エピローグ


オレはスマホで、アゲハが記者会見している様子を見ていた。


「今回の事件で、中曽根元総理は送検され、現在ランス党内部の見直しを行っております。不滅の魔王は現在も逃走中で、行方は分かっておりませんが、最優先で対応する所存です」


深々と頭を下げると、いくつものフラッシュが焚かれる。


「人員を新しく刷新し、今後このようなことがないよう、第三者による監視を強化していく予定です。さらに、今回の事件の引き金となったヒーロー活動禁止法の廃止を、ここに約束いたします。ランス保護法についても、抜本的な見直しが必要だという見解の元、迅速に議論を進め、改善案を提出するつもりです」


オレはスマホの動画を停止した。


「だとよ」


オレは向かいにいる男に顔を向け、そう言った。

ガラス一枚隔てた場所で、中曽根は座っていた。

ここは中曽根が収監されている留置所の面会室だった。

本来なら監視員が立っているはずだが、色々とコネを使って外れてもらい、今は二人きりだ。


中曽根は、オレがここに座ってからというもの、ずっと俯いたまま喋らなかった。


「お前の奥さんと子供の骨、見つけたぞ」


初めて、中曽根は顔を上げた。


「都内の山中に、二人まとめて埋められていた。犯人はヒント一つ残さず死んだからな。見つけるのが遅くなった」


オレは写真を取り出して、中曽根に見えるように置いた。


「お前がいなかったから、勝手に墓を作らせてもらった。奥さんが好きだった都内の街並みを一望できる場所だ。夏になると昆虫もたくさんくるらしいから、息子さんも気に入ってくれるかと思ってな。どこか要望があるなら──」

「いえ、構いません。そこでゆっくりと眠らせてあげてください」


中曽根の声は、しわがれていて、聞き取りづらかった。


「……そんなもの、探していたんですか。私は、とっくの昔にあきらめていたのに」


そう言って、自嘲気味に笑った。

自分の非情さを悔いているのか、見つかったことに安堵しているのか、オレには分からなかった。……いや、たぶん、どちらもだろう。


「悪かったな。もっと早く見つけられていたら、あるいは……いや、これは蛇足か」

「……ボス」


中曽根が、ぼそりと言った。


「私達がやってきたことは、無意味だったんでしょうか」


まるで縋るような目で、中曽根はオレを見つめていた。


「……オレ達は過去の亡霊だ。だが、あの時代を生きてきた者にしか分からない課題というのは、確かにあった。がむしゃらに結果を求めて、何度も間違えて、それでもオレ達は、オレ達なりに精一杯やってきた。思い通りにできたこともあれば、失敗したこともある。その結果、ほんの少しかもしれないが、世の中は良くなったとオレは思っている」


オレは思い出していた。

オレが屈したものに平気で抗い、敵対した者を平気で救おうとする彼らの姿を。


「憎しみを知らない、思想も執着もない。そういう馬鹿な奴らが、馬鹿な奴らでいてもいい時代を、オレ達が作ったんだ。だから今度は、あいつらが新しい時代を作ってくれるさ。オレ達にはできない方法で、オレ達が思いもしなかった時代をな。きっとそれは、オレ達が渇望して止まなかった世界だ。オレ達が本当に望んだ、憎しみの無い世界だ」


そう。

オレ達も、それを望んでいたはずだ。

人間を憎みながらも、怒りに身を燃やしながらも、そんなことをしなくても良い世の中になることを、ずっと願っていた。


「まあなんだ。とはいえ、奴らに偉そうな顔をされるのも癪だしな。オレ達はせいぜい老害として、あいつらの行く末を見ながらいちゃもんでもつけてやればいいんじゃないか?」

