らないので、昔は掛け持ちで入部する生徒もいたという。あと、園芸部のように、文芸部は天候などによって活動するかどうかが変わることは基本的にないそうで。
「はーい、みんな席に着いて。終礼やっちゃうよー」
由佳先生が教室に来たので、さっそく終礼が行なわれた。雨が降ると寒くなるので体調管理には気を付けてという話だけだった。
終礼も終わり、今日は火曜日で部活がないので、さっそく喫茶店に行こうかな。
校舎を出ると、どんよりとした雲が広がっていたけど、雨はまだ降っていなかった。何だかいいことが起こりそうな気がする。
スマートフォンで喫茶ラブソティーの場所を改めて確認する。学校からだと徒歩5分くらいで着くようだ。
さっそく、喫茶ラブソティーへと向かおうと歩き出そうとするけれど、
「そうだ、神崎先輩だって今、学校が終わったんだもんね」
シフトが入っているとしても、きっと早くて4時くらいからだと思う。どこか別のところに行ってからにしようかな。
「そうだ、本屋に行こう」
確か、今日は好きな漫画の最新巻の発売日だったはず。花宮駅近くのショッピングセンターに本屋があるから、そこに寄ってから喫茶ラブソティーに行こう。
寮とは反対方向にある駅の方に向かって歩いていく。
故郷と比べて、花宮駅の周りにはたくさんの人がいる。高いビルがいくつもあったり、大きな商業施設があったり。23区じゃないけど、さすがは東京にある市だなぁと思う。そう思う私が田舎者なだけかもしれないけども。
ショッピングセンターの中にある本屋に行き、お目当ての漫画を購入することができた。夕ご飯の後にでもゆっくりと読もう。
近くにある時計で時刻を見ると、午後4時過ぎになっていた。よし、喫茶ラブソティーに行ってみよう。どうか神崎先輩と会えますように。
スマートフォンで道順を確認しながら、喫茶ラブソティーへと向かう。白を基調とした落ち着いた外観のお店だ。入り口の近くには椅子が数個置かれているってことは、曜日や時間帯によってはお店の前に行列ができるのかな。
お店の玄関を開けると、紅茶やコーヒーの匂いがふんわりと香ってきて。そして、
「いらっしゃいませ……って、百合じゃないか」
運がいいのか、店の奥から来た店員さんは神崎先輩だった。
制服なのか、黒いパンツルックの服をスタイリッシュに着こなしている。背が高くスラリとしているので、こういうボーイッシュな服装もよく似合うなぁ。ただ、黒いエプロンも着ているので可愛らしさもあって。笑顔も素敵。
ただ、そんな神崎先輩の瞳……今は黒いな。昨日、白百合の花の前で会ったときは赤かった気がするけれど。光の具合とかで色が違って見えたのかな。
「こんにちは、神崎先輩」
「こんにちは、百合。百合は喫茶店にはよく来るの?」
「あまり来たことはないんですけど、紅茶やコーヒーが好きで。あとは……神崎先輩がここでアルバイトをしていると友達から聞いて。先輩のいる喫茶店ならより楽しい時間を送ることができるかなと思って来てみました。今が先輩のバイトの時間かどうかは分からなかったですけど」
「そうなんだね。当店のスタッフとして、もちろん私個人としても嬉しい言葉だよ。来てくれてありがとう。それでは、1名様を席までご案内します」
私は神崎先輩の後をついて行く形で店の中へ。
店内にはうちの生徒を含め多くの女性客が来店している。そのうちの何人かはうっとりとした様子でこちらを見ているな。私と同じで、先輩目当てで来店している人が多いのかもしれない。
「こちらにどうぞ」
「ありがとうございます」
店内が一望できる窓側の席に座る。こうして見てみると、店内も落ち着いた雰囲気だ。ラブソティーという店名なので、派手なイメージを抱いていたけれど。
メニューを見てみると、紅茶やコーヒーの飲み物だけじゃなくて、スイーツや料理も豊富だ。紅茶にするのは決まったけれど、せっかくだから何か食べたい。
「冷たいお水です」
「ありがとうございます」
「ご注文はお決まりですか?」
優しい笑みを浮かべながら、神崎先輩がそう言ってくれると、つい先輩のことを注文したくなってしまう。そんなことを思って恥ずかしくなってしまう。先輩のことを間近で見ると胸がキューンとなるよ。
「百合、顔が赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫です。ええと、チーズケーキのホットティーセットをお願いします」
「チーズケーキのホットティーセットですね。かしこまりました。少々お待ちください」
