第5話


「……お前あれか。例のヒーロー気取りのランスか」


リアが、キッとキラーマンティスを睨んだ。


「このご時世、ヒーローごっこをしてるお前を寛大に許してやるほど、世界は優しくないぞ」

「それはこっちのセリフ。悪党どもはボッコボコにしてやるから、覚悟して」


リアは拳を作り、自分の掌をパンと叩いた。

オレは教室へと避難し、窓から声をかける。


「リア。今回はアドバイスなしだ。自分の力だけで倒してみせろ」

「任せて!」


自信満々にリアは言った。

その根拠なき自信がオレの不安の根源なのだということを、こいつはまったく理解していないようだ。


「じゃあ私も、そろそろ本気を出すぞ」


再び、キラーマンティスはカバンを蹴った。

飛び出した鎌を手に取り、両手で鎌を構えてみせる。

その後ろで、転がっていた二本の鎌が浮遊している。


「四刀流だ」

「なにそれ。かっこいい!」


オレは思わず頭を抱えた。


キラーマンティスの猛攻がリアを襲った。

リアは幾度となく繰り出される鎌を、素早い動きでかわしている。


乱暴に振り回す動きには大きな隙があるが、それを補うように後方の鎌が縦横無尽に飛び回っている。好機とみれば変則的な挙動で攻撃を仕掛ける動きは、コードMならではだろう。

地味だが、相手が同レベルのランスなら、非常にやりづらいはずだ。


「ほいっ!」


鎌をかいくぐり、キラーマンティスの顔面に蹴りがさく裂した。

キラーマンティスはたたらを踏み、悔しそうに歯噛みする。


身体能力は圧倒的にリアが上らしい。


「あらら。寸止めするつもりだったんだけど、当たっちゃった。ごめんなさい」


リアは余裕そうだ。

だがまあ、おそらくそう簡単にはいかないだろう。

リアはたぶん勘違いしている。

コードMの能力者は、確かに操れるものに限りがある。しかしそれは、何も固有の物体に限るものではない。

鎌が操れるのなら、同程度の重量を持つ個体なら、生命体以外はどんなものでも操れるだろう。


バリィン‼


突然、リアの真横にあった窓が割れた。

反射的に、割れた窓から顔をガードする。

その隙を、キラーマンティスは見逃さなかった。

キラーマンティスの鎌が舞い、リアの身体を肩から真っ二つにした。


「悪いな。私も寸止めできなかった」

「きゃああああ‼」


教室の中で悲鳴が響き渡る。

まったく。うるさくて仕方ねえな。


リアが、ぱくぱくと口を開いた。


「なんだって?」


余裕そうな顔で笑いながら、キラーマンティスが耳を傾ける。


「外れ」


その瞬間、リアの身体が無数のコウモリとなった。


「なっ⁉」


キラーマンティスの背後にコウモリが集まり、そこからリアが現れる。


「鬼さんこちら」


キラーマンティスが振り向いた瞬間、ぐるんと回転しながら、その顔を蹴り飛ばした。

キラーマンティスは大きく吹き飛び、廊下を転がる。


「ふぅ……」

「油断し過ぎだ」


リアは肩を押さえていた。

そこから、数滴の血が廊下を濡らす。

いくら衝撃拡散の能力を持っていても、使わなければ生身の人間。

鎌の攻撃に一瞬だけ反応が遅れ、肩を傷つけてしまったのだ。


「だ、だって。あんなことしてくるなんて思わないもん」

「お前が頭を使わないからだ。鎌を操作できるんだから、窓を操作して破壊することくらいできる。それくらいはコードに関する知識がなくても想像できたはずだぞ」

「でもぉ……」

「死んだ時も地獄でそうやって言い訳するつもりか?」


ぐっと、リアは口ごもった。


「いいか? これはゲームじゃないんだ。ゲームオーバーになった時に連コインしてコンティニューできる世界じゃない。だから常に慎重に、自分の行動が最適か考えながら動くんだ。指の動き一つでも生死が決まる。よく覚えておけ」

