第1話『園芸部のみなさん』
白百合の花の前で、神崎先輩のことばかり思い浮かべていた。中学生のとき、恋をするとその人のことしか考えられなくなるって友達から言われたことがあるけど、まさにその通りだなと思う。
『私は白百合の花よりも百合の匂いの方が好きかな』
あの言葉は私だから言ってくれたのかな。それとも、誰にでも言えてしまうことなのかな。ただ、さっきのあの様子だと色々な人に言っていそう。
「白百合ちゃん、どうしたの? ぼーっとしちゃって」
気付けば、園芸部の2年生・
そういえば、今は園芸部の活動中で、花の様子を確認していたところだったんだ。神崎先輩のことばかり考えていてすっかりと忘れていた。
「すみません、色々とありまして。あと、白百合の花は大丈夫です」
「分かった。今年は早めに咲き始めたけれど、白百合の花は綺麗だよね。これも白百合ちゃんが担当しているからかな?」
「そうだと嬉しいですけど、私が入部するまでの間、莉緒先輩が愛情たっぷりに育てたからだと思います」
「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるね、白百合ちゃんは」
よしよし、と莉緒先輩に頭を撫でられる。
白百合ちゃんという呼び方は、私の名前が白百合にそっくりだから。また、同じ理由で白百合の花の担当を莉緒先輩から引き継ぐことになった。
「白百合の花も大丈夫そうだし、あたし達も部室に戻ろうか」
「そうですね」
私は莉緒先輩と一緒に園芸部の部室へと向かう。
園芸部は主に花壇に花を植えるなどして、ここ私立
一応、活動は月、水、金の週3日となっているけれど、天候などの状況に応じて早く終わる日もあれば、活動がない日もある。
「ただいまですー。白百合ちゃんとあたしの方は大丈夫でした。若菜先輩の方はどうでしたか?」
「私の方も大丈夫だったよ。お疲れ様、莉緒ちゃん、百合ちゃん」
「じゃあ、みんな大丈夫だったから、今日はお茶したら終わりってことにしようか」
「私がやります、由佳先生」
自分のものも含めて4人分の紅茶を淹れることに。今日のように、やることが早めに終わったらみんなでお茶することもある。
園芸部の関係者はこれで全員集合。部員は3人で2年の花菱莉緒副部長、1年の私、あと1人は、
「若菜部長、どうぞ」
「ありがとう、百合ちゃん。……うん、美味しいよ」
3年生の
「由佳先生もどうぞ」
「うん、ありがとね」
園芸部顧問の
今のところ、園芸部は部員3人と顧問の由佳先生で活動している。部が続いていくためにも、もう少し部員が必要だと思うけれど、このメンバーだからこそ感じられるゆったりさもあって。私としてはこのままでいいかなと思っている。
「莉緒先輩も」
「ありがとう、白百合ちゃん」
「そういえば、みんなは中間試験どうだった? 百合ちゃんは高校に入学してから初めての定期考査だったけれど。もう全教科返却されたよね?」
「はい。初めてでしたけれど、全教科90点以上取れました」
「おっ、さすがは特待生。私の教える現代文と古典のテストは100点だったもんね。えらいえらい」
由佳先生は優しい笑みを浮かべながら私の頭を撫でてくる。今日はよく頭を撫でられる日だなぁ。
ちなみに、私は入試の成績が良かったので特待生となり、入学料と今年度の授業料が免除されることになっている。来年度以降も特待生でいられるかどうかは、学校の成績次第で決まるとのこと。頑張らないと。
「白百合ちゃん凄いじゃない」
「……そう言う莉緒ちゃんは?」
「文系科目と英語は80点以上取れましたけど、理系科目は平均点がやっとでした……」
「2年生だし、平均点を取れていればまずはいいんじゃないかな。ただ、期末試験は頑張ってね。若菜ちゃんは?」
「文系科目と英語、数学だけですし、全教科80点は取れました。受験勉強も順調です」
「そっか。引き続き頑張ってね。みんな中間テストはしっかりとできたようで良かった。顧問として一安心だよ」
今の話からして、成績が悪い生徒ばかりだと、部として何か責任を取らされたりするのかもしれない。
神崎先輩って頭はいいのかな。あの雰囲気からして勉強ができそうな感じがするけれど。
「あっ、また顔が赤くなってるよ、白百合ちゃん。本当に白百合の花の前で何があったの? 実はあのとき、スマートフォンで白百合ちゃんの写真を撮ったんだけれど」
「えっ?」
莉緒先輩のスマートフォンの画面には、頬を赤くして白百合の花を見ながらぼーっとしている私の姿が映っていた。こうして見てみると、私ってアホっぽい。まさか、写真を撮られていたとは思わなかったな。
「ふふっ、頬が赤い百合ちゃんかわいい」
「こういう百合ちゃんは教室でも見ないな。自分の名前にそっくりな白百合の花が綺麗に咲いたから見惚れていたのかな?」
「違いますって先生! それに、見惚れたのは白百合の花じゃなくて神崎先輩の方で……あっ」
言っちゃった。思わず口を押さえる。ただ、好きだっていう想いを言葉にすると、やっぱり体が温かくなっていくな。
