第48話『交わりの夜』

「お風呂気持ち良かったね、百合」

「はい。ですから、夏なのにたくさん入っちゃいましたね」


 のぼせそうになるんじゃないかっていうくらいに、綾奈先輩と一緒に湯船に浸かっていた。なので、浴室から出るとかなり涼しく感じて。

 バスタオルで体を拭いて、下着を穿こうとしたときだった。


「ねえ」


 綾奈先輩はそう言うと、私を後ろから抱きしめてきて、


「今夜は服を着なくてもいいんじゃない?」


 そんなことを囁いてきたのだ。先輩の温かい吐息がくすぐったくて、体がビクついてしまう。

 ゆっくりと振り返ると、そこには優しい笑みを浮かべて私のことを見る綾奈先輩がいた。今の先輩は赤いサキュバス姿のままだ。全然具合が悪そうには見えないので、本当に赤いサキュバスだと副作用はないようで。


「何を言っているんですか、綾奈先輩。服を着なかったら、風邪を引いてしまいますよ。健康あってこそお泊まりも楽しいものになると思いますから」

「……百合がそう言うなら、それでいいか。ごめん、変なこと言っちゃって」

「いえいえ、気にしないでください」


 本当はどうしてあんなことを言ったのか、ある程度の想像はついていた。ただ、それをする勇気が今の私にはまだなくて。

 寝間着に着替えて、私達は部屋へと戻っていく。すると、さっそく綾奈先輩がドライヤーを使って、私の髪を乾かしてくれることに。


「前から抱きしめる度に思っていたけど、百合の髪って本当にサラサラしているね。今は髪を洗ったばかりってこともあって、シャンプーのいい匂いが香ってくるし」

「そう言ってくれて嬉しいです」

「顔を埋めて寝たいくらいだよ。凄くいい夢が見られそう」

「本当に気に入ってくれているんですね」


 明日の朝は私の髪に埋もれているかもしれないな。


「さあ、これでいいかな、百合」

「ありがとうございます。今度は綾奈先輩ですね」

「うん、お願いします」


 場所を交代して、私は綾奈先輩の髪を乾かしてゆく。先輩の髪も柔らかくサラサラしていて、髪を洗った直後だからかいい匂いがする。髪に顔を埋めたいと綾奈先輩が言うのも分かるかも。

 髪を乾かしてもらうのが嬉しいのか、尻尾を左右に振っている。犬や猫みたいでかわいい。


「先輩、どうですか?」

「凄く気持ちいいよ。最近は、こうして誰かにやってもらうことはあまりないから不思議な感じもする」

「会長さんや香奈ちゃんにはやってもらわないんですか?」

「愛花は小学生くらいまではお互いの髪を乾かしていたけど、中学になってから数えるくらいにしかやっていないかな。どっちも髪が長いし」


 確かに、会長さんの髪も結構長いな。長いと大変だから乾かしてもらおうという気になれないのかも。


「香奈も別々にお風呂に入るようになってからは、髪を乾かしてもらうことはないかな」

「そうなんですか。……このくらいでいいでしょうか、綾奈先輩」

「うん、ありがとう」


 綾奈先輩はゆっくりと私の方に振り返ると、私にキスしてくる。髪を乾かしてくれたお礼なのかな。

 ただ、そのキスはすぐに終わらず、綾奈先輩は私のことを抱きしめ、優しく舌を絡ませてきた。お風呂の前に飲んだコーヒーの味が仄かに残っている。

 唇と離すと、綾奈先輩はうっとりしながらも微笑んでいた。


「ねえ、百合」

「はい」

「さっきははっきりと言えなかったけど、百合と……キスよりも先のことがしたい。百合のことをもっと感じたいし、より強く繋がりたい。もちろん、百合が嫌だってことはしないから。……どうかな?」


 頬を赤く染めたまま、綾奈先輩は真剣な様子でそう言った。やっぱり、キスよりも先のことがしたいって思っていたんだ。


「ど、どうして笑うの」

「いえ、ただ……思った通りだなって。そういうことをしたいから、服を着る必要はないって言ったんだなと思って。もう、綾奈先輩の……えっち」

「……今の百合、凄く可愛かった。それで、してもいいかな?」

「綾奈先輩が相手ですからいいですよ。でも、その……誘ってきたのは先輩なんですし、こういうことは私も初めてなので、先輩がリードしてくれると嬉しいです」

「うん。私も初めてだけど頑張ってみる」

「ありがとうございます。あと、隣は美琴ちゃんの部屋なので、あまり声が大きくならないように注意しないと」

「ふふっ、そうだね」


 綾奈先輩、とても嬉しそうな笑みを浮かべている。あと、今までの中で一番赤いオーラがたくさん出ている気がする。



 その後、ベッドの上で綾奈先輩とたくさんイチャイチャした。

 最初は綾奈先輩にリードしてもらって。そのときの綾奈先輩はかっこよくも艶やかだった。

 ただ、私に色々されたいと言われたので、綾奈先輩のことを一度リードしてみた。そのときの先輩は甘い声を時折漏らして可愛らしかった。赤いサキュバスの姿になっていたからか、かなり甘えてくるときもあって。普段の先輩とのギャップが激しい。

