エピローグ『おめでとう』

 期末試験が終わってからは、終業式の前日まで午前授業となる。その中で各教科の期末試験が返却されることに。

 試験前に色々なことがあったけど、どの教科も90点以上を取ることができた。この調子で行けば、来年も特待生の資格を得ることができるかな。

 あかりちゃんも私と同じくらいの点数を取り、美琴ちゃんや夏実ちゃんは赤点なしで期末試験を乗り切ることができた。

 綾奈先輩と会長さんは100点満点が基本だったとか。会長さんは納得だけれど、期末試験前日に退院した綾奈先輩はよくそんな点数を取れたなと思う。これもサキュバス体質の影響なのかと思ってしまう。あと、綾奈先輩は無事に喫茶ラブソティーへのバイトに復帰した。



 みんな、無事に期末試験を終えて、高校生になって初めての夏休みが始まった。



 7月25日、水曜日。

 高校最初の夏休みは、災害級とも言える猛暑から始まった。今日も花宮市は朝からずっと晴れていて蒸し暑い。

 今日は私の16歳の誕生日。ということで、綾奈先輩は午前中から私の家にいてくれて、今日は泊まる予定になっている。また、今日までに家族や地元の友達からたくさん誕生日プレゼントが届いていた。

 しかし、昼過ぎに店長さんからメッセージが来て、午後4時半から緊急に喫茶ラブソティーでのバイトが入ってしまった。何で今日という日にバイトが入ってしまうのか。接客の人が急病で休んでしまったのが理由なので仕方ないけど。夕ご飯は先輩が作る予定になっているし、なるべく早く帰ると言ってくれた。

 ただ、綾奈先輩のバイトが始まった午後4時半過ぎ。先輩から、


『午後6時になったら、喫茶ラブソティーに来て』


 というメッセージが届いたのだ。午後6時といったらまだお店は営業中だけど、何かあるのかな。

 もしかして、夕ご飯をごちそうしてくれるのかな。先輩の手作りの料理も食べたかったけど、綾奈先輩と夜に外食というのも特別感があっていいか。いや、喫茶ラブソティーのキッチンを借りて、綾奈先輩が誕生日のために考えていた料理を作ってくれるのかも。夕ご飯は自分が作るって張り切っていたもんね。

 午後6時に近くなり、私は寮を出発し、夕暮れの花宮市の中心街を歩いていく。さすがに夏休みということもあってか、制服姿の人は少ない。


「あれ?」


 喫茶ラブソティーの前に到着するけど、お店がもう閉まっちゃったのかな。玄関にかかっているプレートは『CLOSE』になっているし。中の電気も消えているみたいだし。

 午後6時ピッタリになったけれど、どんな状況になっているのか想像もできないので、


『綾奈先輩。お店は閉まっているみたいですけど』


 というメッセージを綾奈先輩に送った。先輩、スタッフルームにいるのかな。

 すると、すぐに先輩からすぐに返信が届いて、


『大丈夫。お店の入り口からお店の中に入れるから。私を信じて』


 目の前に『CLOSE』のプレートがあると閉まっているに決まっていると思うけど、綾奈先輩から自分のことを信じてって言われたら信じるしかない。

 意を決し、お店の入り口の扉を開けてみる。


「綾奈先輩。百合です」

「百合、ちゃんと来てくれたね。じゃあ、いくよ。せーの!」


『百合ちゃんお誕生日おめでとう!』


 すると、店内の電気が点いた途端、綾奈先輩達がクラッカーを鳴らした。私に拍手を送ってくれる。

 お店の中には綾奈先輩はもちろんのこと、会長さん、美琴ちゃん、夏実ちゃん、あかりちゃん、莉緒先輩、若菜部長、由佳先生、香奈ちゃん、美紀さん、このお店のオーナーである店長さんと副店長さんがいたのだ。店内もテーブルやイスの配置、壁の飾りなど普段とは違う雰囲気になっている。


「綾奈先輩、これは……」

「百合の誕生日パーティーだよ。この喫茶ラブソティーでやろうと思って、愛花や泉宮さん達を中心に期末試験が終わった直後から話し合っていたんだ。店長や清恵さんにも、25日の夕方から貸し切ってもらえるように頼んでおいたんだよ」

「そうだったんですか。全然気付きませんでした。じゃあ、4時半からバイトがあるっていうのは……」

「うん、バイトっていうのは嘘で、このパーティーのための料理を作ったり、店内の飾り付けをしたりしていたんだ。今まで隠していてごめんね。愛花達もこれまで伏せてもらってありがとう!」


