第4話


昼休憩終了のチャイムが鳴り、その人物は廊下を歩いていた。

辺りに人がいないことを確認し、オレはそいつと対面した。

そいつは、ぴたりと動きを止めた。


「見つけたぜ、キラーマンティス」


そいつは黙っていた。

当然だ。何がボロに繋がるか分からないこの状況で、うかつに喋るわけがない。


「お前の馬鹿なツイートのおかげで、キラーマンティスがここ乙夜高校にいるのは分かった。だが肝心の誰かまでは特定できなかった。新たな馬鹿ツイートを呟いてくれるまではな」


オレはスマホを見せた。


『ヒーロー研究部、マジでむかつく。あんな根暗女が音頭を取ってる時点で終わってる』


それはキラーマンティスのアカウントで呟かれたものだ。


「お前はこのツイートで、ご丁寧に自分がある特別な情報を持っていることをオレに教えてくれたのさ。日隠リアが部長であるという情報をな。リアが部活を勧誘している様子を見て、アイツが部長だと察する奴はまずいない。となれば、それが分かるのは部活の顧問か、その申請書を受理した人間のどちらかだ。そうだろ? 先生」


その男、メガネをかけた四十代ほどの教師は、黙ってオレを見つめていた。


「染耶は馬鹿じゃねえ。こんなどうでもいいことに時間を使う奴じゃない。となれば、残るはお前だけってわけだ。まさか第一世代にお前みたいな馬鹿がいるとは思わなかったがな」


男性教師は手に持っていた黒いアタッシュケースを置き、肩をすくめてみせた。


「はて。君の言っていることが私にはまるで分からない。第一、その染耶先生を容疑から外した理由が君の直感というのは、さすがにいただけないな。私も推理小説が好きでよく読むが、これじゃ探偵として失格だよ」

「あいにくだな。オレは探偵なんかに興味はねぇ。だから直感で判断するし、それによって無実の人間が風評被害に悩まされようと、心底どうでもいい。悪いな。オレは悪党なんだ」

「……私を脅す気か?」


オレは鼻で笑った。


「まさか。その逆だよ」

「なに?」

「オレはヒーロー研究部員なんでね。悪を暴いたり始末することを生業(なりわい)としてるわけじゃない。だが肝心のヒーロー様にやって来てもらうには、悪が暴れてもらわなくちゃなぁ?」


オレはあるものを男性教師の足元に投げた。


「なんだこれは?」

「ボイスレコーダーだ。今までの話が録音されてある。これでお前は、ランス保護法を適用するに十分な状況だったと証明できる証拠物件まで揃えたことになる。ま、あとはどうするかはお前に任せるよ。オレは手筈通り、アンタがキラーマンティスなんてヴィランネームで、散々痛い発言をしてたことを世間にばらすだけだ」


オレは敢えて背中を向けた。


「じゃあな。ネットで粋がってるだけで、何もできないクレーマーさん?」


ゆっくりと歩いていると、その殺気はすぐにオレを刺し貫いた。

オレが飛びのくと、巨大な鎌が、オレが立っていた廊下の床をえぐり取った。

そこに男性教諭はいない。カマキリを模した仮面のような強化細胞を纏ったヴィラン、キラーマンティスがそこにはいた。


「偉そうなガキは大嫌いなんだ。遠慮なく殺させてもらう」


やる気十分なヴィランに、オレは思わず笑った。


「ハハッ! ネットで暴れるだけのチキンにしては威勢が良いじゃねえか。それじゃあもっと騒ぎを大きくしようぜ‼」


オレは近くにあった消防ベルを鳴らした。

ジリリリリとけたたましい音が鳴り響く。

その音に反応して、教室から次々と生徒が廊下に現れる。


「……え? なにこれ」


キラーマンティスの姿を見て、生徒達が硬直する。

ギラリと光る鎌を見て、女子生徒の一人が叫び声をあげた。


「きゃあああ‼」


その声がパニックの引き金になった。

皆が押し合い、階段は大混乱。教室に逃げ隠れる者も多数いて、阿鼻叫喚だ。


素晴らしい。

ほんの少しの不運が死に直結するこの状況。これこそヒーローが求められる最適な環境だ。

さあ行け。この完璧なお膳(ぜん)立ての中、お前の真価を発揮してみせろ!


