第20話『告白の練習』

 喫茶ラブソティーで綾奈先輩とゆっくり過ごした後、私は寮へと帰った。

 ホットケーキや先輩に食べさせてもらったフレンチトーストのおかげで、お腹もあまり空いていないので、夕食の前に明日提出する宿題を終わらせた。

 冷蔵庫の中には豚肉と玉ねぎがたくさんあったので、夕食は豚の生姜焼きに。実家にいる頃は、お兄ちゃんや妹が好きだから結構な頻度で作っていたっけ。そんな思い出に浸りながら夕食を食べた。

 そして、夕食の後片付けを済ませた直後のこと。

 ――プルルッ。

 スマートフォンが鳴っているので確認してみると、美琴ちゃん、夏実ちゃん、あかりちゃんの4人で作ったグループトークに、夏実ちゃんからメッセージが送信されていた。


『みんな、告白の練習に付き合ってほしいんだけど、これからいいかな?』


 告白の練習か。本番は明日だから緊張しているのかもしれない。私達に協力を求めてくれているのは嬉しい。


『是非とも付き合いたいのですが、私は実家ですから今から行くのは厳しいですね。素直な言葉で好きという気持ちを伝えるのがいいかと思います!』


 あかりちゃんはそんなメッセージを送ってきた。もう8時過ぎだし、あかりちゃんの家から寮まで40分くらいかかる。私と美琴ちゃんで協力するしかないな。あと、素直な言葉で伝えるのがいいと思うのは綾奈先輩と同じか。


『あかりの言う通り、素直な言葉で告白するのが一番いいと思うな。練習に付き合うから、百合と一緒に今から夏実の家に行くよ。百合は大丈夫?』


『夕ご飯の片付けも終わったところだし大丈夫だよ、美琴ちゃん。夏実ちゃんの家にさっそく行くね』


『2人とも夏実ちゃんのためにお願いしますね』


 こうして、夏実ちゃんの部屋で告白の練習に付き合うことに。明日告白するのは自分じゃないけれどドキドキしちゃうな。

 スマートフォンを持って家を出ると、同じタイミングで隣の玄関から美琴ちゃんが。


「美琴ちゃんも夕ご飯を食べ終わったの?」

「うん。温かいうどんを食べた。明日も普通に練習があるから、こういう形で夏実に協力できるのは嬉しいな」

「そっか。急に連絡してくるってことは、夏実ちゃんも緊張しているのかな」

「元々、水曜日に告白するって決めていたもんね。前日の夜になって急に緊張してきたんじゃない?」

「かもね。さっそく行こうか」


 私は美琴ちゃんと一緒に、夏実ちゃんの家である304号室へと向かう。


「ゆーりん、みこっちゃん、いらっしゃい」


 いつもとは違って夏実ちゃんはぎこちない笑みを見せる。普段は明るい笑みを見せるだけに相当緊張していることが伺える。


「夏実ちゃん、こんばんは」

「こんばんは、夏実」

「うん、こんばんは。突然呼び出してごめんね。さあ、入って」


 私と美琴ちゃんは夏実ちゃんの家にお邪魔する。そういえば、夏実ちゃんが私の家に来ることはたまにあるけれど、私が夏実ちゃんの家に行くのは久しぶりかも。

 部屋に入ると意外と綺麗だった。この前遊びに行ったときは、あまりにも散らかっていたのであかりちゃんと一緒に掃除をしたほど。

 ベッドの側にあるクッションに座ると、美琴ちゃんが後ろから抱きしめてきた。もふもふタイムか。


「あぁ、落ち着く。百合は温かいし、いい匂いがするから疲れが取れていくよ」

「はいはい、今日も勉強と部活お疲れ様でした、美琴ちゃん」

「ゆーりんとみこっちゃんは本当に仲がいいよね。あたしも梓先輩にもふもふされてみたいよ」

「夏実は小さいからもふもふしやすそうだよね」


 美琴ちゃんのその言葉に心の中で頷いた。夏実ちゃんは小動物みたいだし、私でももふもふできそうだ。


「そろそろ本題に入ろうか。美琴ちゃんや私に告白の練習に付き合ってほしいんだよね」

「うん。今日の部活が終わった直後に、明日のミーティング後に部室近くのコミュニティスペースで話をする約束をしたの。そうしたら、急に緊張してきちゃって。20時間後には告白するわけだし、具体的にどう告白しようか迷っちゃって……」