 ここにいる全員から、今までパーティーのパの字も聞いていなかったから、本当に驚いたよ。こんなに多くの人が祝ってくれるなんて。


「ゆ、百合! 今まで隠していて本当にごめん! それとも、さっきのクラッカーの衝撃が今になって来た?」

「えっ?」

「だって、涙を流しているから……」


 綾奈先輩にそう言われたので目元や頬を触ってみると、確かに濡れていた。


「本当だ、涙が流れてます。でも、この涙は……とても嬉しいからですよ。本当にありがとうございます。みなさんもありがとうございます」

「嬉しい涙で良かったよ。……百合、16歳の誕生日本当におめでとう」


 すると、綾奈先輩は私のことを抱きしめて、優しく頭を撫でてくれる。幸せに包まれるってこういうことを言うのかな。


「さあ、みんな。もう一回鳴らすわよ! せーの!」


 会長さんが大きな声でそう言うと、


『百合ちゃん、綾奈! お付き合いおめでとう!』


 すると、もう一度大量のクラッカーが鳴らされた。そのことが予想外だったのか、綾奈先輩はビクついた。


「お付き合いおめでとうって……愛花、どういうこと?」

「百合ちゃんのお誕生日も喜ばしいけど、綾奈と付き合い始めたことだって同じくらいに喜ばしいじゃない。だから、そのことについてもお祝いしようって、私や香奈ちゃん、泉宮さん、瀬戸さん、能登さんが中心になって考えたの」

「どうやってお祝いしようか、あかりが率先して考えていたよね」

「まあな。そもそも、あかりんが発案したじゃないか、みこっちゃん」

「百合ちゃんと神崎先輩が恋人になったという素敵なことを祝うのです。お二人の思い出になるようなお祝いができないかどうか張り切って考えました!」

「そ、そうなんだね、あかりちゃん」


 張り切って考えちゃうところがあかりちゃんらしい。


「お二人が付き合うことも祝うのですから、ここは是非、みなさんの前でキスを交わすというのはどうでしょうか!」


 あかりちゃんは興奮した様子で私達にデジカメを向けている。本当にあかりちゃんのガールズラブ好きは底知れないな。


「おっ、ナイスアイデアだな! あかりん!」

「意識を失っているときの神崎先輩にキスするところは見たことあるけど、意識を取り戻してからはまだ見たことなかったな」


 私の家や綾奈先輩の家はもちろんのこと、学校でもできるだけ誰にも見られないところで先輩とはキスしていたから。


「家にいるとき、お姉ちゃんと百合さんがキスしたところをこっそりと見たことはありますね」

「私は学校でこっそり見たことあるよ、香奈ちゃん」


 香奈ちゃんや会長さんに見られていたとは。キスしているときは先輩のことしか考えていなかったから全然気付かなかった。今になって恥ずかしくなってくる。


「綾奈ちゃんと白瀬さんさえよければ、私も見たいわね。清恵ちゃんもそう思うでしょ?」

「そうだな。キスを見たら、昔の葉子とのことを思い出しそうだ」

「お母さんも見たーい!」

「花宮女子の生徒同士の交際だから、教師として一度見ておきたいな。百合ちゃんは担任であり、部活の顧問だからね。恋の証人になるよ。若菜ちゃんや莉緒ちゃんはどう?」

「どんな感じか興味はありますねぇ」

「神崎さんと付き合っていると白百合ちゃんから報告されましたけど、キスはまだ見ていませんね。一度見ておきたい気はします」


 みんな、私と綾奈先輩のキスに興味津々じゃないか。ここまでキスを見てみたいと言われると、恥ずかしさもどこかへと行ってしまった。


「どうしましょうか、綾奈先輩」

「みんな祝ってくれているんだ。そのお返しという意味でもキスしようか」

「……分かりました」


 綾奈先輩もそんなに恥ずかしがっていないようなので、みんなの前でキスしよう。そう心に決めて、私は綾奈先輩と見つめ合う。


「百合。改めて誕生日おめでとう。……好きだよ」

「私も大好きです、綾奈先輩」


 私がそう言うと、綾奈先輩は私のことを抱きしめてそっとキスを交わした。

 その瞬間に拍手が起こったり、シャッター音が聞こえたり、あかりちゃんや香奈ちゃん達の黄色い声が響いたり。みんなに祝福されているんだなと改めて実感した。



 それから、綾奈先輩や会長さんの作った夕ご飯を食べながら、みんなと一緒に楽しい時間を過ごして、たくさんの誕生日プレゼントをもらった。

 どのプレゼントも素敵だけど、東京の花宮市という場所で、こんなにも多くの人達と出会えたことが16歳になった私への一番のプレゼントかな。そんな人達の中で、神崎綾奈先輩という素敵な人と恋人になれたこと。それが何よりも嬉しくて。


「百合。家に帰ったらまた楽しい時間を過ごそうね」

「はい! 今の時点で今日は忘れない日になりましたけど、綾奈先輩ともっともっと素敵な時間を過ごして、より忘れない日にしたいです」

「私もだよ」


 初めて先輩が泊まりに来たあの日のような感じで過ごすのかな。そう思うだけでドキドキしてくるよ。

 きっと、綾奈先輩とならこれからも楽しい日々を送ることができるだろう。綾奈先輩の素敵な笑顔を見ながらそう思うのでした。




『白百合に泣く』 おわり

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白百合に泣く 桜庭かなめ @SakurabaKaname

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