第3話


「よし。じゃあ早速だがリア。お前がヒーロー研究部に誘った奴、全員の顔と名前を教えろ」

「え? 覚えてないよ?」


オレはリアを見つめた。

彼女は目をぱちくりしている。

オレはゆっくりと彼女に近づき、無防備な鼻を摘まんだ。


「いだだだだ‼」

「じゃあどうやって見つけるんだよ、あぁ⁉ お前はなんでそう馬鹿なんだ? 何を食ったらそんな馬鹿になれるんだ⁉」

「痛いよ! 痛いよ! 許してよ‼」

「いーや許さねえ。今度という今度は──」

「あの……」


ふいに声をかけられて、部室のドアが開いていることに気付いた。

一瞬警戒するも、その様子を見て肝心なことは何も聞いていないことを確信した。

というか、そんなことができる奴ではない。

そいつは、リアのいじめを止められず、挙句ランスに食い殺されそうになった男子生徒だった。


「……僕、新悠斗(あらた ゆうと)といいます。その……入部を、希望したいんですけど……」


童顔で、男にしては小柄な新は、ただでさえ小さな体を縮込ませながら言った。

リアがきょとんと新を見つめる。

新はそれに気づき、避けるように目をそらすと、居たたまれなくなったのか、さっさと踵を返した。


「また逃げるのか?」


オレの言葉に、新はぴたりと止まった。

ぐっと拳を握りしめたかと思うと、再びこちらに向き直った。


「ごめんなさい。やっぱり僕、入りたいです」

「理由は?」

「……ヒーローって、あのシャドウっていう人のことですよね? 僕、あの人に助けられたんです。でも、お礼も言えずに逃げ出して。その……リアさんのことも、そうです。いじめられてるって分かってたのに、助けられなかった」


新は、ぐっと堪えるように前を向いた。


「変わりたい。こんな弱い僕でも、屈しない強さを持つ人たちから、何かを学びたい。それが入部理由です」

「……ふん。一端(いっぱし)の口きくじゃねえか。いいぜ。入りたければ入れ」

「ええーーー⁉」


新の後ろから、桃が叫び声をあげた。

席を外せと命令していたが、もうそろそろいいだろうと勝手に判断して帰ってきたようだ。


「私の時とは全然態度が違うじゃないですかー⁉」

「少なくとも、こいつの葛藤は知ってるからな。遊び半分じゃないことは確かだろ」


今まで暗い表情だった新が、初めて笑顔をみせた。


「あ、ありがとう細谷君!」


オレは鼻を鳴らし、リアの肩を叩いた。

リアは戸惑いがちに新に近づく。

新も、かなり緊張している様子だ。


「……ええと、あの時のことなら気にしなくていいよ。私、何とも思ってないし」

「で、でも……逃げたのは事実だし」


そう言って、新は俯いた。


「私はそれでもうれしかったけどな」

「え?」

「今までは、逃げたことを悔やんでくれる人もいなかったから」


リアは晴れやかに笑った。


「それに、新君が入ってくれたおかげで、私にも居場所ができたし。だからこれからは仲良くしよ?」


リアはにこやかに手を差し出した。

新は最初こそ戸惑っていたが、リアの顔を見て決心がついたらしい。

微笑んで、きちんとその手を握った。


「これからよろしくね。日隠さん」

「うん! ……ところでさ。私がいじめられてるのって、そんなに有名なの?」

「たぶん、一年はみんな知ってると思うよ?」


リアはショックで肩を落とした。


「あ、いや! 悪い意味じゃなくてさ。それだけひどいいじめを受けてたから。その、かわいそうだなってみんな──」

「ま、退屈な学校生活ではそれなりのエンタメ要素だろうな」

「エンタメ……」


リアはさらに肩を落とした。


「はいはい! 暗い話はおしまいです! というわけで、せっかく同じ部員になったんですし、ライン交換しましょう‼」


リアは、はっとした。


「そうだね。色々と便利だし。じゃあええと……」

「花園桃恵。桃ちゃんと呼んでください!」

「じゃあ桃ちゃん。僕のID送るね」


二人がやり取りをしているのを、リアはうらやましそうに見ている。

今のリアは実質身よりがいない状態だ。当然、携帯なんて持っていない。


「おいリア」


オレはそれを投げて寄こした。

彼女は慌ててそれをキャッチし、口をあんぐり開けた。


「スマホ……」

「そこに落としてたぞ」


リアが、キラキラした目でオレを見つめてくる。

……別に、お情けで買ってやったわけじゃない。

このままではいちいちオレがシャドウのアカウントを管理しなければならない。そんな面倒なことをするくらいなら、リアにスマホを買い与えてやった方がマシだ。

まあそれに、そもそもリアがこのまま通学するなら、その学費もオレが払わなければならないのだ。それに比べれば、この程度の出費は安いものだ。


「ほ、細谷君……」


いそいそと、リアがこちらに寄って来た。


「なんだよ」

「ライン交換しよ」

「あぁ? そっちで先にやってるじゃねえか」

「は、初めては……細谷君がいい」


顔を赤くし、身体をもじもじさせながら、リアは言った。

オレはため息をつき、思った。

まるでエサをねだる子犬だなと。



◇◇◇


「日隠さんが勧誘した人なら覚えてるよ」


ラインを交換し終え、今後の活動について目的を伏せた状態で説明すると、新がそう言った。


「日隠さんが部活の申請をしているのを職員室で見てたんだ。それで興味を持って部室に行ったら、日隠さんが悪口を言いながら部室から出てきて。せっかくだから彼女に入部を認めてもらおうと思ってついて行ったんだけど……その、なかなか言い出せなくて。だから彼女が誰に勧誘していたのかは知ってるよ」

