第6話
「シャドウさん。とりあえず、一発殴っといてもらえますか?」
突然、イルゴールがそんなことを言ってきた。
「え、なんで?」
イルゴールは野次馬達を指さした。
「あ~……」
「上司にはあなたにやられたと報告するんで、その証拠に」
「おっけぃ」
そういうことなら遠慮はしない。
私はイルゴールのカメラレンズを拳でぶち割った。
「ぎゃああああ‼」
「イルゴールさん⁉ ほぐぅ‼」
ウンディーネの腹に思い切り蹴りをいれた。
イルゴールは仰向けに倒れてぴくりとも動かず、ウンディーネは床にうずくまって悶絶していた。
「ちょっと! やり過ぎだよ、シャドウ‼」
「あ、ごめん。つい」
しかし、これを見て野次馬達は安堵しているようだった。
一応、これで体裁は保たれたらしい。
私は二人が起きるのを待ってから、話を聞きだすことにした。
「あなた達、自分のことを悪の組織って言ったよね。それって……」
「ええそうですよ。わたくし達の正式な所属はランス党。トップは中曽根総理大臣です」
「じゃあやっぱり、組織のランス達は、みんな人間を奴隷にしようって考えてるんだ」
その言葉に、イルゴールは首を振った。
「いえ、それは違います。今回の件は中曽根様の独断です。我々の内部でも、かなり混乱が生じているんですよ。こういう時、ボスがいてくれれば……」
「ボス?」
「不滅の魔王様です~。引退されてからも、私達のような迫害を受けている第二世代を助けるために、尽力してくださっているんですよ。はっきり言って、私は中曽根様ではなく、ボスにお仕えしてるつもりです。そういうランスはかなり多いと思いますよ」
「甘えすぎだと言われればそれまでですが、やはり期待してしまうんですよね。困っている時は、どこからともなく現れて助けてくださる。わたくし達にとっては、ヒーローのような方です」
私の胸がちくりと痛んだ。
彼らに本当のことを話すべきだろうか。
……いや、今はそんなことをしている場合ではない。
「二人は爆弾のありかって知ってる?」
「いいえ。わたくし達はただ、シャドウを見つけ次第殺せと言われただけでして」
「そうなんですよぅ。上はあなたの正体を知ってるみたいなのに、暗殺を命じた私達にも教えてくれないんですよ? 変ですよね~」
確かに変だ。
ここに来て、わざわざ隠しておくような情報とは思えない。
「イルゴールは、何か心当たりある?」
イルゴールが顎に手をやって考えた。
「さぁ。考え付くとすれば、誰かを牽制したいとか、そういうことでしょうか」
牽制……。
ふと、脳裏に細谷君の顔が思い浮かんだ。
……いや違う。だって細谷君は死んだんだ。
鴻野さんが、わざわざうそをつくはずがない。
「ねぇ。よかったら、あなたたちの上司に会わせてくれない? 何か知ってるかも」
「たぶん知りませんよ。部隊はそれぞれ独立していて、どこの部隊が何をやっているのか、私達は何も知りませんから」
「じゃあ、さっきあなた達と話していたもう一人のランスに──」
イルゴールが、どこかをじっと見つめていた。
「……いや。たぶん、何も知らないと思います」
「どうしてそう思うの?」
「さぁ。なんとなくですかね。どうやらこの場所が気に入っているようなので、知っているならとっくに話してくれてると思いますよ」
私は首を傾げた。
桃ちゃんが、慌てた様子で身を乗り出した。
「と、とにかくです! 話が終わったんなら、さっさとここから出て行ってください。私達はあなた達の抗争に巻き込まれたくありませんから!」
私は彼女の様子を見て、ほっと安堵した。
よかった。
いつもの桃ちゃんに戻っている。
桃ちゃんには、いつも元気に笑っていて欲しい。
私にとって唯一の、大切な女友達だから。
「えぇ~? 嫌ですよぅ。まだラインの交換もしてないんですから」
「……じゃあさっさと済ませてくださいよ! ほら、新君も‼ ぼーっとしてないでさっさとやってください、このスケコマシ!」
「ええ⁉ 僕そんなのじゃないよ⁉」
「いいから早く‼」
新君は困惑したようにスマホを取り出した。
新君がしばらく画面を見つめていると、突然驚愕する。
「大変だ! 大勢の避難民が暴動に巻き込まれてるって、SNSで話題になってる‼」
「え⁉」
私はみんなから背を向けて、スマホを確認した。
新君の言う通りだった。
今話題になっているトレンドワードのランキング欄で、『#大規模闘争』が一位を飾っている。
調べたところ、中曽根総理の爆弾落下宣言で、既に都内の人間達は、東京から脱出しようと避難行動に出ていたようだ。
大勢の人間がすし詰め状態で避難する中、とある区画で、そこにランスがいることが発覚した。
