第6話『綾奈と愛花』
アンケートの集計のやり方自体は難しくはないけれど、生徒数が多いので自然と量も多くなる。回答が書かれたアンケート用紙を見て、その内容をパソコンに打ち込むので目が疲れてくる。会長さんが先輩や私に手伝ってもらうのが分かった気がした。
「大丈夫? 百合ちゃん」
「集計の仕方には慣れてきました。ただ、こういうことをするのは初めてだからか、目が疲れてきますね」
「そっか。私も初めてやったときは目が疲れたよ。無理はせずに、いつでも休憩していいからね」
「愛花ちゃんの言うとおりだよ。白瀬さん、休みなくやってきたからね」
「はい」
会長さんや副会長さんのお言葉に甘えて、ちょっと休もうかな。
目を瞑るだけでも気持ちいい。それだけ疲れが溜まっているってことなのかな。このまま目を瞑っていたら眠っちゃいそう。
「愛花、ちょっといい? このアンケートに空欄のところがあるんだけれど」
「うん、どれどれ」
気になったので目を開けてみると、会長さんが綾奈先輩のところに行き、顔を寄り添わせながらアンケート用紙を見ていた。こうして間近で見てみると、2人は本当に綺麗で独特の雰囲気を感じる。私がここにいるのが間違いなんじゃないかと思ってしまうくらいに。きっと私とでは、ああいう雰囲気は作れなさそうだ。
「どうしたの? 百合ちゃん。私達のことをじっと見て」
「いや、その……先輩方はとても仲が良さそうだと思いまして。あと、お2人とも綺麗なので見入ってしまったといいますか」
「確かに、白瀬さんの言うことも分かるな。愛花ちゃんと綾奈ちゃんは絵になるよね。2年生だけじゃなくて、学校全体でも最強のコンビかもしれないね。入学してから今まで、成績の学年順位のワンツーを独占しているし」
最強のコンビか。2人の付き合いは長いし、副会長さんのその言葉も頷けてしまう。ちょっと悔しいけれど。あと、2人とも成績がいいんだ。
「2人とも私達のことを高く評価しすぎですよ。愛花とはこの学校にいる誰よりも付き合いは長くて一緒にいることの多い親友ですし、成績も愛花と私の1位2位が続いていますけどね。それも私達なりにやってきた結果ってだけだよね」
「そうね、綾奈。あと、小学生のときに初めて綾奈と同じクラスになってから、今年までずっと一緒っていう運の良さかもしれません。だからこそ、これまで楽しい学校生活を送ることができたんだと思いますね」
「確かに、愛花がいなかったら今の私はなかったかもね」
「まさに親友って感じが伝わってきます。ちなみに、一緒のクラスになって何年になるんですか?」
「初めて愛花と一緒になったのは小学2年生のときだから……今年で10年目かな」
「10年ですか。それなら、この学校で一番付き合いの長い方にもなりますね」
そこまで続くと、運がいいというよりも2人が一緒なのが一番いいと先生方も分かっているように思える。
昨日の朝に見たときは会長さんのことを脅威に思った。ただ、今、こうして話をしてみると綾奈先輩と会長さんは、お互いに相手のことをなくてはならない存在なのだと分かって。2人の築いてきた関係はこれからもずっと続いていくのだろう。
綾奈先輩の恋人になりたいってことは、会長さんくらいの存在にならないといけないのかなと思った。
「百合ちゃんには幼なじみっているの?」
「1人で上京してきたので高校にはいませんけど、地元は人が少ないこともあってか、小学生のときから何度も同じクラスになった友達はいますね。2クラスしかなかったので」
「2クラスだとそうなるね。あと、今の話だと百合ちゃんは寮生なのね」
「ええ。学力が合っていたのが一番ですけど、立派な寮もありますし、進学率とかもいいので花宮女子に受験したんです。そうしたら、特待生として合格できて」
「じゃあ、ここにいる全員が特待生ね」
「そうなんですか。さすがは生徒会メンバーと綾奈先輩ですね」
やっぱり、先輩方はとても頭がいいんだ。彼女達と同じく特待生であることが恐れ多いな。
「百合の故郷ってどんなところなの?」
「愛知県にある
「へえ、そうなんだ。じゃあ、花宮とは随分と雰囲気が違うから、寮に来た直後はホームシックとかにならなかった?」
「家族や友達と離れるので寂しいと思う時期はありましたけど、引っ越した日に後にクラスメイトになる女の子と仲良くなりましたし、ホームシックになるほどじゃなかったですね。東京には憧れていましたし」