「それで、あたし達にメッセージをくれたわけか」

「うん。特にみこっちゃんは何度も女の子から告白されているし、雰囲気が梓先輩に似ているから、練習相手にも適役かなと思って」

「確かに、美琴ちゃんは髪を解いたら玉城先輩に似てるかもしれない」

「そう? じゃあ、今日はもうゴムを外そうかな」


 美琴ちゃんは髪を結んでいるヘアゴムを外し、ポニーテールの髪型からストレートのミディアムヘアに変わる。


「うん! かっこいい美琴ちゃんからかわいい美琴ちゃんに変わったって感じ」

「それ、普段のあたしは可愛くないみたいに聞こえるけど……」

「そんなことないって。ポニーテールだとかっこよさや凜々しさが目立つってだけで、普段から可愛いよ。でも、今の美琴ちゃんも素敵だよ」

「百合がそう言うなら、部活以外のときはたまにストレートにしてみようかな」


 美琴ちゃんは照れ笑いをしながらそう言った。きっと、今の髪型で学校に行ったらよりファンが増えそうだ。


「梓先輩に雰囲気が似てるから、キュンってなっちゃった……」


 夏実ちゃんはそう言っているけど、うっとりとした表情を見せているのでまんざらでもなさそう。


「ははっ、キュンとなってくれるのは嬉しいな。本命の人がいるからそうなるべきじゃないかもしれないけど、告白の練習をするにはいいかもね。それで、告白するときはメッセージであかりが言ったように、ストレートな言葉の方がいいと思うんだ」

「私も同じ。……実は今日の放課後に、綾奈先輩と喫茶ラブソティーでお茶して。そのときに告白するときにどうすれば一番成功しやすいか相談したの。もちろん、名前は伏せてね。そうしたら、あかりちゃんの言うように素直に『好き』とか『付き合ってください』っていうのが一番いいと思うって」

「へえ、あの神崎先輩もストレートな言葉の方がいいと思っているんだ」

「これまでの告白を全て振ってきた人でも、神崎先輩だと説得力があるね」


 綾奈先輩と一緒にいる時間も増えて、可愛らしいところもある普通の女の子だと思い始めていた。だけど、多くの人にとっては、公認ファンクラブもあるほど人気のある生徒さんなんだよね。


「それにしても、百合は上手いこと訊いたなぁ。これで自分が神崎先輩に告白するときの参考にもなるじゃない」

「……そうだね。もちろん、夏実ちゃんの告白を成功させるのが第一で先輩に訊いたんだからね!」

「分かってるよ、ゆーりん。ありがとう。色々と言葉を考えたけど、やっぱり、素直に好きだって言うのが一番いいか」


 どうやら、告白の言葉を何にするか定まってきたようだ。あとはその言葉をいかにして玉城先輩に伝えるか。


「よし、さっそく練習する! みこっちゃん、梓先輩役をやって」

「分かった。ちなみに、玉城先輩は夏実のことを何て呼ぶの?」

「なっちゃんだよ」

「……なっちゃんね」


 すると、夏実ちゃんと美琴ちゃんは向かい合う形でクッションに座り、じっと見つめ合っている。


「あ、梓先輩!」

「どうしたの、なっちゃん。ここで2人きりで話したいだなんて」

「ええと、その……梓先輩に伝えたいことがあって」

「うん」

「その……せ、先輩のことが好きなんです! あたしと恋人として付き合っちゃってくれませんかああっ!」


 はあっ、はあっ、と夏実ちゃんは顔を真っ赤にして息を切らしている。

 告白の言葉は言えているけど、あまりにも大きな声なのでこのままだとまずいな。練習相手である美琴ちゃんでこれだと、本番ではどうなってしまうのか。あと、美琴ちゃんの演技が意外と上手。


