第2話


「不滅の魔王様、だと?」


オレは桃を睨んだ。

彼女はくすくすと笑っている。


「おとぼけになりますか? なら悪の組織のボスさんと呼んだほうが分かりやすいですかね」


桃の周りに纏う空気が変わった。

自分に向けられた悪意に反応し、ぴりぴりとした警戒信号が肌を走る。


オレはため息をついた。


「なぁ桃。お前が何を考えてるのかは知らないが……」


オレは瞬時に桃の首を掴んで壁に叩きつけ、二本の指を両目のすぐそばで掲げた。


「オレ様に刃を向けるってことは、死んでもいいってことだな?」


じたばたと桃は反応するが、オレの腕はびくともしない。

桃はすぐさま降参した。


「う、うぞでずっ。うぞでずっ! ごべんなざい‼」


オレは仕方なく手を離した。

するりと桃の身体が地面へ落ち、彼女はしりもちをついた。


「げほっ! ごほっ! ひ、酷いです……。うら若い乙女にこんな仕打ちをするなんて……」

「どうだか。ランスの歳を見た目で判断するほど馬鹿じゃねえぞ、オレは」

「私、ホントに16です~‼」


オレはため息をついた。


「……で? さっさと出てきたらどうだ、アゲハ」

「……ばれてましたか」


窓ががらりと開き、外から20代後半の美女が顔をだした。

ウェーブがかった長い髪に、知的な顔つき。黒いスーツを着こなす姿は、さながら美人秘書といったところか。


「当たり前だろ。悪の組織の諜報部員を誰が鍛えてやったと思ってるんだ。メモの取り方見たら一発だ」


桃はさっきから、涙目でこちらを睨んでいる。

こんなでも、一応こいつは悪の組織の一員らしい。それも優秀な人材が集う諜報部に所属しているときた。

同じく諜報部であるアゲハの直属の部下というわけだ。


「じ、実はですね~。ボスがどういう日常生活を送っているのか、視察して来いとの命令がありまして……」

「あぁ? 誰だそんな舐めたこと言う奴は」

「中曽根様が……」


オレは舌打ちした。

中曽根五郎総理大臣。オレと同じく、一番激化していたランス闘争時代を戦い抜いた第一世代の一人だ。

悪の組織で、唯一オレに忖度なく反対意見を出せる相手と言ってもいいだろう。


「アイツとはあとできっちり話しておかねえとな」

「ボ、ボコボコにするとかはやめてくださいよ⁉ 総理ですからね⁉」

「分かってる分かってる。ただの話し合いだよ」


アゲハはもじもじと身体をゆすった。


「そ、それであの……桃についてなんですが」

「分かってるよ。連れて行けなんて言うつもりはねえ。監視したいならせいぜい監視すりゃいい。だがプライベートの時間は守ってもらうからな」

「あ、ありがとうございます! これで怒られないで済みます~‼ やっぱりボスはお優しいですね♪」


いつものように、アゲハのおべっかタイムが始まった。


「……なんかアゲハさん。いつもと違いますね」


ふいに、桃が言った。

ぎくりとアゲハが震える。

面白そうな話題だ。オレは頬を緩めた。


「ほう? どう違うんだ?」

「いえ。いつもはもっと女王様気取りというか、ツンツンしてるというか……」


だらだらと、アゲハが冷や汗を流している。

オレは彼女の肩をぽんと叩いた。


「そうかそうか。オレにいじめられた鬱憤を部下で晴らしてるってわけだな。なかなか賢いなぁ? アゲハ」

「ハ、ハハハ。そんな。滅相もありません……」


アゲハは身体を固くし、俯きながらごにょごにょと呟いた。


「そういえば、私達に命令してる時のアゲハ様、ボスとすごく似てますね」

「お、おだまり‼」


アゲハが一喝すると、雷に怯える子供のように、桃は「ひえぇ~」と言って身を縮こませた。


「……ところでボス。例の地底人の件ですが」

「ああ。完璧だったろ? あとは煮るなり焼くなり好きにしろ」

「そうではなく、あのヒーロー気取りのランスのことで」


ああそっちかと、オレは白々しく言った。


「ヒーロー研究部なんてたちあげて。ボスもご興味がおありなんですね」

「まあな。あんな面白いものはなかなかない」


アゲハは真剣な表情で眉をひそめた。


「……いずれは私達の障害に──」

「ならねえよ。お前も見ただろ。あいつは弱すぎる。色々な意味でな」


そう。リアは弱かった。

部隊長の地底人が、オレではなくリアを狙っていたら、間違いなく負けていただろう。

本人はまるで自覚がないだろうが。


「しかしこの先どうなるかは分かりません。ボスが一番ご存じでしょう? 正義を掲げた存在の厄介さというものは」


オレは鼻で笑った。


「知った風な口を利くじゃねえか、アゲハ。お前は闘争後に組織に加わった。お前こそ、正義の何を知っている」

「ですが私は第一世代のランスです。少しくらいは分かります」


アゲハは引き下がるつもりがないらしい。

オレは小さく息をついた。


「……安心しろ。正義を良く知るオレが大丈夫だと言ってるんだ。余計な心配するな。あいつは放っておいても勝手に自滅するさ。しなければ……」

「しなければ?」


オレは薄く笑った。


「オレ様が直々に潰してやるよ」


じっと、アゲハはオレを見つめた。

