第19話『彼女は彼女のことを。』

 会長さんと話してからモヤモヤとした気持ちが心に漂い続けている。それは家に帰って、夕ご飯を食べたり、お風呂に入ったりしても変わらない。

 綾奈先輩のことが好きだと伝えたとき、会長さんは決して好意的な反応は見せなかった。きっと、綾奈先輩がサキュバス体質の影響で、これまで多くの女性から告白され、振ってきたからだと思う。


『綾奈に対するその『好き』っていう気持ちは、彼女のサキュバス体質の影響を受けているだけかもしれないよ』


 会長さんから言われた言葉が、何度も頭の中に蘇ってくる。あのときは自分の想いを会長さんにしっかりと言ったけど、会長さんの言った通りかもしれないので胸がキュッと痛くなって。

 綾奈先輩はサキュバス体質を持っている。そのことで彼女に好意を抱くことの価値が下がり、あまり意味のないことに聞こえてしまうのだ。相手は誰であっても、好きになることは価値のあるものだと私は思っている。


「会長さんは綾奈先輩のことをどう思っているんだろう……」


 メッセージで訊いてみようかな。会長さんの本音を訊いてみたい。あわよくば、モヤモヤした気持ちが少し晴れるかもしれないし。


『夜遅くすみません。会長さんって綾奈先輩のことをどう思っているんですか? 放課後に会長さんと話してから、そのことが気になって』


 ストレートにそんなメッセージを送った。答えてくれると嬉しいけれど。

 ――プルルッ。

 すると、意外と早く会長さんから返信が届いた。

 

『綾奈は誰よりも大切な親友よ』


 その言葉を見て、きっとこれは本当の気持ちなんだろうなと思った。誤魔化されているようにも思えるけど。あと、会長さんと綾奈先輩の過去を知っているからか、大切という言葉にとてつもない重みを感じた。


『そうなんですね、分かりました。教えてくれてありがとうございました』


 きっと、全てではない。

 それでも、会長さんが私に先輩への気持ちを教えてくれたことが嬉しかった。そのおかげか、モヤモヤとした気持ちが少しなくなった。


「……おやすみなさい」


 それから程なくして、私は眠りにつくのであった。




 6月12日、火曜日。

 今日も朝から雨がしとしとと降っている。昨日とは違い、今日は一日中雨が降り続き、夕方から雨脚が強くなる時間があるとのこと。

 下り坂な天気とは違って、夏実ちゃんはいつも以上にテンションが上がっていた。昨日の放課後の練習でも玉城先輩にたくさん褒められて、たくさん頭を撫でてもらったらしい。明日の告白もこの調子で頑張ると意気込んでいた。

 友達が元気だとこっちまで元気になり、今日も授業に集中することができた。



 放課後になって、みんなは部活があるのですぐに教室を後にした。そのとき、夏実ちゃんは少しでも玉城先輩といい雰囲気にしたいと言っていた。頑張って。

 さて、私はこれからどうしようかと考え始めたときだった。

 ――プルルッ。

 スマートフォンが鳴ったので確認してみると、綾奈先輩からメッセージが届いていた!


『今日の放課後って空いてる? 前に百合が喫茶ラブソティーへ一緒に行きたいって言っていたのを思い出してさ。これから、お客さんとして一緒に行ってみない?』


 そういえば、私の家に綾奈先輩が来たときに一緒に行きたいって言ったな。一昨日は一緒に喫茶ラブソティーにいたけれど、そのときはお店のスタッフとして。さすがにあれはカウントされないか。