「私には、もうその資格はないとは思わないのですか? 私が存在するだけで、世の中に不和を産む。私を見捨てた方がこの先──」

「見捨てねえよ。お前が世界中から憎まれても、オレはお前を見捨てない」


オレはにやりと笑った。


「なにせ、オレ様は悪党だからな」



◇◇◇


留置所を出て歩いていると、スマホにラインが届いた。

鴻野からだ。


『そっちの裏工作のおかげで、俺が日隠の保護者代理になった。約束通り、お前の自宅を日隠に譲渡する手続きを終えたぞ』

『そうか。そのまま住むなり売るなり、あいつの好きにさせてやってくれ。あいつが成人するまで、ちょくちょく様子を見てくれると助かる』

『そりゃ構わねえが、俺の約束は忘れてねえだろうな?』

『もちろんだ。今からそっちに行く。場所は?』

『お前の処刑場所に相応しい場所を用意した』




オレは学校の部室に来ていた。

鴻野の奴も、妙な場所を指定したものだ。


ゆっくりと辺りを見回す。

久しぶりの部室だ。あれ以来、ずっと学校には来ていない。

オレは自分の椅子に座った。

ここを作って、まだ一年も経っていないというのに、妙に感慨深い。


ドアが開く音が聞こえる。

オレはそちらを見て、小さくため息をついた。


「なんとなく、そんな気はしたけどな」


そこにいたのはリアだった。


「どうして分かった?」

「鴻野さんに頼んで、教えてもらった」

「せっかくの復讐の機会だってのに、あいつがそう簡単に漏らすとは思えないな」

「……あの時、細谷君が教えてくれたことを喋っちゃったの。ごめん」

「ほう。お前にしては頭を使ったな。泣き落としができるとすれば、それしか可能性はない」


オレはゆっくりと立ち上がった。

もうこいつと話すことは何もない。

彼女は口ごもり、何か喋ろうとしている。しかし、オレがそれを待ってやる義務もない。

オレは黙ってリアの横を通り、部室を出ようとした。


「ラ、ラブレター‼」


リアが突然叫んだ。


「ちゃんと読んでくれた⁉」

「……胃がもたれた」


オレは素直な感想を言った。


「……なにそれ?」

「仕方ないだろ。こんなナリだが、もうおっさんなんだ。あんな真正面から気持ちを伝えられたら、普通そうなる」

「……でも、読んでくれたんだね」


オレは黙った。


「ど、どうだった? 私のこと、好きになった?」


オレは鼻で笑った。


「馬鹿かお前は。なるわけねえだろ。今もこれからも、お前は恋愛対象外だ」

「……そっか」

「気は済んだか? じゃあオレは──」


そのまま去ろうとした時、オレの手を、リアが掴んだ。


「別にいいよ。それでも」


泣きそうな顔で、リアはオレを見つめていた。


「細谷君が一緒にいてくれるなら、それでいい」

「……はぁ? お前、何を甘えたこと言って──」

「甘えるよ! だって私、まだ子供だもん‼」


オレは唖然とした。

開き直りも甚だしい。


「わ、私が細谷君に勝ったんだよ⁉ だったら、私の言う通りにするべきでしょ⁉」

「……だから、あの場所で死ぬのは止めたじゃねえか」

「そうじゃなくて! 私と一緒にいなきゃダメなの‼」


リアは必死になって叫んだ。


「私はヒーローだよ。みんなが求めたら、いつだって現れてみんなを助ける。でも、私のヒーローは細谷君なの。お父さんから助けてくれた。いじめられっ子だった私を変えてくれた。ヒーローになった私を、ずっと支えてくれた。私にとってのヒーローは、ずっとずっと、細谷君なの。だから細谷君は、私と一緒にいないといけないの‼」


それは、本当に子供の駄々だった。

論理的じゃないし、こっちの都合もお構いなしだし、とにかく自分の要望を通そうと必死だった。


「……一緒にいてよ。前みたいに居候させてよ。みんなで部活しようよ。好きなんて言わないから。おもちゃでも、奴隷でもいいから。コスプレでもなんでもするから。……だから、一緒にいて。私を一人にしないでよ」