「へぇ、神崎さんのことが好きになったんだ……」
すると、由佳先生はニヤニヤとした笑みを浮かべながら私の肩をぎゅっと掴む。これは神崎先輩のことで根掘り葉掘り訊かれそうだ。
「神崎さんって2年生の神崎綾奈さんのこと?」
「そうです、若菜部長。白百合の花の様子を見に行ったときに、花壇の前に神崎先輩が立っていて。先輩曰く、白百合の花が好きだそうで。先週の金曜の放課後に花に水をあげている私を見て、一度話してみたかったらしくて。私と同じ花が好きなのが嬉しかったですし、先輩は綺麗で可愛らしいですから一目惚れですね」
髪の匂いを嗅がれて、白百合の花よりも好きな匂いだと言われたことまではさすがに言えなかった。
「なるほどね。白百合の花が好きなのは初耳だけれど、百合ちゃんのように神崎さんのことが好きになった子は3年生にもいるよ。告白した子もいたな。ただ、誰かと付き合っているって話は聞いたことはないね」
「そうなんですね」
「女性職員の何人かが、卒業したら神崎さんと付き合いたいって言っているよ」
「へえ……」
生徒だけじゃなくて教職員からも好意を抱かれているんだ、神崎先輩は。
彼女が誰かと付き合っている話は聞いたことはないから、私にもチャンスがあると思う。ただ、告白したけれどフラれたっていう話をたくさん聞いているから、その壁はかなり高そうだ。
「そういえば、莉緒ちゃんって確か神崎さんと同じ中学の出身じゃなかったっけ?」
「……えっ?」
莉緒先輩、はっとした様子で私達のことを見ている。思い返せば、神崎先輩の名前を出してから、莉緒先輩はずっと黙ったままだな。この中では一番、恋バナとかに興味を持ちそうなのに。
「ごめんなさい、紅茶を飲んだらぼーっとしちゃいました。白百合ちゃんが神崎さんに一目惚れしたってところまでは聞いていたんですけど」
「珍しいね、莉緒ちゃんがぼーっとしているなんて。神崎さんって莉緒ちゃんと同じ中学の出身だって前に言っていた気がするけれど」
「ええ、同じ中学ですよ。1年生のときはクラスも同じでした」
「そうなんですか!」
まさか、莉緒先輩が神崎先輩とクラスメイトである経験があったなんて。神崎先輩について色々と知りたい。
「今までの中で一番テンションが上がってるね、白百合ちゃん」
「だって、中学のみならずクラスまでも同じだなんて! 羨ましいです!」
「そうかな? 同じクラスにはなったけれど、神崎さんって自分から話しかけるタイプじゃないし、有栖川さんっていう幼なじみの子も同じクラスだったから、彼女と一緒にいることが多かったよ」
「その有栖川さん……ってもしかして、生徒会長の
「そう、あの金髪美人の有栖川愛花さんのことだよ、白百合ちゃん」
神崎先輩があの生徒会長さんと幼なじみだなんて。
神崎先輩ほどじゃないけれど、会長さんの話も友達から聞いたことがある。才色兼備で生徒や教職員からの信頼も厚いので、1年生にして生徒会長になったと。
「当時から、神崎さんは特に女子から人気があって高嶺の花だったな。普通の人間じゃないって言う子もいるくらいで。そんな彼女と楽しく話すことのできる唯一の人が有栖川さんって感じだったよ」
「そうなんですね。ちなみに、神崎先輩と生徒会長さんが付き合っているっていう話は……」
「聞いたことないな。ただ、フラれた子があまりにも多い中、有栖川さんとはいつも仲良くしているから、有栖川さんのことが好きだとか、本当は付き合っているんじゃないかっていう噂は流れてる」
「私も神崎さんと有栖川さんが一緒にいるところを見たことがあるけれど、楽しそうで人気者らしいオーラもあったな」
「な、なるほどです」
魅力的な人が幼なじみだなんて。しかも、実は付き合っているんじゃないかって噂があるほどに仲がいいとは。神崎先輩に恋をするようになったけれど、それが成就する可能性はとても低そうな気がする。思わず大きなため息をついてしまった。
「恋する女子高生が悩む顔、それもまた素敵で可愛いって先生は思うよ」
「笑顔で生徒にそう言わないでください。由佳先生はSなんですか?」
「Sじゃないよ。ただ、素敵で可愛いなって素直に思ったから。ただ、恋はしたときに思いっきりしなさい。特に学生の間にした恋はね。先生は応援しているよ。恋愛経験はほとんどないけれど、何か力になれるかもしれないし相談に乗るからさ」
「私も相談に乗るからね、百合ちゃん」
「……頑張りなさい、白百合ちゃん」
「……ありがとうございます。私なりに頑張ってみます」
いきなり告白するよりも、まずは神崎先輩のことを知っていくのが一番いいのかなと思う。先輩と話したりとかして、少しずつでもいいから彼女との距離を近づけたい。
神崎先輩は今ごろ何をしているのかな。そんなことを考えながら飲む紅茶はすっかりと冷めていたのであった。
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