「どうだ……みこっちゃん、ゆーりん。あたし……ちゃんと言ってやったよ!」


 はあっ、はあっ、と息を乱しながら夏実ちゃんはドヤ顔でそう言う。


「全く言えないよりはよっぽどいいけど、声のボリュームを抑えないといけないね。言葉は聞き取れたけれど、大きな声のせいで驚きが一番だったから」

「美琴ちゃんの言うとおりだね。かなり緊張しているのは分かるけど、声は抑えないとね。近所迷惑にもなるし。ただ、告白の言葉は言えていたよ」

「そ、そっか。分かった。大きな声を出さないように気を付けるね」


 よし、と夏実ちゃんは意気込んでいる。


「梓先輩」

「どうしたの、なっちゃん。ここで2人きりで話したいだなんて」

「実は梓先輩に伝えたいことが……ありまして。その……梓先輩のことが……」


 夏実ちゃんは口を動かしているけど、その後に続く言葉が全く聞き取れない。


「ちょっと待って、夏実。こんなに静かで夏実の目の前にいるのに、何も聞き取れないよ。いったい、夏実は何を言うつもりだったの?」

「『好きです、付き合ってください!』に決まってるよ! ただ、さっきよりも声を抑えて言おうとしたら、息が詰まって何も言えなくなっちゃって……」

「なるほど……」


 もしかしたら、さっき絶叫する形でも告白の言葉を言えたのは、勢いに任せたからなのかもしれない。


「自分の想いを口にするって緊張するし、夏実ちゃんがそうなるのは仕方ないのかも。美琴ちゃんは玉城先輩と雰囲気が似てて、今は緊張しちゃうのかもしれないね。だから、まずは私に向かって言ってみようよ」


 美琴ちゃんが髪を下ろしたときにキュンとなったって言っていたし。


「告白の言葉をすんなりと声に出すってことで、百合で慣れるのはいいかもね」

「そ、そうだね。分かった。まずは百合に言ってみるよ」


 すると、夏実ちゃんは私と向かい合う形で座り直し、私のことを見つめてくる。


「梓先輩、好きです。あたしと付き合ってくれませんか?」


 さっきまでの練習が嘘のように夏実ちゃんは自然に告白の言葉を言ってきた。はにかんでいるところが可愛らしい。


「今みたいにできれば最高だよ! ね、美琴ちゃん」

「そうだね」


 きっと、あかりちゃんだったら悶絶しているか、鼻血が出しているところだったな。


「その調子で美琴ちゃんにも言ってみよう!」

「さあ、言ってごらん!」

「す、好きです! あたしと付き合ってください!」

「……おっ、これまでに比べたら格段に良くなってるじゃないか。一番グッときたよ」

「こんな感じで玉城先輩にも言えるといいよね」


 美琴ちゃんと同じように私もグッときた。夏実ちゃんは笑顔が素敵なので、笑顔で言えるようになるとよりいいんじゃないかと思う。

 その後も美琴ちゃんを相手に夏実ちゃんは練習を重ね、魅力的な告白になっていっている。

 ――プルルッ。

 スマートフォンを確認すると、あかりちゃんから4人のグループトークに新着メッセージが届いていた。


『夏実ちゃん、告白の練習は順調でしょうか?』


 さすがにあかりちゃんも気になるか。練習に集中しすぎて、あかりちゃんに途中経過とかのメッセージを全く送らなかったな。


「最初の絶叫や沈黙に比べたら格段に良くなったよね。あたし、告白されまくって夏実をもふもふしたいもん」

「ふふっ」

「順調ってことをあかりんに伝えておくよ」


 それから程なくして、夏実ちゃんからグループトークにメッセージが。


『3人のおかげで、告白の言葉はすんなり言えるようになったよ。ありがとう。あとは明日、梓先輩にちゃんと告白できるように頑張るね』


 そのメッセージを読んで夏実ちゃんのことを見ると、彼女は可愛らしい笑顔を浮かべながら私達に頷く。これなら明日はしっかりと告白できると思う。

 私は部活次第だけれど、できればあかりちゃんと一緒に夏実ちゃんの告白を見守りたいと思うのであった。

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