第11話『恋路鉄道』

 6月9日、土曜日。

 今日の天気は1日中曇り。時々、陽の差す時間があり、雨の降る心配もないとのこと。梅雨に入った今の時期にしては絶好のデート日和じゃないだろうか。

 午前9時50分。

 私は待ち合わせ場所である花宮駅の改札前にやってきた。昨日の夜、綾奈先輩とメッセージで午前10時にここで待ち合わせすることに決めたのだ。

 休日だからか、老若男女問わず色々な人がいる。人が多くて見つからないだけで、綾奈先輩はもう来ていたりして。そう思って周りを見てみても、綾奈先輩らしき人はいないな。

 まだ待ち合わせの時間までちょっと時間もあるし、ゲームをしようとスマホを手にとったときだった。


「あのパンツルックの女の人、かっこいい……」

「スタイルもいいよね! デートだとしたら、相手は男の人じゃなくて女の人だと思う」

「あたしも同じことを思った」


 そんな女性達の会話が聞こえ、周りがざわつき始める。まさかとは思うけど、こうなっている理由って。


「おはよう、百合」

「おはようございます、綾奈先輩」


 爽やかな笑みを浮かべた綾奈先輩が、手を振って私の方に向かって歩いてきた。若い女性を中心に、たくさんの人が先輩のことを見ている。やっぱり、このざわざわした雰囲気は綾奈先輩によるものだったか。

 綾奈先輩はパンツルックの服装をしている。白いワイシャツに黒いベストがとてもかっこよくて。背が高くてスタイルもいいので、こういう服装もよく似合うなぁ。


「水色のワンピース、よく似合っていて可愛いよ」

「ありがとうございます」


 先輩の服装が素敵だと言おうと思っていたのに先に褒められちゃった。物凄く嬉しい。どの服を着ようか長い時間考えた甲斐があったよ。


「綾奈先輩の服装も素敵です。特にその黒いベストが先輩らしくて、とてもかっこいいと思います!」

「ありがとう、百合。このベストは気に入っているから、そう言ってくれると嬉しいよ」


 そう言って、綾奈先輩が爽やかな笑みを見せてくれるのは嬉しいけれど、心なしか色々な方向から鋭い視線を浴びせられている気がする。


「じゃあ、さっそく行こうか、百合。切符買ったりとか、ICカードにお金をチャージしたりした?」

「はい。昨日の学校帰りにチャージしておきました」

「分かった。じゃあ、デートだし手を繋ごっか」

「はい!」


 私は綾奈先輩の左手をそっと掴む。綾奈先輩の手、私よりも大きいし温かいからドキドキもするけれど安心感もある。

 私はきっとニヤニヤしているんだろうけど、綾奈先輩は爽やかな笑みを絶やさない。


「さっ、デートしよう!」

「はい!」


 こうして、綾奈先輩との初デートが始まった。

 その初デート。ちゃんと決まっているのは多摩植物園に行き、お昼ご飯は植物園の近くにあるパスタ屋さんで食べることくらい。その後は、周辺を散歩してその場で決めることにしようってことになっている。


「百合、さっそく興奮しているように見えるけど、植物園に行くのが楽しみ?」

「それもありますけど、地元にいるときは電車にあまり乗らなかったので。それに、初めて見る景色がとても素敵ですから」

「なるほどね。確かに、この多摩川線の景色はいいよね。最寄り駅の多摩中央駅は花宮駅からは20分くらいだから」

「分かりました」


 20分も綾奈先輩と一緒に電車に乗っていられるなんて、とても幸せだ。空いている席がないのは残念だけれど、立っている方が自然と手を繋いでいられるからいいかも。


「今日は雨が降らないみたいで良かったですよね」

「うん。植物園だから天候は関係ないけど、どこか出かけるときには雨が降らない方が気分はいいよね。ましてやデートのときは」

「……私も同じです。そういえば、駅で待ち合わせしているときから思っていましたけど、たくさんの女性から見られていますが大丈夫ですか?」


 私がそう言うと、綾奈先輩は落ち着いた様子で車内を見渡している。そのことで、自分に目が合ったと思ったのか、何人かの女性が興奮したり、黄色い声を上げたりしている。


「色々な人が私のことを見ているね。医者曰く、こうなる主な原因は体から出るフェロモンによるものらしい。でも、大丈夫だよ。こういうことはもう慣れたから。百合の方こそ色々な人から見られて大丈夫?」