『放課後は何も予定ありません。一緒に行きましょう!』


 綾奈先輩にそう返信する。私が前に言ったことを覚えてくれたのがとても嬉しい。

 先輩と一緒にいるところをファンクラブの人に見られていると思うとちょっと恥ずかしい。それでも、恐い目に遭うこともないと思えば気持ちも楽になる。

 ――プルルッ。

 すぐに綾奈先輩から返信が。


『分かった。じゃあ、昇降口で会おう』


 そのメッセージを見た瞬間、私は昇降口へと向かい始める。いつもよりも早足で。こんなにも脚が軽やかに動くのは今までにないかもしれない。

 そんなことを考えながら昇降口に行くと、そこには綾奈先輩の姿があった。そのことに安心感もあったけど、急いでローファーに履き替えた。


「綾奈先輩、お待たせしました」

「ううん、そんなことないよ。百合、今日も授業お疲れ様。急でごめんね」

「いえいえ、いいんですよ! 基本的に火曜日と木曜日の放課後はフリーですから」

「そっか、それなら良かったよ。終礼をしているときに、百合が喫茶ラブソティーに行きたいって言ったことをふと思い出してさ」

「そうだったんですね。実は私も先輩のメッセージを見て思い出しました。誘ってくれて嬉しいです」

「そう言ってくれるとこっちまで嬉しくなるよ。じゃあ、行こうか」

「はい!」


 私達は喫茶ラブソティーに向かって歩き始める。今朝よりも強く降る雨も綾奈先輩と一緒だと気にならなかった。

 手を繋ぎたいけど傘を差しているのでやりにくいし、相合い傘もしてみたいけどそれを言ったら綾奈先輩に私の気持ちがバレちゃうかもしれない。もし、会長さんだったら気兼ねなくできるのかも。すぐ近くにいるのに、先輩のことが遠く感じる。


「バイトのときも話したけど、今年の梅雨は雨が降ると寒くなるんだね」

「ですね。ジメジメするよりはいいですけど、寒い日が続くともう少し暑くてもいいんじゃないかって思っちゃいます」

「あははっ、確かに。温かいものが欲しくなるよね」


 喫茶店では温かい飲み物を飲もうかな。

 綾奈先輩と話していると、あっという間に喫茶ラブソティーに到着した。


「いらっしゃいませ。おっ、綾奈と白瀬さんか」

「こんにちは、清恵さん。前に、百合と一緒にお客さんとしてここに来たいって話していたので来ました」

「そうだったのか、嬉しいね。綾奈はもちろんだけど、白瀬さんも今回は特別に割引サービスしてあげるよ。日曜のバイトのお礼ってことで」

「ありがとうございます」

「うん。では、2名様。こちらへどうぞ」


 私達は副店長さんによって席へ案内される。その際、周りのお客さんは驚いた様子で私達のことを見ていた。きっと、綾奈先輩が私と一緒に来店したからだと思う。

 私はホットケーキのホットティーセット、綾奈先輩はホットコーヒーのフレンチトーストセットを注文した。


「初めて百合と一緒にお客さんとして来たからか、いつもとは違う雰囲気だよ」

「そうですか。私はバイトを含めても3回目ですから、まだまだ新鮮です」

「ははっ、そっか。……そういえば、昨日の放課後に白百合の花壇の前で愛花と会ったんだよね。愛花から聞いたよ」


 会長さん、あのときのことを綾奈先輩に話したんだ。約束通り私の気持ちまでは話していないですよね?


「昨日の放課後は雨が止んでいたので、部活で花壇の手入れをしていたんです。そうしたら、生徒会のお仕事の休憩中ということで会長さんがやってきて。綺麗な花だと言ってくれて嬉しかったです」

「そうだったんだ。植物園にあった百合の花よりも好きかもって言っていたよ」

「そうなんですか」


 あのときには言ってくれなかったな。


「……それ以外に会長さんは何か言っていましたか?」

「いや、特には言っていなかったかな」

「そうですか。……ただ、幼なじみで親友ということもあってか、先輩方は色々なことを話しますよね。この前の週末で一緒にいるときも、とても仲が良さそうでしたし。そんな先輩を見ていると、会長さんのことをどう思っているのかなってちょっと気になります」


 昨日の夜に綾奈先輩に対する会長さんの気持ちを訊いたからか、今度は綾奈先輩が会長さんに対してどう思っているのか気になってしまって。


「一番長く付き合っているとても大切な親友かな」


 綾奈先輩は迷いなくそう答えてくれた。少しでも考える様子を見せるかと思ったのに。私のことを見つめて即答するくらいだから、今の言葉に嘘偽りはないんだろう。

 言葉は多少違うけど、大切な親友だと想っていることは重なっている。これまでの2人の話を聞いていれば素直に頷けることだった。今の綾奈先輩の言葉に安心もしたけど、確かな嫉妬もあって。