ぽろぽろと、リアは涙を流していた。

それは、オレがいつの間にかなくしていた、本当に純粋な涙だった。


オレと一緒にいることが、リアにとって良いことだとは思えなかった。

この先、苦難しか待っていないと本気で思えた。

考えれば考えるほど、一緒にいるという選択肢はないと思えた。


なのに──


「……ったく。みっともねえ奴だな。涙拭けよ」


オレはハンカチを取り出して、リアの顔を拭いてやった。


「ふえ……いたたたた‼」


無防備な鼻を摘まみ、にやりと笑う。


「お望み通り、今日からお前は再びオレ様の奴隷だ。今まで以上にこき使ってやるから楽しみにしてろ」


人のこと言えないな。

きっとたぶん、オレもこいつと同じくらい、馬鹿なんだろう。


「……うん! 私もがんばって、細谷君の役にたつね‼」


満面の笑みで、リアは言った。


……馬鹿。

もう役にたってるよ。


お前を拾って、馬鹿みたいなやり取りをして、オレはいつの間にか、あの時の悪夢を見なくなった。

自分が許されたなんて思っちゃいない。でももしかしたら、オレも、幸せになってもいいんじゃないかって。

お前といると、不思議とそう思えるんだ。


「……リア」

「なに?」


リアは無邪気な笑顔をオレに向けた。


「キスでもするか?」

「……へ⁉」


リアの顔が、分かりやすいくらいに真っ赤になった。


「オレ様のことが好きなんだろ? 今だけ特別に、してやってもいいぞ」

「ちょ、ちょっと待って! い、いきなりそんなこと言われても、心の準備が……‼」


オレはふっと笑い、ゆっくりと顔をリアへ近づけた。

リアはあたふたしていたが、やがて意を決したのか、ぎゅっと目を瞑る。


唇と唇が重なる瞬間だった。

突然何かがオレのこめかみに飛んできて、オレはそれを掴んだ。

それは針だった。

窓の方から伸びていて、その先にはアゲハがいる。

彼女は、にこりと笑った。

その笑顔には、怒気が満ちている。


「よう。盗み見とは行儀が良いな」

「たまたま通りかかったので、見にきただけです。それより、高校生相手に何をしようとしているんですか? 不純異性交遊で訴えますよ?」


リアがようやく異変を察知し、目を開ける。


「え⁉ あ、確か……細谷君の叔母さん!」

「こんにちは♪ お二人は一体何をしようとしてたのかしら」

「え、えっと、これは違くて! あの、あの……‼」


リアは慌てて弁明しようとしている。

アゲハはそれを見て、くすりと笑った。


「あら、違うんですか? だったら私がキスしてもらおうかな♪」

「……え?」


そう言って、アゲハは窓から入って来ると、オレの腕に抱きついた。


「今度は何を企んでやがる」

「あら、ボスが言ったんじゃありませんか。恋愛は今からでも遅くないって」


そういえば、そんなことも言ったな。

だがオレとしろなんて一言も言っていない。


「ちょ、ちょっと待った! そんなのダメ! 絶対ダメ‼」

「あら。そんなことあなたに言われる筋合いはないんですけど?」

「筋合いあるよ! 甥と叔母でそんなことしちゃダメでしょ!」

「高校生と中年だって駄目でしょ?」


ぐぬぬとリアが唸り、アゲハは威圧的な笑みを浮かべている。


その時、突然部室のドアが開いた。

新と桃だ。


「細谷君! 戻って来たって本当だったんだ‼」

「あれ、もしかして修羅場ってたりします?」


なにやら騒がしくなってきた。

オレが弁明しようとした時だ。


突然、校内放送が流れてきた。


『緊急放送。緊急放送。近隣でランスが暴れているとの通報がありました。まだ校内にいる生徒は体育館へ避難してください』


オレはリアを見た。

リアもオレを見て、にっと笑う。


「そういうわけだ。さっさと避難するぞ」

「う、うん。そうだね!」


新達が、率先して部室を出る。


「あ、忘れ物しちゃった。先に行ってて!」

「こんな時でも、リアさんは相変わらずですね。早く来てくださいよ!」


そう言って、二人は足早に体育館へと向かった。


「アゲハ」

「はい。私が直接指揮して、周辺住民の避難を完了させます」


アゲハもすぐに窓から飛び出して行く。


騒がしかった部室が静かになり、オレ達は二人きりになった。


「今回は久しぶりにオレがバックアップしてやる。派手に暴れて来い!」

「合点‼」


大量のコウモリが現れて、リアの身体を包み込んだ。

黒いスーツにアイマスクを纏った姿に変身した。


人々のヒーロー、シャドウとなったリアが駆けて行く。

その後ろ姿が、ふいにあいつと重なり、思わず笑みを浮かべる。


その背中は、人々の思いを背負う、立派なヒーローの背中だった。



Fin

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悪の組織のボスが正義のヒロインを育ててみた 城島 大 @joo

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