「シャドウ‼」


オレの叫び声と共に、リアが窓を割って現れる……ことはなかった。

しんと、辺りが静まり返る。

オレは咳払いし、スマホをタップした。

ラインを起動し、リアに連絡する。


『今何をしてるんだ?』

『ちょ、ちょっとトイレに……』


オレはしばし硬直した。


「おい。少し待て」


キラーマンティスにそう言い残し、オレは近くにあった誰もいないトイレに入り、電話した。


「あ、細谷君? 何か用事? 今ちょうど終わっ──」

「さっさと来いボケえええ‼」

「ひいいい‼ ごめんなさあああい‼」


ぶつりと切り、トイレから出て、再びキラーマンティスと対峙する。

ヴィランとはいえさすがは教師。ちゃんと待ってくれていた。


「……非常に言いにくいんだが……実は、ヒーローが遅れてる。もう少し待っ──」


回転しながら飛んできた鎌を、オレはしゃがみ込んで避けた。

まあそうなるよな……。

キラーマンティスが自身のアタッシュケースの底を蹴る。すると、アタッシュケースから二本の棒が飛び出て来た。

それを両手で一本ずつ持つと、棒の先端から鎌が飛び出す。

ずいぶんと手の込んだ武器だ。


キラーマンティスはオレへと肉薄し、乱暴にそれを振り回した。

右に左にと、オレはたたらを踏みながら慌てて避ける。

もちろん、フリだ。生徒の目がある中で、ランスであることを匂わせるような愚行は犯さない。

高校生レベルの身体能力だけで、相手の動きを読んで攻撃をかわしているのだ。

コツは、きちんと素人臭さを混ぜること。

あたかもまぐれで避けているように見せることで、意外と観客は騙せるものだ。


とはいえ、ごまかせるのも限界がある。

この状況が長く続くのはよろしくない。

それに、さっきから後ろで刺さっている鎌が気になって仕方がない。

キラーマンティスが踊り場の方に出ると、廊下から離れた。

ああ、なんつー分かりやすい奴。


「切り刻め。デッド・ホールウェイ‼」


壁に刺さっていた鎌が急に抜け、廊下の真ん中で浮遊した。

明らかに物理法則を無視している。

コードM。念動操作の能力者だ。


ゆっくりとその鎌は回転していき、徐々にそのスピードが速くなる。

速さも十分といったところで、鎌はこちらへ向けて飛んできた。

球体を描くように横にも回転しながら迫るそれは、廊下に歩く者全てを切り刻む死のトラップだ。


「いやあああ‼」


廊下で倒れ込んでいる馬鹿な女子が悲鳴をあげた。

さっさと避難していれば良いものを、どうやら腰を抜かして動けないらしい。


「ちっ」


オレは女子の側へと駆け寄り、その襟首をむんずと掴む。

びくりと震えてこちらを見上げる彼女に、オレは好青年を演じる時に使う爽やかな笑みを浮かべてみせた。


「ごめんね。少し乱暴に扱うよ」


オレはじっと鎌を凝視する。

鎌は縦に回転しながら、不規則な動きで斜めに刃を振っている。

高校生レベルの身体能力で、お荷物一人を無傷で突破させるのは、少々難易度が高かった。

だが、ここで死人を出すわけにはいかない。ヒーローが賛辞を受ける場を作るのがオレの仕事だ。

そこに一点の汚れもつけるわけにはいかない。


「いやだあああ! 死ぬううう‼」


……ちっ。うるさくて集中できやしねえ。

こいつのばたつく手足も考慮するとなれば、もはや最上級の難易度だな。

……ちょっと反則するか。

オレはにやりと笑った。


一気に近づいて来る鎌に、オレは向かって行った。

手に持つ女子生徒と共に、鎌の軌道が作り出す球体の中へとダイブする。

横軸に動く鎌が、女子生徒の首を狙う。

オレはその軌道を見切り、常人では見えない速さで鎌の横腹を小突いた。

その反動で、鎌は少しだけ横にずれ、女子生徒の頭をかすめた。

鎌はそのままオレ達を素通りし、廊下の奥の壁に突き刺さる。


「大丈夫?」


オレはにこりと笑って言った。

途端、教室に逃げ込んでいた生徒達の歓声があがった。


「細谷すげええ‼」

「お前こそがヒーローだ‼」


助けられた女子は、頬を染めながら「あ、ありがとう……」なんて言ってやがる。

そうそう。それが正しい反応だ。

……本当だったらこの歓声は、リアに向けられていたんだがな!

あの野郎、オレのお膳立てをぶち壊しやがって。こっちに来たら絶対折檻してやる。


「……お前、さっき何した?」


さすがに、鎌を自分で操っていたキラーマンティスは、オレが何かしたことに勘付いたようだ。


「さあ。何かな?」

「……まあいい。今度は小細工しようと防げない」


キラーマンティスが自分の持つ鎌の一つを放り投げると、それはぴたりと空中で止まった。

壁に突き刺さっていた鎌も一人でに抜け、浮遊する鎌の後ろに並ぶように止まると、その二本は同時に回転し始めた。


なるほど。

これはさすがに、反則を使っても無理なやつだ。


「これでさっきのようなマグレはなしだ。二連・デッド・ホールウェイ‼」


……あーあ。まったく。

オレは抱えている女子を教室の中に放り込み、後ろに下がる。

今日は本当に厄日だな。

だが、これであいつはオレを追うように鎌を移動させる。

死人はなし。リアの名が汚れることもない。

まあ、そう考えれば上々か。


二本の鎌が一気に迫る。

その内の一本が、オレの脳天へ向けて振り下ろされる……その時だ。



ズドオオン‼



廊下の壁が弾け飛んだ。

その勢いに押され、鎌は向かいの壁に叩きつけられて動かなくなる。

砂塵の中から現れたのは、黒のスーツにアイマスクをした日隠リアだった。


「細谷君、助けに来たよ!」


オレの方へと駆け寄り、無事を確認する。

オレはリアを見た。

彼女は首を傾げ、にこりと笑う。

オレは彼女の鼻を摘まんだ。


「遅いんだよボケエエ‼」

「いだだだだ‼ ごめんなさいいいい‼」


今の今までプロデュースに徹していたオレが、初めて感情に流された瞬間だった。



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