私に軽く頭を下げると、神崎先輩はキッチンらしきところに向かって歩き始める。服装は違っても先輩はとても美しい。来店している人の多くが神崎先輩のことを見ているのも納得できる。
そういえば、昨日……美琴ちゃんが神崎先輩には公認のファンクラブがあるって言っていたっけ。店内にいる花宮女子高校の制服を着た人の中にいるんだろうな。ファンクラブに入れば神崎先輩のことを楽しく語れそうだけれど、先輩は有名人だし友達との話題になるからやっぱりいいや。
「お待たせしました。チーズケーキのホットティーセットでございます」
「うわぁ、美味しそう」
神崎先輩が持ってきてくれたからか本当に美味しそうだ。ホットティーのいい香りもして幸せだなぁ。
「そうだ、百合。これ」
小さな声でそう言うと、神崎先輩は私に紙ナプキンをそっと渡してきた。
「私のスマホの番号とメアド、SNSのIDとか書いてあるからさ。家に帰ってからでいいから登録しておいて」
「わ、分かりました! でも、どうして私に教えてくれるんですか?」
「昨日、家に帰ってから百合ともっと話してみたいなって思ったんだ。昼休みとかだと目立っちゃうから、園芸部の活動がある明日の放課後に教えようかなって思っていたんだよ」
「そうなんですね」
ここでも、神崎先輩と話すのも十分に目立つと思うけれど。
ただ、私がこの喫茶店に来なかったら、連絡先を教えてもらうのが明日になっていたんだよね。もっと、私と話してみたいっていう先輩の気持ちも聞けて嬉しいし。今日、ここに来て本当に良かった。
「じゃあ、家に帰ったら登録しておきますね」
「うん、よろしくね。そういえば、私のクラスを教えていなかったね。私は2年3組だよ。あと、私のことは下の名前で呼んでくれていいんだよ。私は最初から百合のことを百合って呼んでいるし」
「先輩がそう言ってくださるのであれば。……綾奈先輩」
下の名前で言うと凄くドキドキしちゃうな。
すると、神崎……綾奈先輩はニッコリとした笑みを浮かべて、
「うん、とってもいいね。百合がお店に来てくれて嬉しいよ。では、ごゆっくり」
ゆっくりと一礼してカウンターの方へと向かった。
先輩からもらった紙ナプキンはすぐにバッグにしまう。連絡先も教えてもらって、先輩指定で下の名前で呼ぶようになって。お店に来てくれたことが嬉しいと言ってくれて。これは予想以上の進歩じゃないかな。さっきの先輩の様子からして、可能性はかなり広がったように思える。
「……私なりに頑張っていこう。いただきます」
ホットティーとチーズケーキ。どちらもとても美味しい。一口目で好きな味になったし、綾奈先輩のおかげで忘れない味になると思う。
次、来店するときも綾奈先輩がバイトをしているときに来よう。先輩と一緒にお客さんとして来るのもいいかもしれない。そんなことを考えながら、ホットティーとチーズケーキを楽しむのであった。
家に帰るとさっそく、綾奈先輩から受け取ったナプキンに書いてある連絡先をスマートフォンに登録する。確認として、
『白瀬百合です。連絡先を登録しました。綾奈先輩、届いてますか?』
というメッセージを送った。
ただ、今もバイト中なのか、返信はおろかメッセージを表示したことを示す『既読』マークすら付かない。時間が過ぎていくのが遅く感じる。
「待ち構えているよりも、普段通りに過ごしている方がメッセージも来そうな気がする」
喫茶店に行く前に買った漫画を読もう。
ベッドに寄り掛かりながら漫画を読み始める。この作品もいよいよ終盤。ドキドキしながら最初の30ページほどを読んだときだった。
―─プルルッ。
スマートフォンが鳴ったので、すぐに確認してみる。通知を見ると、
「綾奈先輩からメッセージが届いてる!」
先輩から新着のメッセージが1件届いたことを知らせるものだった。胸が躍る。さっそくメッセージを見てみよう。
『ついさっき、バイトが終わったんだ。届いたよ、百合。登録してくれてありがとう。これからよろしくね』
「こちらこそよろしくお願いします!」
嬉しさのあまり、大きな声でそう言ってしまった。まだ美琴ちゃんは帰ってきていないと思うけれど、何だか恥ずかしいな。
『こちらこそよろしくお願いします』
そうメッセージを送ると、今度はすぐに『既読』マークが付いて、先輩からVサインの手のスタンプが送られてきた。
会長さんと一緒にいたのを見たことで不安や嫉妬から始まった今日は、温かな気持ちに包まれながらゆっくりと終わるのであった。
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