第26話『私もね。』
会長さんと私が来たこともあり、夕ご飯はすき焼き。上京をしてからは初めて食べるからか、実家にいた頃のことを思い出した。
「夕食のすき焼き美味しかったですね」
「そうだね。あそこまでたくさんお肉を食べたのはひさしぶりだったわ」
「百合も愛花もたくさん食べてたね。迎えた側として嬉しかったよ」
誰かに作ってもらえるのはとても嬉しかったし、今日のすき焼きのお肉……柔らかくて美味しいからたくさん食べちゃった。実は他にも理由があったんだけど。
「あと、お肉を食べさせたときの百合が凄く可愛かった」
「ふふっ、そうだったわね。妹みたいでついたくさん食べさせちゃったよ」
私にお姉ちゃんはいないので、先輩方にそういうことをしてもらえたのは嬉しかったな。あと、先輩方だけじゃなくて、香奈ちゃんも私に食べさせてくれた。
あと、夕飯のときに会長さんには5歳年下の妹がいることを知った。普段から落ち着いていてお姉さんっぽい感じはしていたので、妹さんがいるのは納得かも。そういえば、アルバムにとても小さな金髪の子が写っている写真があったけど、それが会長さんの妹だったのかな。
「私、何枚かスマホで写真撮ったもん」
「えっ、清司さんだけじゃなくて会長さんまで写真まで撮ったんですか」
「ええ、可愛かったから」
意外と会長さんってお茶目なところがあるのかもしれない。
会長さん以外の人がひさしぶりに泊まりに来たのが嬉しかったのか、夕ご飯のときに清司さんが何枚かデジカメで写真を撮っていたな。その写真は午後に見せてもらった綾奈先輩のアルバムに貼られるのかな。そうなったら嬉しい。
「お姉ちゃん達、お風呂の準備ができたので入っていいですよ」
「分かったよ、香奈。お風呂はどうしよっか。百合、私と一緒に入ってみる?」
「えっ!」
綾奈先輩と一緒にお風呂に入るってことは、当然、先輩のお体を見ることになるんだよね? それに、私の体も先輩に見られることになるし。想像しただけでドキドキしてきちゃうし、恥ずかしくもなるよ。
「こ、今回は遠慮しておきます。その……サキュバス体質の影響でドキドキしてのぼせてしまうかもしれませんし」
一緒に入りたい気持ちもあるけど、恥ずかしい気持ちの方が勝ってしまった。先輩のサキュバス体質を理由に断ってしまうことがとても情けなく思う。
それでも、綾奈先輩はいつもの笑みを絶やすことはなかった。
「そっか、分かった。服を脱いだ状態になるとよりフェロモンが出て、影響を出しやすくなるからね。健康だからこそお泊まりも楽しいし、百合と一緒のお風呂は次回に取っておこうかな。じゃあ、愛花はどうする?」
「私は……せっかくの機会だし、百合ちゃんとお茶をすすりながら2人きりでお話がしたいかな。だから、私も今回はいいわ」
そういえば、会長さんと2人きりで話したのって、白百合の花の前で綾奈先輩のことが好きだって言ったときくらいか。
「確かに、愛花と百合が2人きりになるのって全然ないか。分かった。2人はここでゆっくりしてて。香奈、久しぶりにお姉ちゃんと一緒に入ろうか」
「うん!」
妹とのお風呂か。上京する前の日の夜に一緒に入って、妹に髪や体を洗ってもらったな。今度、実家に帰ったときには妹と一緒に入ろうかな。
綾奈先輩はタオルや着替えなどを持って部屋から出て行った。そのときの先輩は少し寂しそうな表情をしていた。
「……綾奈先輩に悪いことをしてしまった気がします」