おそらくそのランスは中曽根総理の言葉が信用できず、自分も避難しようとしていたのだろう。
しかし神経質になっている人間にとって、そんな理屈は通じず、暴動に発展。
怒りの炎は一気に拡散し、数十万人規模の人間が暴徒と化した。
沈静化のために警察組織だけでなく、ランスまで動いて無理やり押さえつけているらしく、ますます人間の怒りを買っているようだ。
避難経路も寸断されて、逃げたくても逃げられない人々が大勢いるらしい。
「止めなきゃ!」
しかし、肝心の場所がどこなのか分からない。
〇〇区だと書いてあったかと思えば、××区だと言っている者もいる。
だけど、それほど大規模な闘争がいくつもの地区で起きているとは考えづらい。
「デマだ」
新君がぼそりと言った。
「震災が起きた時にも、よくあるんだ。デマが横行して、真実の情報が分からなくなる時が」
「なんでそんなことに……」
私はシャドウのアカウントにアクセスした。
『大規模闘争が起きてる場所を教えて!』
そのつぶやきに、多くの反応が返って来る。
『〇〇区です‼』
『オレが見たのは××区だったな』
『嘘乙。正確は☆☆区でーす』
『それよりオレの家に来てよ。力作の罠が仕掛けてあるから、シャドウでも絶対逃げられないと思うよ』
ダメだ。
話にならない。
そもそも私の言葉では、誰かを動かすことなんてできやしない。
そんなことは、今までずっとSNSを運用していて、痛感していることだ。
でも今から人力で探していたら、時間がいくらあっても足りない。
その時、女子高生の悲鳴が聞こえた。
はっとして、声のした方を振り向くと、私達のところへ走って来るライオンのランスを発見した。
「人間共はオレ達に従っておけばいいんだ‼ 人間を助けになんて行かせるか‼」
私は走った。
ランスの鋭い爪が、一番近くにいた新君に振り下ろされる。
間に合わない!
私は最悪の未来を予想した。
が、何故かその爪は、新君の顔を切り刻む寸前で止まっていた。
その大きな手が、水の壁に阻まれ、水中で動かなくなっていたのだ。
「私のお友達に何をする気ですか?」
底冷えするような声で、ウンディーネが言った。
ライオンのランスが恐怖の表情で固まった瞬間、身体の節々から少量の血が飛び出て、その場に倒れた。
「安心してください。後遺症は残りません」
イルゴールは、フィルムになった腕を元に戻しながら言った。
「ありがとう。ウンディーネさん。イルゴールさん」
新君がお礼を言うと、ウンディーネは顔を赤らめた。
「えへへへ。さっきの、友達っぽかったですか?」
私はその様子を見て、ずっと心に引っかかっていた疑問が解けた気がした。
どうして先輩ヒーローは、人間の味方をしたのか。
仲間であるランスと敵対しても、ヒーローになることを選んだのか。
先輩ヒーローは、人間の味方をしていたわけじゃないんだ。
ランスを敵対視していたわけじゃないんだ。
本当に大切なことは、人間とかランスとか、そんなところにはないんだ。
「新君」
私は新君の肩に手を置いた。
「ありがとう。あなたのおかげで、私わかったよ。ヒーローは、人々の指針になるためにいるんじゃない。誰かを助けて、褒められるためにあるんじゃない。……ヒーローは、君みたいな人を支えるためにいるんだ。平和を守るのはヒーローじゃない。平和を守るのは、君達一人一人なんだ」
呆然としている新君に背を向け、私は再びスマホを取り出した。
何故かはわからない。
でも、今ならできる気がした。
シャドウのアカウントには、未だに数多くのデマが飛び交っている。
私は大きく息をつき、SNSに書き込みを始めた。
『私はずっと、絶望しながら生きてきた』
それは、私が初めてみんなの前で吐露する、私の本音だった。
『学校ではいじめられて、家では親から暴力を受けて。そんな私を誰も助けてくれないことに絶望して、それでも絶望を信じたくなくて。ずっとずっと、もがき苦しんでた』
あの時のことを思い起こす。
まだ一年も経ってないのに、遠い昔のことのように思える。
忘れようと思っていた時期もあった。でもあれは、紛れもない私の過去だ。
『私はヒーローになった。色々な人を助けながら、色々な人に助けられた。最初はただ、みんなに認めてもらいたいだけだった。フォロワーが増えて、人気者になって、ちやほやされたらそれでよかった。でもいつの間にか、そうじゃなくなってた。私にとってヒーローは、私の居場所になってたんだ』
少しだけ、怖いと感じる。
自分の本音を、誰でも読めるような場所に書き込むことが。
