第9話『放課後の尋問』

 サキュバス体質の話をした後も、綾奈先輩と学校生活などのことでお喋りをしたり、実家から持ってきたアルバムを一緒に見たりして先輩と2人きりの時間を楽しんだ。アルバムを一通り見終わったときには、午後6時半過ぎになっていた。

 寮を出たところまで見送ろうと一緒に外に出ると、運良く雨は止んでいた。


「百合、今日は楽しかったよ」

「私も楽しかったです。また来てくださいね」

「ありがとう。いつか、私の家に招待するよ。妹にも会わせたいし」

「楽しみにしています」

「うん。玄関まで見送ってくれてありがとう。じゃあ、またね」

「はい」

「あれ、百合じゃないか。一緒にいるのは……神崎先輩ですか」


 気付けば、部活が終わったのか美琴ちゃんが帰ってきていた。


「こちらの茶髪の彼女は知り合いなのかな、百合」

「はい。隣の部屋に住んでいるクラスメイトの泉宮美琴ちゃんです」

「泉宮美琴……ああ、愛花から聞いたことがあるよ。ファンクラブができるほど人気の1年生だって。初めまして、2年の神崎綾奈です」

「初めまして、1年の泉宮美琴です」


 綾奈先輩と美琴ちゃん。2人とも背が高くて綺麗な女の子だからか、物凄い光景を見ているような気がしてきた。あと、先輩方は人気者の美琴ちゃんのことを知っていたんだ。


「ここに百合と一緒にいるってことは、神崎先輩は今まで百合の部屋にいたんですか?」

「うん。昇降口で偶然会って、今日はお互いに放課後は何も予定がなかったから。雨も降っていたし、百合の部屋でゆっくりさせてもらったんだ」

「そうだったんですか。……良かったじゃん、百合」

「美琴ちゃん!」


 ニヤニヤして言わないでほしいよ、もう。まだ、私……綾奈先輩に好きだって伝えていないんだから。


「うん? どうしたの、百合」

「いえいえ、何でもないですよ」

「そっか」


 良かった、感付かれていないみたい。


「泉宮さんは部活帰り?」

「はい。バドミントン部に入っていて、ついさっき練習が終わりました」

「そうなんだ。練習お疲れ様。じゃあ、私はこれで帰るよ」

「はい。さようなら、綾奈先輩」

「さようなら、神崎先輩」

「うん、さようなら。百合、泉宮さん」


 その後、綾奈先輩の姿が見えなくなるまで、美琴ちゃんと一緒に見守り続けた。ついさっきまで夢のような時間を過ごしたのだと思いながら。


「まさか、寮の前で神崎先輩と一緒にいる百合と出くわすとは思わなかったよ」

「私も美琴ちゃんに会うとは思わなかった。部活お疲れ様。まだ、何にしようか決めていないんだけれど、今日は夕ご飯一緒に食べる?」

「うん、食べる! 着替えたら百合の部屋にお邪魔するね」

「分かった」


 美琴ちゃんと一緒に寮の中に入り、一旦、別れることに。

 冷蔵庫の中を見てどんな食材があるかを確認し、今夜はナポリタンを作ることに決めた。そのことを美琴ちゃんに伝えると、スパゲティと具材として入れてほしいのかベーコンを持ってきてくれた。

 美琴ちゃん持参のスパゲティとベーコンも使って、野菜たっぷりのナポリタンを2人分作る。その間は、この前のように後ろから美琴ちゃんに抱きしめられた。


「うん、美味しい!」

「それは良かったよ」


 美琴ちゃんはいつも美味しそうに食べてくれるから嬉しいよ。今日はコーヒーを淹れることしかできなかったけれど、いつかは綾奈先輩にも料理を振る舞いたい。


「そういえば、美琴ちゃん。寮の前で綾奈先輩と会ったけれど、ドキドキしなかった?」

「えっ? そうだね……綺麗な人だとは思ったけど、あまりドキドキはしなかったな。ただ、私と同じくらいの背の高さなのに、胸がかなり大きくて羨ましいと思ったくらいかな」

「な、なるほどね」


 確かに、綾奈先輩はかなりスタイルがいい。ただ、胸の大きさは会長さんの方があるんじゃないだろうか。

 綾奈先輩の言ったとおり、サキュバス体質の影響は個人差があるようだ。美琴ちゃんはそこまで影響は受けていない。


「せめても、百合くらいの大きさの胸になりたいよ」

「きゃっ」


 そう言うと、美琴ちゃんはニヤリとした表情を浮かべながら、右手の人差し指で私の胸を押してくる。きっと、綾奈先輩ならドキドキしただろうけど、美琴ちゃんだと驚きしかない。


「もう、美琴ちゃんったら」

「不機嫌そうな百合も可愛いよ。胸は柔らかいし、もみもみタイムを新設したいかも」

「それはさすがに止めてほしいかな」

「分かったよ」


 美琴ちゃんはそう言うけれど、彼女のことだから、もふもふタイムの中で胸をもみもみしてきそうだ。今度から気を付けないと。


「それにしても、神崎先輩とは順調だって聞いたけれど、部屋で2人きりで過ごすまでの仲になっていたとは」

「偶然が重なっただけだよ。家に来ませんかって言ったのも、どこかに遊びに行くか決めていいって言われてもなかなか思いつかなかったからだし」

「そっか。有栖川会長くらいしか仲がいいっていう話を聞かないから、そう考えると凄いことだと思うよ。意外と脈があったりして」

「そうだといいな」


 ただ、これまで会長さんくらいしか知らないサキュバス体質のことを教えてくれたし、何よりも私と楽しい時間をこれからも過ごしたいって言ってくれたんだ。私に好意を抱いているかは分からないけれど、他の人よりは心を開いてくれていることは確かだろう。