「そんなことないわよ。好きな人の体を見たらドキドキするだろうし、ましてやあの子はサキュバス体質持ち。のぼせちゃうかもしれないから入らないっていう考えは正しいんじゃないかな。それに、次回にとっておくってあの子も言っていたから、そこまで深く考えなくていいと思うよ」
「……そうですね」
今日は勇気が出なかったけど、いつかは綾奈先輩と一緒にお風呂に入りたいな。そんなことを考えながらお茶をすする。
横目でチラッと会長さんを見ると、会長さんもお茶をすすっている。こうした姿も本当に綺麗だな。
「まさか、会長さんが私と2人きりで話したいって言うとは思いませんでした」
「これまで綾奈と一緒だったことがほとんどだったからね。だからこそ、百合ちゃんと2人きりで話したいと思ったの。あなたには伝えておきたいことがあるから」
「伝えたいこと?」
会長さんは真剣な表情で私のことを見つめてくる。その瞬間、屋内なのに風が吹いたような気がした。
「この前、百合ちゃんは私に訊いたよね。私が綾奈のことをどう想っているかって」
「はい。大切な親友って言っていましたね」
「うん。それは本当だけど、あなたには言っていないことがあったの。私は……綾奈のことを女性として好きだよ」
今までの中で一番力のこもった声で私にそう言ってきた。
会長さんのその言葉を耳にして、心の中にあった会長さんに対するモヤモヤとした気持ちがすっとなくなっていった。
「そうですか。会長さんも綾奈先輩に好意を抱いているんですね。もしかしたら、そうかもしれないとは思っていました」
出会った頃から綾奈先輩のずっと側にいて、先輩といじめに遭ったときの話を聞いたら先輩に惚れるのも納得だ。頬をほんのりと赤くしている会長さんが可愛らしい。
「百合ちゃんには感付かれていたのね。あと、このことは誰にも言わないでね」
「もちろんです。今まで、綾奈先輩と一緒にいる会長さんを見ていたら、綾奈先輩のことが好きかもしれないとは思っていました。あと、綾奈先輩は女性からの告白を全て振る中、会長さんとは仲良く話すので、本当は会長さんと付き合っているんじゃないかって言う人もいますよ。莉緒先輩とか」
「莉緒……ああ、中学のときに同じクラスだった花菱さんのことね」
「そうです。今は園芸部でお世話になっています」
「そう……なのね」
そう呟いて、会長さんは真剣な表情を浮かべながらお茶を飲んでいる。当時の莉緒先輩のことでも思い出しているのかな。でも、さっきの反応からして、莉緒先輩とはあまり深くは関わりはなさそう。
「そういえば、会長さんは綾奈先輩に好きだって告白したことってあるんですか?」
「ごほっ!」
お茶を吹き出しそうになったのか、会長さんは両手で口を押さえている。
「ご、ごめんなさい!」
スカートのポケットに入っているハンカチを会長さんに渡そうとするけど、会長さんは両手を口から離せないようだ。
――ごくっ。
そんな音が聞こえた直後、会長さんはようやく私からハンカチを受け取り、口元と両手を拭いた。
「はあっ、はあっ……何とか最悪の事態は免れたわ。……告白するわけないでしょ! 綾奈のことが好きだって言ったのは百合ちゃんが初めてなんだから!」
「そ、そうなんですか。変なタイミングで訊いちゃってごめんなさい」
「まったくよ! あと、ハンカチありがとね!」
会長さんは不機嫌そうな様子でハンカチを折りたたんで、私に返してきてくれた。それが結構可愛い。
てっきり、香奈ちゃんくらいには話していると思ったのに。友達や担任の先生、部活の先輩にも話している私がおかしいのかな?