「う、うん……」


さすがに、痛みのある教訓は馬鹿でも堪えるらしい。

リアは神妙にうなずいた。


倒れていたキラーマンティスがゆっくりと起き上がる。

どうやらまだ致命傷とまではいかないようだ。


「なるほど。ヒーローを名乗るだけのことはある」

「あなたはヴィランを名乗るには、ちょっと弱すぎるね」


キラーマンティスの顔が大きく歪む。が、すぐにそれは不敵な笑みに変わった。

悪党がこういう顔をする時といえば……。


「きゃあああ‼」


本日何度目になるか分からない悲鳴が聞こえて来た。


「そのままざっくりいかれたくなければ、こっちに来い」


キラーマンティスがそう言うと、浮遊する鎌を首に突きつけられながら、一人の女子が姿を現した。


「あ」


ぼろぼろと涙を流しているそいつは、リアをいじめていた女子だった。

キラーマンティスは自身の手に鎌を持ち替え、その女子を引き寄せた。


「こいつの命が惜しいなら、そのまま動くな」

「別に惜しくないけど」


リアは即答した。


「ア、アンタなに言ってんの⁉ 正義の味方でしょ⁉」

「ヒーロー活動禁止法があるからなぁー」

「なっ⁉」


どうやら、リアなりの意趣返しらしい。

仮面をつければ途端に強気な発言ができるというのは、なんともガキらしい。


「ど、どうせアンタなんて捕まって処刑されるんだから、私一人くらい助けなさいよ‼ せめて最後に善行を──」

「善行? ってことは、ヒーロー活動禁止法は悪っていうこと?」

「……ぐ……」

「つまりぃ。ヒーローこそが本当は正義で、ヒーロー活動禁止法を笠(かさ)に着てる奴が悪い奴ってことでいいの?」

「……そ、そうよ」

「え? 聞こえないんだけど」


女子は歯噛みした。


「だからそうよ! アンタが正しくてコイツが悪よ! だから──」

「あなたは?」


ぐっと、女子は押し黙った。


「あなたはそういうこと、したことあるの?」

「……した、わよ」

「私、悪党は助けたくないなー」

「……は、反省するから! もうそういうことしないから‼ お願いだから助けて‼」


リアはそれを聞いて頬を緩めた。


「どうやらお前に人質としての価値はないようだな。ならせめて、コイツを一生ヒーローと呼ばれないようにしてやる」


キラーマンティスが残虐に微笑み、鎌を一気に引いた。

女子が思わず目を瞑る。

……しかし、彼らが想像していたようなことは起こらなかった。

キラーマンティスが、再び鎌を引こうとする。しかしその鎌は、何かに突っかかったように動かなかった。


「さっき私が見せた能力、もう忘れちゃったの?」


鎌の柄を、誰かの手が止めている。

それは離れた場所にいるはずの、リアの腕だった。

宙に浮かぶ腕に、コウモリが集まってくる。

見る間に、その場にリアが現れた。

鎌をぐいと持ち上げると、されるがままにキラーマンティスの腕も持ち上がる。


「形勢逆転だね」


馬鹿。また油断しやがって。

キラーマンティスがにやりと笑った。


「それはどうかな。相手の能力を忘れているのはお互い様だ」


先程割れたガラスの破片が、宙に浮いていた。

リアがそれに気付いた時、無数のガラスが女子へ向かって飛んできた。


「くっ!」


リアが手を広げると、その甲からコウモリが折り重なって一つの盾ができあがる。

女子を包むように展開されたそれに、無数のガラスがぶつかり、粉々に砕け散った。


「よそ見とはずいぶんと余裕だな」


キラーマンティスの鎌が、一気に振り下ろされる。

リアは咄嗟に腕でガードした。

前腕から広がる盾が鎌の貫通を防ぐも、その力に押されて思わず膝をつく。

リアは冷や汗混じりで背後を見た。

床に這いつくばるようにして、ガタガタと震える女子がいる。


「ハハハハ‼ 口では何と言ようと、やはりさすがはヒーローだな。いつもみたいにコウモリになって逃げてもいいんだぞ? ん?」


リアが歯噛みする。

キラーマンティスが笑いながら、鎌を何度も何度も盾にぶつけた。

ぶしゅっ、と負傷した肩から血が噴き出るのを、リアはもう片方の手で押さえた。

キラーマンティスは浮遊した鎌も使って執拗に盾を攻撃し続ける。

本来なら、リアの身体能力はキラーマンティスよりも勝っているはずだ。しかしリアの蹲るような体勢と肩の負傷が、その差を埋めていた。


「あーあ。こりゃ負けだな」


オレの言葉に反応し、ぴくりとリアの眉が動いた。


「お前らも目に焼きつけといた方がいいぜ。自称正義のヒーロー様が、無様に敗北する姿をな」


リアが歯を食いしばる。

沈むばかりだった膝が、ゆっくりと持ち上がる。


「……誰が、負けるって?」

「お前だよお前。そこの雑魚にいいようにやられて、一生奴隷にされるのがお似合いだ」


リアの目が、かっと見開いた。


「ぬうううああああああ‼」


振り下ろされた鎌を、リアは力任せに押し上げた。


「なにっ⁉」

「誰が……奴隷、だああああああ‼」


キラーマンティスが驚愕している間に、リアは無防備なその顔面に拳を叩き込んだ。