時々選定するようにオレを見る癖が、アゲハにはあった。


「……分かりました。そこまでおっしゃるのなら、こちらも放置しましょう」


どうやら納得したみたいだ。

アゲハは優秀だが、悪の組織ではまだまだ新参だ。しかし当人の実力やオレの推薦もあって、その地位はめきめきと上がっている。

組織の動きに影響を及ぼせるくらいには発言力のあるアゲハがそう言うのだから、おそらくそれが悪の組織の総意となるだろう。


「けれど今頃正義のヒーローだなんて。時代錯誤も甚だしい。できるなら、私が始末してやりたいくらいです」


アゲハは憎しみの混じった声を漏らした。

いつもどこか飄々としているアゲハにしては、珍しいことだ。


その時、バンと部室のドアが開いた。

見ると、涙目になったリアがそこにはいた。


「誰も話すら聞いてくれなかった……」


ふと、リアがこちらを見る。

アゲハは即座に窓の下に隠れた。


「そこにいるの誰?」


ぎくりと、アゲハの肩が震える。

そういえば、コウモリは視覚ではなく超音波で獲物の位置を捉えるんだったか。リアはどうか知らないが。


「あ、あはは。ばれてましたか……」


観念したアゲハは、笑いながら窓から顔を出した。


「実は私……細谷君の母──‼」

「従姉(いとこ)だ。細谷アゲハ。年齢は30オーバー」

「してないって言いましたよね⁉」


食ってかかるアゲハをオレは無視した。

そんなやり取りを、リアは黙って見つめている。


「従姉なのに敬語なんだ」


アゲハは、天啓でも閃いたかのように、はっとした。


「それもそうですね。……いや、それもそうね! 従弟なんだから、敬語なんて変よね、細谷君⁉」


アゲハはキラキラと目を輝かせている。

今までの鬱憤を晴らそうという気満々だ。


「いいや?」

「え?」

「優れた存在に年齢は関係ないということを、殊勝なコイツは知ってるってだけだ」

「え⁉」


オレは一瞬の内にアゲハの頬を片手で挟んだ。

すぼまった口が、小刻みに震えている。


「そうだよなぁ? アゲハさん?」

「は、はい! そうです! 調子に乗ってすみませんでした‼」


反省の色十分なようなので、オレは解放してやった。


「訳あってこいつに保護者を頼んでる。今回はその一環で仕事を休んで来てもらった」

「そうなんだ……。大変だもんね、細谷君」


こいつもこいつで、妙な勘違いをしているきらいがあるなと、オレは思った。


「それであなたは……細谷君とどういう関係なのかしら?」

「え⁉」


突然アゲハにそう聞かれ、リアは動揺していた。

こいつ、妙な探りを入れに来やがって。


「なんでもねえよ。日隠リアって名前で、一緒に部活を作ることになった友達だ」

「友……」


リアの顔がにわかに赤くなる。

そうだった。

年中いじめられっ子のこの馬鹿は友達がいないのだ。

仮初とはいえ、友人であると紹介されることに途方もない快感を覚えているようだ。


「まあそうですか。細谷君がいつもお世話になっています」

「友……」


リアはぼーっとしていて上の空だった。


「あの……」

「アゲハ。お前もう用事終わっただろ。さっさと帰れ」

「え? でもあの子……」

「ああ……」


オレはリアの方を見た。

未だ放心状態で、桃が目の前で手を振っても一切反応していない。


「気にするな。ただの馬鹿だから」



◇◇◇


「ボスってアゲハさんには弱いんですね」


アゲハがすごすごと帰ったあと、ふいに桃がそんなことを言った。


「……まあな」


本来なら否定するところだが、オレは素直にそう言った。

あいつには借りがある。

組織の人間を部活に置くのはリスキーだが、アゲハが板挟みにあうというのなら、それくらいのリスクは背負ってやろう。


その時、ふいにオレのスマホからSNSの通知音が聞こえてきた。

オレはそれを確認し、目を細める。


「……桃」

「なんですか?」

「席外せ」

「……えぇ~?」


桃は心底嫌そうな顔をした。


「お前の仕事はオレの側にいることだ。多少仕事をサボっても文句を言われる筋合いはない。……オレに恩を売っておけば、色々と良いことがあると思うが?」


桃は急にもじもじし始めた。


「……その。実は私、昔から戦略立案課の内勤勤務を希望してるんですが……」

「検討しておこう」

「すぐ席を外します‼」


びしりと敬礼し、桃は一目散に部室から出て行った。

こうやって扱いやすい馬鹿が集まって来るのは、日頃の人徳がなせる業なのかもしれないな。


「おい、リア」


未だぼーっとしているリアの頬をひっぱたいた。


「へぶっ!」

「目が覚めたか?」

「……覚めたけど」


リアは頬を擦りながら、恨めしい目でオレを睨んでいる。

オレはそれを無視して本題に入った。


「気になってる奴がいる」

「え⁉ ほ、細谷君も好きになる女の子とかいるんだ。もしかして桃ちゃんとか……いだだだ‼」


オレはリアの鼻を摘まんだ。


「ゆるゆるの脳みそは引き締まったか?」

「引き締まった! 引き締まった‼」


まったく。ガキは色恋のことしか考えてねえのか?