 一度ずつリードし合ってからは……気分次第だったり、成り行きだったり。イチャイチャする中で先輩とたくさんキスして、体中にキスをした。

 最初は先輩の温もりや匂いを強く感じていたけど、時間が経つに連れて先輩と同じになったような気がした。

 私の……色々なものを接種したからか、綾奈先輩は元の姿に戻っていた。



「……しちゃったね、百合」

「ええ、たくさんしちゃいましたね、綾奈先輩」


 綾奈先輩は口や指だけじゃなくて、しっぽも使って私の体をくすぐったりしてきた。


「百合は想像以上に可愛くて、たまにSになるってことが分かった」

「綾奈先輩が可愛いんですもん。あと、先輩、たまに大きな声出しちゃっていましたね」

「だって、百合が上手なんだもん。私の気持ち良くなるツボを見つけるのが上手だよね。まあ、過ぎたことはしょうがないし、泉宮さんに何かそのことで訊かれたら、百合と愛情を確かめ合っていたって答えればいいよね!」

「……それが一番ですよね」


 言葉を選びながら、事実を伝えればいいか。美琴ちゃんも私と先輩の関係はちゃんと分かっているし。

 ただ、今後……同じようなことをするときは、大きな声を出さないように気を付けないと。


「こうして女の子と恋人として付き合うようになって、色んなことをする日が来るなんてね。サキュバス体質のことがあったから。その相手が百合で良かったよ。白百合の花に水をあげている百合の姿を初めて見たとき、百合に恋をして良かった」

「私も綾奈先輩を好きになって、色々とする相手が先輩になって良かったです。私は先輩が大人気とか、数多くの告白を振ってきた話を聞いていたので、先輩と付き合って色々なことができる日が来ると思わなかったです。もちろん、そういうことができればいいなとは思っていましたけど」


 実際にするよりも、妄想をする方が恥ずかしかったな。しかも、たまに妄想しながら1人で……ね。


「そっか。百合に恋心を抱いてから、特殊な体質を持っている自分が百合のことを幸せにできるかどうか不安で。でも、百合と一緒の時間を過ごすようになって、百合なら信頼できそうだって思えるようになってきて。ただ、一度目に告白されたとき、恋人として付き合って百合を幸せにする勇気を出せなくて振ったんだ。あのときは本当にごめんね」

「気にしないでください。あのとき、私は先輩に告白したいから、出会ったあの場所で告白したんです。綾奈先輩は何も悪くありません」

「そう言ってくれると心が軽くなるよ。ただ、白百合の花の前での告白があったからこそ、百合のことをしっかりと考えられたし。百合と一緒にいたい、恋人として付き合いたいっていう気持ちになったけれど、百合への罪悪感が強くて結局倒れちゃった」


 今でも当時のことを思い出すと胸が締め付けられる。ただ、あの告白がなければ、今がなかったかもしれない。きっと、先輩と幸せになれる通過点だったのだと思っておこう。


「あのときは、もう綾奈先輩と話せないかもしれないと思いました。そうなったのは自分のせいだって罪悪感を抱くこともあって。だから、具合が悪くなってお見舞いに行けないときがあったんです。ただ、会長さんや美琴ちゃん達のおかげもありますし、何とか立ち直れました。眠ってはいますけど、綾奈先輩とも会えますから。それでも、やっぱり……こうして先輩と話せて、キスとかができると幸せですね」

「百合……」


 綾奈先輩は私のことをぎゅっと抱きしめてくる。私も先輩の背中に手を回す。


「綾奈先輩のこと、これからはもっと支えていきたいです」

「私だって、百合のことを支えたいし守りたいよ。そのためには、黒いサキュバスの姿にならないように気を付けないと」

「私も気を付けないといけないですね。私が傘で胸を突かれたことで、黒いサキュバスの姿になってしまいましたから」

「あれは例外だと思いたいね。もし、似たようなことが起こりそうなときは、私が百合のことを絶対に守るから」


 すると、綾奈先輩は私にキスしてくる。ベッドに入ってから数え切れないほどキスしたけど、先輩の唇の感触はとてもいいし、何よりもドキドキする。


「百合とキスして、抱きしめていると幸せな気持ちで満たされていくよ。これからもずっと恋人としてよろしくね。大好きだよ、百合」

「私も大好きです。こちらこそよろしくお願いします、綾奈先輩」


 今度は私の方からキスする。

 ずっと、ずっと……綾奈先輩と一緒にいることのできる関係でいられるように頑張ろう。そんなことを想いながら、綾奈先輩と2人きりで過ごす初めての夜は終わるのであった。

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