「野菜炒めを食べながら、百合から一目惚れした話を聞いたのが遠い昔に思えるよ」

「まだ3日前なんだよね。半月くらい前に感じる」

「あたしは1ヶ月くらいかなぁ」

「どうして私よりも昔に感じるの。それだけ濃密な3日間だったんだな」


 バイト先で先輩に会ったり、先輩と一緒に生徒会のお手伝いをしたり、この部屋で先輩と2人きりで過ごしたり。思えば、出会った日から今日まで毎日先輩と会っているんだ。野菜炒めを食べた月曜日の私に教えてあげたい。


「今日のことをあかりに教えたら、興奮しすぎて鼻血出るんじゃないか?」

「……否定しきれないところが恐いね。あと、ナポリタン食べているときに鼻血とか言わないでよ」

「あははっ、これは失敬」


 美琴ちゃんは楽しそうな笑みを浮かべながらナポリタンを食べている。

 綾奈先輩との2人きりで過ごす時間も良かったけれど、親友の美琴ちゃんと過ごす時間も結構好きだなと改めて思う。このゆるくてゆったりとした感じ。


「あっ、美琴ちゃん。頬にケチャップが付いてる。拭くからじっとしてて」

「ありがとう、百合」


 たまに母性本能をくすぐられるときもあって。私と同じく大学生のお兄さんがいるからか、美琴ちゃんは末っ子的な一面を見せることがある。私の妹に似ているところも意外とあって。だからこそゆったりとできるのかもしれない。そんなことを考えながら、彼女の頬を拭くのであった。




 6月8日、金曜日。

 今日も梅雨らしく朝から雨がしとしとと降っている。天気予報によると、今日はずっと雨が降り続き、肌寒い1日になるそうだ。

 昨日の放課後のことをあかりちゃんと夏実ちゃんに話す。さすがに、美琴ちゃんが言ったような鼻血騒ぎにはならなかったけれど、あかりちゃんは顔を真っ赤にして大興奮だった。私の恋が順調なことを夏実ちゃんと一緒に喜んでいた。

 休み時間に綾奈先輩とメッセージをやり取りすることに元気をもらい、今日も授業をしっかりと受けた。



 放課後になり、私は園芸部の部室へと向かい始める。今日は雨が降っているし、月曜日と同じような活動内容になるのかな。

 人気が全然ない部室棟に近い出口が見えてきたときだった。


「あの、ちょっといいかな」


 そう声をかけられたので振り返ると、そこにはウェーブのかかった桃色のセミロングの髪の生徒が。にっこりとした笑みが可愛らしい人だ。


「何ですか?」

「あたし、3年1組の小宮好子こみやよしこ。2年生の神崎綾奈さんのファンクラブの会長をしているの」

「そうなんですか」


 まさか、綾奈先輩のファンクラブの会長さんが私に話しかけてくるなんて。その理由は何となく分かるけれど。


「あなた、一昨日と昨日の放課後に神崎さんと一緒にいたよね。一昨日は教室から生徒会室に行くところ。昨日は寮の方に一緒に帰っていく姿をうちの会員の子が目撃しているの」

「そうなんですか。小宮先輩が言うように、一昨日と昨日の放課後は綾奈先輩と一緒にいました」


 やっぱり、綾奈先輩と一緒にいたことについて訊きに来たんだ。ファンクラブがあると分かってから、先輩と一緒にいるところを見られているかもしれないとは思っていた。


「ふうん、正直に言うだけまだ可愛げがあるなぁ」


 すると、小宮先輩は豹変して、私を壁に追い詰める。


「幼なじみで親友の有栖川さんなら納得だけれど、どうして、あなたみたいな平凡女子に彼女は興味を持つんだろうね……」


 ドン! と、小宮先輩は壁を思いきり叩く。


「一昨日は生徒会の仕事を手伝ったそうね。昨日、神崎さんと一緒にいるときに何をしたのか正直に教えなさいよ。神崎さんと一緒に寮に入っていったって話は分かっているんだよ? 寮にはあなたの部屋があることだって。確か、201号室だったよね。きっと、自分の部屋で神崎さんと2人きりだったんでしょう?」

「え、ええと……」


 小宮先輩が言ったことは、少し調べれば分かることなのは分かっている。けれど、先輩の怒りに満ちた表情のせいかとても恐くて。あと、壁ドンって、キュンとなってドキドキすることじゃなかったっけ? 今も悪い意味でドキドキしているけれど。

 サキュバス体質について教えてもらったとは言えないし。太ももフェチな先輩に太ももを触らせたなんて言ったら、この人キレそうだし。脚がガクガク震えているので逃げてもきっとすぐに捕まっちゃうだろうし。ううっ、どうすればいいんだろう。


「そうやって恐い想いをさせて、百合から私の話を聞き出すのは許せないな」


 気付けば、私の目の前に小宮先輩の肩を掴む綾奈先輩がいるのであった。

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