キラーマンティスが吹き飛び、壁にぶつかる。

地面に倒れ込む間もなく、リアはコウモリとなってキラーマンティスに肉薄すると、その胸ぐらをつかみ、廊下に叩きつけた。

ぎゅっと拳を握り、顔面を殴りつける。


「ごはっ!」


殴る。殴る。殴る。


「へぶっ! ごはっ! うべっ!」


飛び散った血が頬に付着しても、構わず何度も何度も殴りつける。

ガタガタと震えている女子に気付くと、リアはにこりと笑った。


「まだいたの? さっさと消えて」

「ひいいい‼」


女子が走って逃げていく。

再びリアがキラーマンティスを殴ろうとした時、はたと止まった。


恐ろし気な目で、隠れながらリアを見つめる生徒達。そして、既に虫の息なキラーマンティス。

これ以上やれば、死ぬかもしれない傷だ。


リアは振り上げた拳をぎゅっと握りしめ、それをキラーマンティスの真横に叩きつけた。


「私、ヒーローだからさ。悪党は大嫌いだけど、特別に許してあげる」


リアはすっくと立ちあがった。

びくりと、生徒達が後退する。

リアは彼らに向けて一礼し、さっさと退散していった。


オレはため息をついた。

それが戦闘の拙さを嘆くものなのか、ひとまず勝利したことへの安堵なのか、自分でもよく分からない。まあ、どっちもだろうな。

頭を使った戦いだったとは到底言い難い内容だ。しかしまあ、最後の判断はよかったんじゃないだろうか。

帰ってきたら、それくらいのねぎらいの言葉はかけてやるかと、オレは思った。



◇◇◇


キラーマンティスは警察に連行された。

ランス保護法があるとはいえ、これだけの騒ぎを起こして現行犯逮捕されたのだ。懲役刑は免れないだろう。

無論、ボイスレコーダーはきっちり回収しておいた。仮に裁判で呼ばれても勝てるだけの材料は揃えてある。その辺りは抜かりない。


今回の騒動で、シャドウがお遊びではなく、本当にヒーロー活動をするつもりなのだということが、ようやく世間に認知されたようだった。

罵詈雑言ばかりだったコメントにも、少しずつ応援の声が増え始めている。

とはいえ、まだまだヒーロー支持率は数パーセント程度だが。


さて。

ではここまで世間をにぎわせているヒーローが、今何をしているかというと……


「だからさぁ。マジで消えてくんない? 存在自体が邪魔なんだよ」


校舎裏でクラスメートの女子数人に、リアは囲まれていた。

その中心にいるのは、いつも彼女をいじめている奴だ。


「……もう悪いことはしないって言ったんじゃなかったの?」

「はあ? ああ、この前のあれか。そんなの守るわけねーじゃん。馬鹿なの?」

「うわーw 悪党だww」

「まあでも、普通守んないよねぇ」

「つか、ウチら何も悪いことしてないし。空気読まないコイツが悪いだけだし」


リアは俯いている。


「だいたい、てめえ調子に乗り過ぎなんだよ。お前の弁当、あれ細谷君が作ってんだろ。バレバレなんだよ」


オレとリアの弁当が同じものであることは見れば分かるし、オレは弁当を自分で作っていると公言している。当然の帰結だ。

食事は身体を作る重要な栄養源。それを蔑ろにしていては、どんな大事(だいじ)もこなせるわけがないというのがオレの持論だった。


「さて。じゃあ今日もたっぷり水をかぶってもらいますか」


そう言って、女子がバケツを持ち、それをリアにかぶせようとした。


バシャアアン‼


リアに片手でバケツを掴まれ、その水は全て、ぶちまけようとした女子にかかっていた。


「て、てめえ何を──」

「私、もう我慢するのやめる」


一歩、リアが近づいた。

女子はその迫力に負けて、後ろに後退する。


「怯えるのも、どうでもいいやって投げ出すのも、全部やめる。私にはやることがあるから。だから、こんなことにかかわってる暇なんてないの」


リアは薄く笑った。


「自分でも知らなかったんだけどさ。私、怒ったらけっこうヤバイみたいなんだ」


じっと、リアは彼女の目を覗き込む。

女子は、身体を震わせながら、ごくりと息を飲んだ。


「どいて?」


彼女たちは、黙って道を通した。


校舎の角でもたれかかっていたオレは、リアが現れたのを確認してから口を開いた。


「仮面を被らなきゃ勇気を出せなかった奴にしては、なかなかだ」


こちらを振り向き、リアは微笑んだ。


「見ててくれたんだ」

「あぁ? 馬鹿かお前は。たまたま居合わせたんだ」


オレはさっさと行こうとした。


「もう大丈夫だよ。私の身体は、誰にも傷つけさせない」


オレは振り向く。


「……だって私、細谷君のおもちゃだから」


顔を赤くし、俯きながら、リアは言った。


「えへへへ」


恥ずかしそうに、小首をかしげながらリアは笑った。

それを見て、オレはリアの鼻を摘まんだ。


「いだだだ! どうしていつも鼻摘まむの⁉」

「決まってるだろ」


オレは頬を緩めて言った。


「なんとなくだ」


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