「それ全部覚えてるの⁉ すご~い‼ 新君って天才⁉」

「いや、普通だと思うけど……。たったの三人だし」


なるほど。

リアの頭は三人インプットするだけで精一杯なわけか。覚えておこう。


「だがこれでやるべきことが定まったな。まずはその三人から話を聞き、キラーマンティスを割り出すぞ」

「おおー!」


リアと桃が一斉に手を上げ、遅れて新も手を上げた。

無論、オレは無視した。



◇◇◇


「あ、あのあの……、私達、ええと……ヒロ、じゃなくて、ええと、ヒーローけにゅ──」

「噛み過ぎだ馬鹿」


オレはぽかりとリアの頭を叩いた。


「話聞くだけでどれだけテンパってんだよ!」

「だってこんなのやったことないし!」

「それにしたって酷過ぎだろ! さっきのスマホ返せ! 仕事のできん奴には無用の長物だ!」

「絶対やだ! もう私のだもん‼」


バスケ選手同士の攻防のように、リアとスマホの取り合いをしているのを、角刈りのその男子は奇異の目で見つめている。

ごほんと新が咳払いした。


「ええと、突然ごめんね。僕達ヒーロー研究部の者なんだけど」

「ああ。部員勧誘ならさっき……」

「そっちの問題は解決した。今回はれっきとしたヒーロー研究部の活動だ」


オレは事情を説明した。


「いやいや! そんなの書き込んでねえって! だいたい俺、SNSなんて使ったことないし」

「じゃ、見せてもらっていいですか?」


桃がにこりと笑って言った。


「なんでアンタらに見せなくちゃいけないんだよ! さっさと帰ってくれ」


男子に追い出され、仕方なくオレ達は他の二人のところへ行くことにした。

しかしその二人も同じような反応で、結局収穫と呼べるようなものはなかった。


「せっかく部活の申請書も提出して正式に発足したのに、全然思うようにいかないなぁ」

「そんな簡単に成果が出るわけないだろ。情報収集ってのは地味でめんどくさい作業の積み重ねなんだよ」

「とはいえ、こうなると調べるアテもありませんねぇ。キラーマンティスが二次情報を聞いた人間だとしたら、調べないといけない人間は無限に広がりますよ」


桃の言う通りだ。

三人の生徒も完全に白だと分かったわけではないし、キラーマンティスをこれだけの情報で探すとなると、相当の人手が必要になる。


「あ」


ふいに、新が声を漏らした。


「どうした?」

「う、うん。実はもう一人、部活について知ってた人が……」


そう言って、新はちらとリアを見た。


「あ」


リアも遅ればせながら、あんぐりと口を開けた。



◇◇◇



「はあ? SNS? 何のことよ」


それはリアをいじめている女子だった。

新が言うには、リアが部活勧誘している最中、彼女に食ってかかっていたらしい。


「だ、だって……私が部活のこと話したの、あとはあなただけだし」

「知らないわよ! アンタが勝手に話してたことでしょ‼ だいたい、細谷君の頼みだって言うから仕方なく解放してやったのに」


彼女は舌打ちしたかと思うと、オレの方へ笑顔を向け、あからさまなおべっかを垂れて来た。


「ねぇ、細谷君も何とか言ってやって~。こいつら、どいつもこいつも学校のはみ出し者じゃない。A組の空気とB組のいじめられっ子と、あとC組のハブられっ子。あははは! 面白いように雑魚が揃ったわね」


リアと新が、暗い顔で俯いている。

オレはスマホを操作し、キラーマンティスのアカウントを覗いた。

他にヒントになるようなつぶやきはなさそうだ。


「でも細谷君は違う。あなたはどこでも人気者になれる人よ。だからこんなところにいちゃ駄目。あ、なんなら私が入ってあげるわよ。他に良さそうな奴二人呼んできてあげる。そうしましょ! それなら──」

「桃。こっちからリプ飛ばして反応を見るってのはどう思う?」

「う~ん。ちょっと危険ですよねぇ。反応してくれたらいいですけど、最悪アカウント削除しちゃう可能性もありますし」

「な、なんで無視するの⁉ 細谷君、クラスではいつも私の話をにこにこ笑いながら聞いてくれるじゃない‼」


女子はリアを睨んだ。


「こいつがいるからね⁉ こいつが細谷君をたぶらかしたんだ‼」


女子が手を振り上げた。

思わずリアが目を瞑る。

しかし、その手がリアを殴る前に、オレがその腕を止めた。


「こいつはオレのおもちゃだ。気安く触るな」


女子は動揺した様子だった。

オレが手を離すと、彼女は居たたまれない様子で、何も言わずに駆けて行った。

ふと気づくと、リアが見惚れるようにオレを見つめていた。

真正のマゾだな、こいつは。

オレはリアの鼻を摘まんだ。


「いだだだ‼ なにするの⁉」

「なんとなく」


その時、ふいにスマホの通知音が鳴った。

キラーマンティスがツイートを更新したのだ。


『ヒーロー研究部、マジでむかつく。あんな根暗女が音頭を取ってる時点で終わってる』


オレはそれを見て、にやりと笑った。


「お前ら。そろそろ休憩時間も終わるし、今日の活動はここまでにしよう。どうせキラーマンティスを見つけられても、ヒーローが来なければ意味ねえしな」


各々が解散していく中、オレはリアの肩を抱いた。


「わっ! な、なに?」

「お前まで帰ってどうする。せっかく獲物を見つけたっていうのにな」

「え、獲物……? もしかして」


オレはうなずいた。


「ああ。犯人が分かった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る