第14話『歩みの先』

 午後1時半。

 お昼ご飯を食べた後は、食後の運動ということで多摩中央駅の周りを散歩することに。初めての場所でワクワクするし、小旅行に来た気分だ。

 多摩中央駅は急行列車も停車する駅だし、あんなに立派な植物園や美味しいパスタ屋さんがあるので、もっと人がいて商業施設も多いと思っていた。ただ、実際は駅から少し歩いたら閑静な住宅街になるので意外だった。


「今日は散歩するにも気持ちいいね」

「そうですね。この時期にしては爽やかですし」

「百合ちゃんの言う通りね。こうした場所を散歩するのもいいよね。ただ、綾奈……百合ちゃんや私と手を繋いで恥ずかしくない? 高校生にもなって」

「うん? 全然恥ずかしくないよ」


 綾奈先輩はいつもの爽やかな笑みを浮かべながらそう言った。散歩をすると決めたとき、私と会長さんの手をそっと掴んできたのだ。それからはずっとこのまま。綾奈先輩はそんな今の時間を恥ずかしいどころか、むしろ楽しそうに見える。


「綾奈と手を繋いでいると、小学生の頃を思い出すな。今日みたいにいつも綾奈から手を繋いでくれたよね」

「確かに、思い返せば私から手を繋ぐことが多かったな。小学生の間は手を繋いで登下校したり、休みのときにお出かけしたりしていたっけ」

「うんうん」


 いかにも小さい頃からの友人らしいエピソードだ。そんな話になるといつも、会長さんはとてもいい笑顔になると思う。それは思い出を懐かしんでいるのか。それとも、サキュバス体質の影響なのか。


「今みたいに綾奈と手を繋いで歩いているときが、唯一の癒しだった時期もあったな」

「……うん」

「……あっ、百合ちゃんごめんね。私達だけで盛り上がっちゃって。綾奈から例の体質の話をされたことは知っているけど、綾奈と私の小学生時代の話って聞いた?」

「はい、体質のことを話していただいたときに。その……例の体質がきっかけに綾奈先輩がいじめられてしまったんですよね。魔女と言われて。そんな綾奈先輩のことを守ろうとした会長さんも」

「そうだよ、百合ちゃん。どんな体質を持っていても、私にとって綾奈は綾奈だったから。綾奈のことをいじめてくる子のことを許せなくて。そうしたら、私もいじめられて。一時期は私の方がひどいことをされていたかもしれない」


 会長さんは切なげな笑みを浮かべる。それにつられて綾奈先輩も。それは生徒会室で見たときの笑顔と似ていた。

 会長さんに対するいじめの方が酷い時期があったんだ。もしかしたら、綾奈先輩を1人にするために、彼女を守ろうとする会長さんを排除しようと考えたのかもしれない。


「ごめんなさい、せっかくのお出かけ中なのに……」

「気にしないでいいのよ、百合ちゃん」

「愛花の言う通りさ。悪いのは愛花や私をいじめた人達なんだから。少なくとも百合は全く悪くない」


 そう言うと、綾奈先輩は私の手を一旦離して、頭を優しく撫でてくれる。そして、さっきよりも強く私の手を握ってきた。


「今みたいに綾奈は私のことも慰めてくれたよね。愛花は私のことを助けてくれようとしているだけだから悪くないって。悪いのはアイツらだって言ってた」

「そうだったな。でも、それは事実だからね。ただ、サキュバス体質のことでいじめが始まったのに、ストレスが爆発してサキュバスの姿を見せたことで嫌がらせが収まったっていうのは、何とも言えない気分だったな。愛花や私への嫌がらせが一切無くなっただけマシだけど」

「角と黒い羽としっぽが生えていたよね。瞳が赤くなって。黒いオーラも出ていたっけ。あのときの綾奈、私はかっこいいなって思ったよ」

「それは初耳だね」

「うん。綾奈が意識を失っているとき、綾奈のお母さんから、あのときの姿は体に危険な兆候なんだって教えられたから。その姿をかっこいいっていうのも不謹慎な気がして」

「……そっか」


 瞳が赤くなり、角と黒い羽としっぽが生えている綾奈先輩か。かっこよさそうだから一度見てみたいなと思ってしまった。


「そういえば、例のことがあってから嫌なことはされなくなったということでしたけど、お二人への謝罪は全くないんですよね」

「そうだよ、百合。愛花や私への謝罪は一度もない」

「謝罪がなくて何とも言えない気持ちにもなったよ。その気持ちをうちの家族や綾奈の家族にも伝えて何度も話し合ったの。いじめの中心になったのが、綾奈と私の親友だったこともあって。ただ、綾奈は……謝罪を要求しない方がいいって提案してきたの」

