第5話『生徒会』

 6月6日、水曜日。

 昨日はドキドキしちゃって眠れないかと思ったけど、いつも通りぐっすりと眠ることができた。目覚めもとてもいい。

 スマートフォンを確認するけれど、綾奈先輩からの新着メッセージはなかった。でも、昨日の夜にしたちょっとしたやり取りはしっかりと残っていて、先輩と繋がりができたんだなと嬉しい気持ちになる。昨日のことは夢じゃなかったんだって。



 学校に行き、美琴ちゃん、あかりちゃん、夏実ちゃんに昨日の放課後のことを報告する。


「ゆーりん凄いじゃん! 喫茶店に先輩と会っただけじゃなくて、連絡先まで交換できるなんて」

「私も同感です。昨日の朝の話では、有栖川会長と仲良くしていて自分にはあまり可能性がない感じでしたが、これは脈があると考えても良さそうですね」

「そうだね、あかり。今のような話は聞いたことはないし。神崎先輩も今まで告白してきた子達とは違う気持ちを百合に抱いている気がするな。……頑張って」


 そう言うと、美琴ちゃんは私のことを後ろから抱きしめてくる。思いの外順調だから、今のうちに、たくさんもふもふしておこうって思っているのかな。


「ふふっ、百合ちゃんに進展があったという話を聞けましたし、そんな百合ちゃんを抱きしめる美琴ちゃんの姿を見ることもできて、今日は朝から幸せですね」

「……何だか、あかりんが高校生活を一番楽しんでいるような気がするよ」

「そうですかね? ただ、みなさんのおかげで本当に楽しい高校生活を送ることができているのは事実ですね。女子校に入学できて本当に良かったです」


 あかりちゃんの笑みを見ていると、今の言葉に嘘偽りが全くないことはすぐに分かった。女子校はガールズラブの聖地だとか思っていそうだ。

 今日も授業を集中して受けることに。ただし、昼休み前の体育だけは長く感じた。どうして苦手な体育の時間は晴天になってしまうのか。蒸し暑くて嫌だったな。

 昼休みになってすぐ、若菜部長から園芸部のグループトークに、


『今日の園芸部の活動はなしです。放課後に、私が花の様子を見ておきます』


 という内容のメッセージが送られてきた。今日は部活はなしか。分かったという旨のメッセージを送った。ただ、帰りに白百合の花だけでも様子を見ておこうかな。

 ――プルルッ。

 ポケットに入れる直前に鳴ったので確認してみると……綾奈先輩からメッセージが届いてるよ! もしかして、デートのお誘いだったりするのかな? ワクワクしながらメッセージを確認してみると、


『突然ごめんね。今日の放課後に、生徒会の仕事で手伝ってほしいことがあるんだけれど大丈夫かな? もちろん、部活の後でいいし、お礼もするから』


 デートじゃなくてお手伝いのお誘いか。部活の後でもいい手伝いってどんなことなんだろう? あと、生徒会ってことは綾奈先輩の親友の会長さんがいるんだよね。そう思うと緊張しちゃうけれど、綾奈先輩から誘われたことは嬉しい。


『分かりました、お手伝いします。あと、今日の園芸部の活動はなしになりました』


 こういう風に返信すればいいかな。

 生徒会って、やる気のある人や頭のいい人の集団のイメージがあるから、お手伝いだとしても私なんかに務まるかどうかが不安だ。

 そんなことを考えていると、すぐに綾奈先輩から返信が。


『ありがとう! じゃあ、放課後になったらすぐに生徒会室へ一緒に行こうか。迎えに行くね。お手伝いが終わったらお礼もするね』


 校内にはいくつも案内板があるし1人でも行けると思うけど、綾奈先輩が迎えに来てくれるというレアなイベントを断るわけがない。連絡先を教えるときには、目立つことを避けようと考えていたけど、私が生徒会室の場所を知らないと思ったから迎えに行こうと決めてくれたのかも。今の時点でかっこいいし嬉しい。

 今日も放課後に楽しみができたので、午後の授業は午前以上に集中して受けることができた。


「ふぅ、今日も終わった。体育があったから今日は早かった気がする」

「そうだね、みこっちゃん。体育がある日っていいよね」

「うん」

「個人的にはない方が嬉しいですけどね。せめても、今日のような蒸し暑い日は避けたいものです」

「私もあかりちゃんと同じかな」

「見事に運動部と文化部で意見が分かれたね。まあたしも今日みたいに蒸し暑い日より、もっと爽やかな日に運動したいかな。……そういえば、百合は園芸部の活動がなくなったけれど、神崎先輩と一緒に生徒会の仕事を手伝うんだっけ?」

「そうだよ。具体的なことは分からないけれど、綾奈先輩が一緒なら大丈夫かな」

「そっか。頑張ってね」

「頑張れよ、あかりん」

「無理せずに頑張ってくださいね」

「うん、ありがとう」


 手伝いをしっかりとやりつつ、綾奈先輩と一緒に過ごす時間を楽しめればいいな。あと、幼なじみである会長さんと先輩のことで何かお話ししたいとも思っている。

 終礼が終わるとすぐに美琴ちゃん、夏実ちゃんはそれぞれの部活へと向かった。あかりちゃんも私に気を遣ってくれたのか、2人のすぐ後に教室を出て行った。

 あかりちゃんがいなくなってから程なくして、廊下から黄色い声が聞こえてきた。もしやとは思うけど、


「百合、迎えに来たよ。一緒に生徒会室へ行こう」


 やっぱりそうだ。バッグを持った綾奈先輩は入り口のところから手招きしている。あんな素敵な先輩が待っていてくれるなんて本当に幸せだよ。

 私はバッグを持ち、小走りで綾奈先輩の目の前まで行く。


「お待たせしました、先輩」

「うん。……みんな、これから私達は生徒会の仕事を手伝いに行くだけだから。それにみんなで行っても、うるさかったら生徒会のみなさんに迷惑かけちゃうから。じゃあ、行こっか、百合」