「寮だから、住んでいるのはみんな花宮女子高校の生徒だもんね。それなら良かったよ。黒瀬先輩も寮生でしたよね」
「うん、7階に住んでいるよ。私は宮城の方から。花宮女子に受験しようと思ったのは白瀬さんと同じような理由かな」
「そうなんですね」
副会長さんも寮生だったんだ。気付かなかったな。寮に入って2ヶ月ちょっとだし、私が2階の端の部屋に住んでいることもあってか、寮の中で会う生徒はあまりいない。
「綾奈先輩や会長さんは自宅生ですか?」
「そうだよ。ちなみに徒歩通学」
「じゃあ、地元の方なんですね。きっと、綾奈先輩や会長さんと同じ中学出身の方が、何人も花宮女子に進学されているんでしょうね」
「……そうだね」
「私立だけど地元だからね。何人もいるよ、百合ちゃん」
綾奈先輩と会長さんはそう答えた。2人とも笑顔を浮かべたままだけれど、どこか儚く感じる。
そういえば、2人と同じ中学出身でクラスメイトのときもあった莉緒先輩が、綾奈先輩と楽しく話すことのできる唯一の人が会長さんだと言っていたっけ。もしかしたら、そのことが今の2人の反応に関係しているのかも。
何だか微妙な空気になってしまった気がするので、話題を変えないと。
「そ、そういえば! 友達から聞いた話なんですけど、綾奈先輩だけじゃなくて会長さんにもファンクラブがあるんですよね! 高校生なのにそういうのがあるなんて凄い人気だなと思いまして……」
「そう言ってくれて悪い気はしないけれど、ファンクラブがあるって知ったときは驚いたよ。私の知らないところで始まっていたんだから。綾奈はどうだった?」
「私も驚いたな。というか、ただの高校生なのにファンクラブって漫画やアニメにしかないと思っていたくらいだし」
そう言って、綾奈先輩は苦笑い。先輩も私と同じように考えていたんだ。
「先輩方って小さい頃から人気があったんですか?」
「……綾奈は小学生の頃から告白されること多かったよね。特に女の子から」
「そうだね。中学になると一段と増えたな。あと、愛花のことが気になるっていう話は何度も耳にしたことがあるよ。告白もされたよね?」
「そうね。でも、誰かと付き合うつもりは全然なかったし、綾奈と一緒にいる時間が楽しいから、全部断っちゃった」
「私も同じような理由かな。それに、愛花と一緒にいる時間が一番落ち着けるし、楽しいからね」
「……そっか」
すると、会長さんは今日の中で一番嬉しそうな笑みを見せる。
やっぱり、2人はお互いにとって大きな存在なんだと思い知らされる。そして、私の叶えたいことが遥か遠くにあるということも。
「でも、最近は百合ちゃんのことを話すじゃない。芸能人ならまだしも、普通の女の子のことを綾奈が何度も話すなんて珍しいよね」
会長さんは意地悪そうな笑みを浮かべてそう言う。
「……うん。白百合の花に水をあげているときの百合は純粋に楽しそうで、嬉しそうに見えてさ。もちろん顔や雰囲気も可愛いし。出会ったときの愛花に似ていたっていうか。百合となら楽しく話せたりできそうだなって直感で思ったんだ」
「……そう言われると何だか照れちゃうな」
会長さんは頬を赤くして、さっきよりも嬉しそうな笑みを浮かべる。そんな会長のことを綾奈先輩が落ち着いた笑みを浮かべながら見ていて。そんな2人の様子を見ていると胸がチクッと痛む。
「綾奈ちゃんは親友の愛花ちゃんにしか抱かないような特別な想いを、白瀬さんには抱いたということね。それじゃ、愛花ちゃんも気になるよね。話が盛り上がったからか結構時間が経っちゃったし、そろそろ集計作業を再開しようか」
「そうですね、百花先輩。百合ちゃん、目の疲れは取れた?」
「はい、取れました。集計も大分進んだので、残りを一気にやっちゃいます」
「うん、よろしくね。じゃあ、最後まで頑張りましょう!」
私達はアンケートの集計作業を再開する。
休憩したこともあってか、さっきよりもスムーズに作業できているように思えた。残りも少なかったので、4人の中では最初に終わった。
その後も先輩達の手伝いをして、全ての集計作業が終わったときには空が大分暗くなっていた。
綾奈先輩や会長さんからお礼は何がいいかと言われたので、校内にある自販機で大好きなカフェオレを買ってもらった。何度も飲んだことがあるけれど、今までの中で一番甘く、そして苦く感じたのであった。
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