「やっぱり、いじめの件がきっかけで綾奈先輩のことが好きになったんですか?」
「……それよりも前から綾奈に好意は抱いてる。当時は友情だけじゃなくて、綾奈のことを考えるとドキドキして気持ちが温かくなるなぁって思ってた。今から考えると、それは好意だと思っているわ。もちろん、いじめのことを通して綾奈への好きな想いはより強くなったけど。私にとって綾奈はヒーローであり、ヒロインでもあるから。綾奈とずっと同じクラスでいることがとても嬉しいの」
「そうなんですか。ふふっ、会長さんも可愛いですね」
「本当にそう思ってる?」
「本当ですって」
さっきのお茶吹き出し未遂があったせいか、会長さんは不機嫌そうな表情で私のことを見ているよ。私の言葉をあまり信用していなさそう。
ただ、ふぅ……と大きく息を吐くと、会長さんは落ち着いた様子に。
「これまでずっと綾奈と話してきたり、彼女のことを側で見ていたりしていると、色々と思うことがあるの」
「……どんなことですか?」
「サキュバス体質を持つ綾奈にとって、女の子から『好き』って言われると、自分に欲情しているようにしか見えないのかもしれない。本心の『好き』じゃないとか、自分が普通の女の子だったら言われなかったのかも……とか。その恐ろしさがあるのかもしれない。だから、今までの告白を全て振ったじゃないかって思えるの。ただ、私はあの子の体質に関係なく好きだって自信を持って言えるよ。誰よりも綾奈の心を優しく包み込める自信だってある。綾奈に告白はしていないから、説得力はあまりないって思うだろうけど。百合ちゃんは……どう?」
会長さんは今までの中で一番と言えるほどの真剣な様子で私のことを見つめてくる。綾奈先輩への好意が相当強いものであることが分かる。特殊な体質を持っている綾奈先輩とずっと一緒にいることの覚悟もひしひしと伝わってきて。
『綾奈に対するその『好き』っていう気持ちは、彼女のサキュバス体質の影響を受けているだけかもしれないよ』
白百合の花の前で綾奈先輩のことが好きだと言ったときに、会長さんが私にそう言ったのは、綾奈先輩のことを誰よりも考えていたからだったんだ。
でも、ここでひるんでしまうくらいじゃダメだ。私の思っていることをまずは会長さんに言わないと。
「……白百合の花の前で言ったときと同じですが、私は綾奈先輩のサキュバス体質の影響を受けているかもしれません。ただ、綾奈先輩のことが好きになったのは確かです。もちろん、会長さんの方が綾奈先輩と付き合いは長いですし、サキュバス体質への理解の深さなどは今の私では会長さんに敵うなんて思っていないです。それでも、私なりに綾奈先輩と一緒に幸せになりたいって強く思っています。だから、会長さんには負けたくないです」
それが私の綾奈先輩に抱く好意と覚悟。決して会長さんに劣ってはいないと思いたい。
それから、静かなときが流れる。会長さんと2人きりだとそういった時間がとても長く感じるよ。
会長さんはお茶を一口飲むと、落ち着いた笑みを浮かべる。
「まあ、百合ちゃんは綾奈が珍しく興味を持って、こうして自分の家へお泊まりに招待した女の子だもんね。奈々実ちゃんにも謝るのを協力しないって言ったほどだし。百合ちゃんなら綾奈を幸せにできるかもね。だからこそ、あなたのことを警戒しなくちゃ。恋のライバルとして」
「ライバルと言ってくれるのは嬉しいですけど、警戒って」
綾奈先輩を傷つけるようなことをするつもりはないのに。
「だって、百合ちゃんと同じで綾奈のことが好きなんだもん。あと、私の方が綾奈をもっと幸せにできる自信があるからね」
「わ、私の方が綾奈先輩のことを幸せにできると思います! いえ、できます!」
「……ふふっ、百合ちゃんって本当に綾奈のことが好きなのね」
「会長さんこそ」
気付けば、私は会長さんと一緒に楽しく笑っていた。これも共通して好きな綾奈先輩の力なのだろうか。ただ、綾奈先輩への想いを伝え合って、会長さんとの距離が縮まったのは確かだと思う。そのことでライバル同士になったけど、それもいいかなって。
「ねえ、百合ちゃん。綾奈のいない間にふとん被っちゃおうよ」
「えっ?」
「綾奈の匂いを嗅げるまたとないチャンスだよ?」
ポン、と会長さんは得意げな笑みでベッドの上にあるふとんを叩く。まさか、会長さんがそういうことを言うなんて。もしかして、会長さんは匂いフェチなのかな。私の家に来たときも私っぽい匂いがするって言っていたし。
ただ、好きな人の匂いは嗅いでみたい。
「でも、そんなことをしたら私達の匂いで綾奈先輩にバレませんか?」
「そのときはベッドでゴロゴロしたって言うから安心して。私、小学生の頃は綾奈のベッドにゴロゴロする癖があったから」
「それなら大丈夫そうですね。分かりました」
ベッドに向かって会長さんと隣り合うようにして座る。そして、会長さんと一緒にふとんに潜り込むような形でベッドに突っ伏した。その瞬間に綾奈先輩の匂いに包まれる。
「……幸せですね」
「でしょ?」
「あと、ドキドキもしてきちゃいます」
「私も百合ちゃんに綾奈のことを話したからか、今日はちょっとドキドキする。少しの間、こうしていようか」
「はい」
それから少しの間、私は会長さんと一緒にふとんを被っていた。隣にいるのは会長さんだけれど、匂いのせいか綾奈先輩と一緒に横になっているような気がしたのであった。
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