「は、はい!」


 私は綾奈先輩についていく形で生徒会室へと向かい始める。

 綾奈先輩の呼びかけの効果もあってか、ファンらしき生徒が私達の後を付いてくることはない。


「みんな先輩の言うことを聞いて偉いですね。何人かついてくると思っていましたが」

「そうだね。生徒会の手伝いに行くって言ったから、ファンクラブの子とかに嫉妬されることは多分ないと思うよ」

「そうだといいですけど」


 ただ、綾奈先輩が教室まで迎えに来た時点で嫉妬されそうな気もする。


「嬉しそうだね、百合。生徒会に興味があるの?」

「えっ? まあ、全く興味がないと言ったら嘘になりますね。ただ、先輩に頼まれて、生徒会の仕事を手伝うっていうのは、今回が初めてなのでワクワクしているというか」


 好きな綾奈先輩と一緒にいられることが嬉しいんだとは言えなかった。


「なるほどね。そう言ってくれると頼んだ私も安心だよ」

「ところで、どんなことを手伝うんですか?」

「愛花の話だと、この前やった生活習慣アンケートの集計だったかな。雑務中心だけど、私もたまに生徒会の仕事は手伝っているんだ」

「そうなんですね。アンケート……ああ、中間試験の最終日にやりましたね。何時に起きるとか、一日の勉強時間は平均してどのくらいかとか」

「それそれ。法に触れるのは論外として、遅刻ばっかりするとか、赤点取りまくるとかじゃなければ、人それぞれの生活の仕方でいいと思うけどね。ただ、学年とか、入っている部活とか、寮生と自宅生とかで結果の違いがありそうで面白そうだけど」


 綾奈先輩の言うことも理解はできる。ただ、あのアンケートって生徒会が発行したものじゃなかったっけ。心に留めておこう。

 そんなことを話してからすぐ、綾奈先輩の歩みが止まった。近くには『生徒会室』と書かれた札があった。


「ここが生徒会室だよ」


 そう言って、綾奈先輩は生徒会室の扉をノックする。


『はーい、どうぞ』


 中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。生徒会長さんかな。


「お邪魔しまーす」

「し、失礼します!」


 先輩の後に生徒会室の中に入ると、そこには生徒会長さんと、黒髪のロングヘアでメガネをかけた女子生徒さんがいた。


「あら、綾奈。早かったね。そちらが例の白瀬百合ちゃん?」

「そうだよ」

「初めまして、1年2組の白瀬百合といいます。よろしくお願いします」

「よろしくね、百合ちゃん。入学式とかで見ていると思うけれど、自己紹介するわ。私は生徒会会長の有栖川愛花です。綾奈と同じ2年3組です」

「私は生徒会副会長の黒瀬百花くろせももかです。3年4組です」


 黒髪の生徒さんの方は副会長さんなんだ。とても落ち着いていて、いかにも仕事のできる雰囲気。ただ、会長が2年で副会長が3年というのはやりにくそうな感じがする。


「百合ちゃん、副会長が3年だとやりにくそうとか思ったでしょ」

「……思いました」

「やっぱり。ただ、百花先輩は前の代でも副会長をやっていてね。仕事を教えていただいたりしているからとてもやりやすいよ」


 副会長さんは2期連続でやっているんだ。それなら、仕事もしやすいかも。

 それにしても、会長さん……綾奈先輩と負けず劣らず美人でスタイルがいいな。ハーフアップの金髪も綺麗でいい匂いがする。


「会長になった直後に比べると随分と成長したよね、愛花ちゃん。今ではこっちが頼るときもあるくらい」

「そうなんですね。ちなみに、他にも生徒会の方っているんですか? 生徒会だと書記とか会計の役職の方もいるイメージがありますけど」


 まさか、2人で生徒会を運営しているとは思えない。会長さんと副会長さんなら2人でもできてしまいそうだけれど。綾奈先輩がたまに手伝うし。


「書記と会計の子がいるんだけど、書記の子はご不幸があって、昨日から忌引きで欠席していてね。会計の子は体調を崩して今日は欠席しているの」

「そうなんですね」

「ええ、先週は中間試験明けで忙しかったから、生活アンケートの集計は今週やろうと思っていたの。2人いないから、綾奈と百合ちゃんに手伝いをお願いしたってわけ。あと、これは個人的なことで、百合ちゃんに興味があったっていうのもあって」

「えっ?」

「最近になって、綾奈が急に百合ちゃんのことを話し始めたから。彼女の性格的にそれは珍しいことだから、あなたがどういう子なのか気になってね」

「そういうことでしたか……」


 さすがに幼なじみで親友の会長さんには、私のことを話すんだ。ただ、そういうことが珍しいと言われると、綾奈先輩に選ばれた感じがして嬉しい。


「じゃあ、今日は4人でこの前実施したアンケートの集計を行ないます。綾奈は前にも同じようなことを手伝ってもらったから大丈夫だと思うけれど、百合ちゃんにはどういう風にやっていくか教えるね。もちろん、分からなくなったらいつでも質問していいから」

「分かりました」

「うん。たまに休憩も挟みながらやっていきましょう」


 4人でアンケートの集計作業を始めることに。綾奈先輩と副会長さんはさっそく取りかかっている。集中している先輩の姿はとてもかっこいい。

 私も会長さんに集計のやり方を教えてもらい、会長さんの横で生徒会のお手伝いを始めるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る