「まあ、これまでに色々とあったからね。愛花のことを守りたいなって思う」

「……そうですか」

「もちろん、百合のことも同じように思ってるよ」


 嫉妬した直後にそんな甘い言葉を笑顔で言われると、いつも以上にキュンとなるんですが。


「そういえば、百合って私や愛花、部活とかで縦の繋がりはあるけど、クラスメイトとかの横の繋がりはどう? 隣に住むクラスメイトの泉宮さんとは仲がいいんだよね」

「はい、美琴ちゃんは高校で一番の親友です。彼女を含め、いつも一緒にお昼ご飯を食べるお友達は何人もいますし。……そうだ、そのクラスメイトの友達のことで綾奈先輩に意見やアドバイスをいただきたいのですが、話してもいいですか?」

「もちろんいいよ。どんなことかな」


 たくさんの女の子から告白された綾奈先輩なら、何かいい意見やアドバイスをくれるかもしれない。


「友達が部活の先輩に恋をしていまして。近いうちに告白する予定なんですけど、どういう言葉で伝えたら一番いいのかなって」

「なるほどね。……自分の想いを相手に伝えるわけだから、シンプルな言葉を使うのが一番いいんじゃないかな。好きな気持ちを伝えたいんだから『好きです』とか『付き合ってください』とか」

「シ、シンプルなのが一番いいってことですね」

「私としてはね。参考になったら嬉しいよ」

「ありがとうございます」


 それにしても、綾奈先輩の声で『好きです』とか『付き合ってください』という言葉を聞くとドキドキが止まらないよ。思わず綾奈先輩に告白してしまいそうだ。あと、綾奈先輩に告白するならシンプルな方がいいってことね。


「お待たせしました。ホットケーキのホットティーセット、フレンチトーストのホットコーヒーセットでございます。ごゆっくり」


 私達のところから離れるとき、副店長さんは私に向かってウインクをしてきた。もしかしたら、私が綾奈先輩のことを好きだという気持ちに気付いているのかも。


「じゃあ、さっそくいただこうか、百合」

「そうですね。いただきます」

「いただきます」


 ふんわりとしたホットケーキをナイフで一口サイズに切り分け、ホイップクリームを付けて口の中に入れる。


「あぁ……美味しい」


 温かなホットケーキの優しい甘味と、冷たいホイップクリームのしっかりとした甘味が口の中で混ざり合ってとても美味しい。私も日曜日にホットケーキを何度か作ったけど、こういう風にできていたのかな。


「良かったね、百合。フレンチトーストも美味しいよ」

「良かったです。フレンチトーストも日曜日に作りました」

「うちのメニューはほとんど作れるもんね」

「たまたまですよ。フレンチトーストは今みたいに作れるまで何度も失敗しました」

「意外と難しいよね。私もお母さんに何度も教わったなぁ」

「先輩も作れるんですね。先輩って料理ができるんですか?」

「百合や愛花ほどじゃないけれど一通りはね。ここでもフロントスタッフ中心だけど、清恵さんにキッチンスタッフとしてやっても大丈夫だって許可はもらってる」


 副店長さんからOKをもらっているってことは、なかなかの腕なんだろうな。


「ねえ、百合。一口交換しようよ」

「周りから見られるのは恥ずかしいですけど……いいですよ」

「うん。はーい、あーん」


 綾奈先輩にフレンチトーストを一口食べさせてもらう。だからなのか、今までのフレンチトーストの中で一番美味しいかも。


「美味しいです」

「でしょ? 私、ここのフレンチトーストがすごく好きなんだ」

「そうなんですか。じゃあ、ホットケーキを一口食べさせてあげますね。クリームたっぷり付けますよ」

「やった、嬉しいな」

「はい、綾奈先輩、あーん」

「あ~ん。……うん、美味しい!」


 綾奈先輩、とても幸せそうだ。普段はかっこよく凜々しい姿を見せることが多いけど、こういう可愛らしい姿もあるんだよね。そんな先輩も好きだなぁ。

 私にホットケーキを食べさせる姿が可愛らしかったのか、周りのお客さん達もうっとりとした様子でこちらを見ていた。

 その後も、綾奈先輩との時間をゆったりと楽しむのであった。

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