「……昨日のこともあってか、綾奈先輩と一緒にいることで嫉妬の視線を浴びせられている感じがします」

「そっか。仮にそんな人がいたとしても、百合はそのままでいいんだよ。百合は私とこうして一緒にいて楽しい?」

「もちろんです! デートしようって言われてからずっとワクワクしているって言っていいくらいです」

「ははっ、そっか。それなら、尚更そのままがいい。何かあったら私が助けるからさ」

「……ありがとうございます」


 綾奈先輩のその言葉のおかげで、さっきよりも周りが気にならなくなった。あと、今の先輩がかっこよすぎて、もし今すぐにデートが終わったとしても満足して家に帰れると思う。

 せっかく、綾奈先輩と一緒に電車に乗っているんだし、最寄り駅に着くまで色々なことを話したいな。


「そうだ。綾奈先輩、例の体質を持っていますけど、普段から落ち着いていますし、喫茶店では普通に接客のアルバイトもしていますよね。それも、今みたいに女性からの視線が集まることや、告白されることに慣れたからですか?」

「それが一番かな。あと、この前も話したように、学校には愛花がいるしね。黒瀬先輩とか生徒会のメンバーとは、この前みたいに仕事の手伝いを何度かするうちに普通に話せるようになったし。あと、今は頼もしい後輩の百合もいる」

「ふふっ、そうですか」

「あと、バイトしている喫茶ラブソティーは、開店直後からお母さんがパートをしていて、店長や副店長とは私がバイトする前からの知り合いなんだ。だから、高校に入学した直後から私もバイトさせてもらっていて。もちろん、店長と副店長は私の体質は理解してくれているよ。そんな2人も女性だけどね」

「お母様を含めて、事情が分かっている大人の方が近くにいれば安心ですね」


 この前、喫茶ラブソティーに行ったとき、綾奈先輩はテキパキと働いていて、特に困っている様子はなかったな。あと、あのお店に行けば綾奈先輩のお母様に会えるんだ。どんな方なのか興味がある。


「店長も副店長も、私がバイトを始めてから女性客が凄く増えたって喜んでいたな。それも、私がホールで働いていることが大きいと思うけど。この体質も役に立つことがあるんだなって思ったよ」

「……それは良かったですね」


 サキュバス体質について、1つでもポジティブに思えることがあって良かった。小学生のときのいじめの話もそうだし、これまで好意的な話を全然聞かなかったから。


「愛花も去年の夏休みに短期バイトで一緒に働いたことがあるんだよ。愛花はキッチンがメインだったけれど」

「そうなんですか。じゃあ、会長さんは料理が上手なんですね」

「うん。料理部にも入っているからね。生徒会長になってからはたまに食べに行くだけになっているらしいけど」


 それっていわゆる『幽霊部員』なのでは。生徒会長の方が忙しくて、部活の方に顔を出す余裕がないのだろう。


「高校生ということを考えてシフトも対応してくれるし、バイトを始めようかなって思ったらいつでも私に言ってね。愛花みたいに夏休みだけの短期バイトでもいいから。私もサポートするからさ。もちろん、お客さんとして来店するのも大歓迎だから」

「分かりました。バイトについては考えておきます。お客さんとしては定期的に行きますね」


 話の流れでバイトなどの勧誘をされてしまった。ただ、爽やかな笑みで言われると短期ならバイトをしてもいいかなと思える。この笑顔はずるいよ。

 それからも先輩と色々なお話をして、電車はあっという間に最寄り駅の多摩中央駅に到着した。


「意外と早く着きましたね。私、電車は乗り慣れていないので、20分はかなり長いんだろうって思っていたんですけど」

「ずっと話していたから20分が早く感じたのかもね。じゃあ、植物園に行こうか」

「はい!」


 多摩中央駅の改札を出ると、雲の切れ間から青空が見えて陽が差していた。その温もりが心地よく思えた。

 スマホで植物園の公式ページを見ると、駅からは徒歩10分のところにあるそうだ。地図アプリを見ながら行こうと思ったけど、先輩が見つけた案内板に植物園までの道筋が書かれていた。その通りに歩くと、随所に『植物園はこちら』という看板に出会ったので、難なく植物園に辿り着けた。


「実際に見ると立派な建物ですね」

「そうだね。東京近郊では最大規模らしいよ」

「そうなんですか。どんな植物があるんだろう。植物紹介のページは敢えて見なかったんです」

「何が見られるかは出会ったときのお楽しみってことか」

「そうです。さっそく行ってみましょう!」


 今一度、綾奈先輩の手をしっかりと握って、私は彼女と一緒に多摩植物園の中に入っていくのであった。

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