でも恐怖を感じる度に、先程の光景が脳裏に浮かぶ。
私が、本当に理想としていたあの光景が。
『私はみんなに褒められるようなランスじゃない。誰かに手を引かれて、背中を押されないと何もできない弱いランスだ。でもそんな弱いランスだからわかることがある。この世界には、本当に絶望したいヒトなんていないっていうことが。本当に、平和を望んでいないヒトなんていないっていうことが』
私は深呼吸し、最後の一言を書き込んだ。
『お願い、みんな。弱い私に力を貸して。私に、私の居場所を守らせて』
私は自分の気持ちを全て吐き出し、祈るようにスマホを抱え、目を瞑った。
やれるだけのことは全てやった。
あとは、通じるかどうかだ。
しばらくすると、返信を知らせる音が鳴る。
私はスマホを見た。
『暴動が起きているのは〇〇区です』
『いやいや。だから××区だって。嘘つくなよ』
『違う。□□区に決まってるだろ』
私は唇を噛み、俯いた。
けっきょく、伝わらなかった。
まあ、そうだよね。
たかだかSNSで文章をいくつか綴ったくらいで、何かが変わるはずなかった。
ピロンと、再び返信を知らせる音が鳴る。
見ると、それは『ライト』というアカウントだった。
いつも執拗に、私のあげ足をとってくるアンチの代表だ。
『□□区というのは嘘です。現場で少し調べましたが、暴動が起きている様子はありません』
私は唖然とした。
てっきり、また何か文句を言われると思っていたのに。
ライトは再び返信してきた。
『これが証拠写真』
設置されている時計台と、閑散とした道路が映っている。
私は慌ててライトのアカウントを見た。
『情報を発信するヒトは写真や動画を一緒に添付してください。できれば日付や時間が分かるようなものも一緒に映していただけると助かります #ヒーローを助けたい』
そのつぶやきに、大量の返信がきていた。
『〇〇町ってのも嘘だね。証拠の動画張っとく #ヒーローを助けたい』
『見たところ××区が一番目撃情報が多いぞ #ヒーローを助けたい』
『××区というのは嘘だと思われ。そもそもそんなに人が集まる場所じゃない #ヒーローを助けたい』
『たぶんだけど、ここまで明確な情報がないってことは、暴動が起きてる場所でSNSを開いている奴はいない。ランスの能力じゃないか? #ヒーローを助けたい』
『確定情報を流してる奴は嘘ってことね。おk。拡散しとく #ヒーローを助けたい』
『しらみ潰しに探そう。それしかない #ヒーローを助けたい』
ライトが再び書き込んだ。
『闘争場所を探すヒトは身の安全を最優先に考えてください。建物の上から双眼鏡などで探すのがベストだと思います。ヒーローは僕達を信じてくれました。今度は僕達が、ヒーローを信じる番です。 #ヒーローを助けたい』
そのつぶやきには、何十万という『いいね』がつき、それでも勢いが止まらなかった。
トレンド欄は、この数分で『#ヒーローを助けたい』が一気にトップに躍り出ていた。
涙があふれて、止まらなかった。
私は、ずっと後ろを向いて、ちゃんと見ていなかっただけだった。
自分の影を、絶望だと思い込んでいただけだった。
そうじゃなかったんだ。
前を向けば、こんなにも世界は、明るかったんだ。
ライトから、私のアカウントに返信があった。
『場所が分かりました。@@駅周辺のスクランブル交差点です。中曽根総理の姿も確認できたので、もしかしたら爆弾もそこにあるかもしれません。僕達にできるのはこれくらいですが、応援しています。がんばってください』
そのたった一言が、私に今までにない勇気をくれた。
身体の奥底から、力が湧いてくる。
私は涙をぬぐい、コメントした。
『ありがとう。本当にありがとう。絶対にみんなを助けるから』
「みんな! 場所がわかった。私は──」
ドオン!
そんな音がして、校内が小さく揺れる。
おそらく、どこかでまたランスが暴れているんだ。
「行って! ここは僕達がなんとかするから!」
新君が言った。
見ると、イルゴールとウンディーネもうなずいていた。
桃ちゃんを見る。
彼女は、罰が悪そうな、意地を張っているような、そんなよく分からない顔をしてから、大きくため息をついた。
「……いざとなったら、私が無理やり引っ張ってでも逃がしますから。……だから、安心して行ってください」
その言葉を聞いて、私は微笑んだ。
「わかった。ここは任せたよ、みんな!」
私はみんなにサムアップし、窓から飛んでコウモリになり、スクランブル交差点へと向かった。
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