「えっ、どうしてですか?」


 私が先輩方の立場だったら、謝ってほしい気持ちを伝えるかな。自分で直接言えなかったら親や先生を通して。

 すると、綾奈先輩は急に立ち止まり、真剣な表情で私のことを見て、


「謝罪を要求したら、謝罪の言葉を言うという手段をいじめた側の人間に与えてしまうからさ」


 普段よりも低い声色でそう言った。だからなのか、全身がザワザワして、心をギュッと掴まれた気がした。胸の奥がとても痛い。


「いじめる人間って、物事を自分の都合のいいように捉えて、状況を変えていくのが上手だからね。担任とかも、さっさと事を終わらせたいからか、いじめる側の方に回りそうなのは予想できた。こっちが下手に動いたら、きっといじめた側の人間に利益が出てしまう。だから、謝罪は要求しなかった。それに、要求されたことで初めてする謝罪の言葉に心なんてこもってないって思ったからね。もちろん、何もしないことのリスクもあるのは分かってた。例えば、謝れって私達が言わないなら謝らなくていいんだ、とかね」


 何でいじめた側に利益が出やすいようになっているのか。いじめた側が100%悪いのに、少しでも責任をいじめられた側に擦り付けようとして。


「当時も、今のようなことを綾奈から説明されて、私達は敢えてこちらからは何もしないことに決めたの。向こうが動いてきたら、そのときに厳しく対応することにしようって」

「そうだったんですね。そうした結果……謝罪もなければ、嫌なことも一切されなかったんですよね」


 嫌がらせを全く受けなくなったと考えれば、その選択肢は合っていたのかも。あと、綾奈先輩と会長さんが一緒にいたからこそ何とかなったんだと思う。


「謝罪が全くなかったことにモヤモヤしたときもあったけど、いじめた人達とできるだけ関わりたくないっていうのもあって。綾奈と一緒にいられるからいいと思って割り切ることにしたよ。嫌なこともされなかったし」

「私も同じような感じだったな。愛花も小学生の間は私以外の子とは全然話さなかったよね。中学生になったら、学区の区割りもあって別の小学校出身の生徒が多くなったから、愛花はたくさん友達ができたよね。私は例の体質のこともあったし、元々友達を多く作るタイプじゃなかったから、愛花以外とはあまり話さなかったかな」

「そうだったね。告白はたくさんされたけど」

「……できるだけ相手を傷つけずに断ることは、中学時代に鍛えられた気がするよ」


 そう言って、綾奈先輩は苦笑いを浮かべた。その様子からして相当な数の告白をされてきたのだと分かる。

 気付けば、私達は多摩川沿いの道に。立派な川だけあってか景色がとても広い。陽も差し始めたので川の水が煌めいて綺麗だ。


「電車の中から見るよりも立派な感じがしますね」

「そうだね。水の流れる音もいいね」

「気持ちが落ち着くよね。ねえ、綾奈、百合ちゃん。あそこにベンチがあるから座る?」

「そうだね。そこでゆっくりしよっか」


 私達は近くにあるベンチに座る。散歩をしていたときのように私と会長さんが綾奈先輩を挟む形で。


「川の流れを見るだけで、このモヤモヤした気持ちが晴れそうな気がするよ」

「そうね。いじめられているとき、放課後に2人で学校の近くの小川に行って、ぼうっとしたこともあったよね」

「あのときは心が疲れていて、何も考えたくなかったからかな。川の流れを見て、せせらぎを聞いてぼうっとしてた。そうしたら少しは気持ちが落ち着いてね」

「それ分かる気がします。地元が徒歩で海に行ける地域だったので、私も友達や妹と喧嘩したとき、海岸まで行って波の音を聞きながらぼうっとしてました」

「気持ちが乱れているときほど自然に癒されるよね。乱れる原因が人間だからなのか」

「いいこと言うじゃない、綾奈」

「でしょう?」


 綾奈先輩と会長さんはいつもの楽しげな笑みを浮かべる。多分、当時はこうして乗り越えてきたんだろうなと思う。


「地元の花宮女子に進学したから、私達をいじめる人間は近くにいる。でも、愛花達のおかげで今はそれなりに楽しいし、今は百合もいるからね。バイト先には信頼できる大人が何人もいる。このまま平和な高校生活を送っていければいいなって思う」

「そうね。私も綾奈が高校生になっても変わらず同じクラスにいて、今は生徒会の3人もいるしね。いい子がいるって綾奈が言ったことに最初は疑ったけど、百合ちゃんもいい子そうだし」

「私の言ったとおりでしょ」


 綾奈先輩は嬉しそうに笑う。

 綾奈先輩と会長さんの小学生時代の話を改めて聞いて、2人に対して何かできることはないのかと考えてしまう。

 ただ、いじめた人達に対して敢えて何もしないこと選んで、2人はここまで辿り着くことができたんだ。とりあえず、私にできることは2人を見守ることだろうと思った。



 それから少しの間、綾奈先輩の手を握りながら多摩川の流れをぼうっと見た。川のせせらぎをひさしぶりに聞いたけど、とても心地よかった。

 その後は川に沿って多摩中央駅まで歩く。来たときには気付かなかった駅の側にあるクレープ屋さんでクレープを食べ、私達は花宮市に帰っていく。

 綾奈先輩との初デートは楽しくて、驚きもあって、切なくて。ただ、そんなデートを通して先輩のことをより好きになったのであった。

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