「このアカウントだよ」


オレは自分のスマホをリアに見せた。

それは『キラーマンティス@ヴィランネーム』という名前のアカウントで、非常に過激な発言ばかりしている悪質なSNSユーザーだ。酷い時は殺人にまで言及している。


「でも、こんなのいっぱいいるでしょ?」

「まあな。だが見ろよ、こいつのアイコン」


キラーマンティスのアイコンは、カマキリの顔を模して作ったマークだった。


「だいたいこういう奴は、自分の力をひけらかしたいものだ。だからアイコンも、ランスになった自分が一番誇っている部位を強調したものにしていることが多い。だが、こいつの場合は能力について一切触れていない。名前で匂わせる程度に留めている」

「……本当はヴィランじゃないんじゃない? 人間のなりすましとか」

「それはない。人間にしてはランスのことを知り過ぎている。ランス特有の悩みや鬱憤を過激な発言で解消している割に、自身の能力はひた隠しにしている。この慎重さが臭い」

「臭いって……」

「本当に殺すかもな」


リアはぞっとした。


「とと、止めなきゃ!」

「その前に情報収集だ。正体が分からないと動きようがない。さすがにコードを暴くのは無理だろうが」

「コードって?」


首を傾げるリアに、オレは頭を抱えた。


「第二世代の無知さ加減は頭痛の種だな」


第一世代は周りの人間が全て敵で、自分の力が唯一の生命線だった。

情報収集の方法も今より恵まれていない中で、自分なりに情報を集めて身の安全に務めたものだ。


「いいか? ランスには変身能力に加えて、もう一つ個別の特殊能力を持っている。それを分類したものがコードだ」


ふむふむと、リアはうなずいた。


「たとえばお前が以前倒した豹のランス。ありゃ典型的なコードC。骨格変化の特殊能力だ。本来ランスは、人間の身体をベースに鎧にも似た強化細胞を皮膚の上に纏っているが、コードCはさらにそこから自分の身体を変形させることができる。大抵は獣や虫の姿が多いな」

「なるほど」

「コードCのランスは相手によっちゃ変則的なギミックを仕込んでいることが多く、多種に渡る攻撃パターンを持っているのが特徴だ。本来なら慎重に戦いたい相手だな」


こいつはオレの話を理解しているのだろうか。

さっきからずっと目をぱちくりさせている。


「で、お前の能力はなんだ?」

「んー……コウモリになれる?」


リアは変身してみせた。

何故か得意げな笑みを浮かべているのが腹が立つ。


「あのねあのね! ここから攻撃を受けたら──」


オレが顔面をパンチすると、顔が無数のコウモリになって弾け飛んだ。

拳を収めると、周囲を飛んでいたコウモリ達が再び集まり、リアの顔を形成する。


「なにするの⁉」

「見た方が早いからな」


リアが怒って文句を言っているのを無視して、オレは話を続けた。


「お前の能力はコードD。衝撃拡散だな。自身の身体の性質を変化させ、相手からの攻撃を拡散させる」

「へー。強いの?」

「馬鹿かお前は? 能力には相性がある。一概に強い弱いなんて言えねえよ」


リアはぶすっとした。


「お前の場合はコードB、肉体強化の能力者には強く当たっていける。ただ、コードO、現象発生系の能力者にはかなり弱い。炎や水のように拡散させようのない攻撃を受けると、自分の強みがまったく生かせないからな。相性の良い奴にはほとんど完封できるが、相性の悪い奴だとボロ負けする。まあ、正義のヒロインには不適格な能力だ」

「ええ⁉ なんで⁉」

「当たり前だろ。多種多様な敵と戦うことになるんだから、汎用性のある能力の方が良いに決まってる。正義のヒロインに勝てませんでしたなんていう言い訳は通用しないんだぞ」


リアは神妙な顔で俯いた。


「ただまあ、身体能力は高いみたいだし、やりようがないわけじゃない。そのためには多くの実戦経験を積み、頭の使い方を覚えないとな」


オレはにやりと笑った。


「つーわけでリア。狩るぞ、このキラーマンティス。情報なしで相手の能力を引き出し、その対策を練ってみせろ」

「え? でもSNSの情報だけでどうやって……」

「それについては朗報だ。どうやらこのキラーマンティス。我が乙夜高校の生徒らしい」


オレはスマホを掲げた。

そのツイートには『ヒーロー研究部とか作ってる奴がいるのか。潰してやろうかな』と書かれていた。

リアは言った。


「全然朗報じゃないんだけど⁉」


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