人類殲滅作戦

第1話


「なんであんなことしたんですか‼」


オレが部室に顔を出すと、桃がそんなことを叫んでいる最中だった。


「あ、細谷さん! 細谷さんも、新君に何とか言ってやってください!」


ちらと新を見ると、椅子に座り、しょんぼりと肩を落としていた。


「怒ってるのか? 珍しいな」

「そうですよ! 私、怒ってます!」

「ご、ごめんなさい……」


新は縮込まり、小さな声でぼそりとつぶやいた。


「あんな無茶するなんて信じられません! たまたま命があったからよかったものの、付き合わされた私の身にもなってください‼」

「だ、だから桃ちゃんは残っててって──」

「そんなこと言われて放っておけるわけないでしょ⁉」


オレは一番奥にある高級オフィスチェアにどっかと座った。

桃は腐っても悪の組織の一員だ。何かあっても一人で切り抜けられる。

恐らくこれは、新が今後危険なことをしないようにという、彼女なりの親切心なのだろう。


「警察がたまたま見てなかったからよかったものの、あのまま逮捕されててもおかしくなかったんですよ! まったく。次からは気をつけてくださいね」

「そ、そうだね。ごめん……」


あまりに新が落ち込んでいるので、リアが見かねて口を開いた。


「で、でもきっと、シャドウも新君の行動に助けられたと思うな。そういう意味では、新君の行動で何人もの人が助かったわけで、それで良い──」

「良くありません‼」


火に油を注いだ形になって、桃の矛先はリアに向かった。

リアは雷に怯える子供のように目を瞑って、桃の説教をやり過ごそうとしている。

それを見かねた新が口を出し、今度は新が桃の標的になるというのを何度か繰り返していると、突然コンコンと部室のドアがノックされた。


染耶だろうか。

しかし奴にしては少々礼儀が良過ぎる。

ドアが開き、そこから現れた男に、オレは驚愕した。


「邪魔するぜ」


鴻野義之。

前回オレと全力でぶつかり、未だ傷も癒えていないはずの男。

自然と、オレの目は鴻野の腰に向けられる。ご丁寧に、対ランス用の刀まで持ってやがる。

こいつが一体、ここに何の用だ?


オレがリアを見ると、彼女は驚いた様子で、ぱくぱくと口を開け閉めしている。

本人なりに、何か喋っているつもりなんだろうか。


「この前の事件について話を聞きたくてな。日隠。少し付き合ってもらえねえか?」


桃が鴻野を警戒するように見つめながら、リアに近寄った。


「リアさん。何かヤバいことしちゃいました?」

「し、してないしてない! なんにもしてないよ‼」


リアはぶんぶんと首を振った。

オレは余所行きの顔でにこりと笑った。


「すみません、刑事さん。リア本人もそう言っていますし、これって任意ですよね? 今回はお引き取り願えますか?」

「ならここで用件について喋らせてもらうが、それじゃあ困るんじゃねえか?」


リアではなく、オレの方を見ながら鴻野は言った。

これ以上渋っても結果は悪くなるだけだな。

期待するような目でオレを見つめるリアに、オレは口を開いた。


「リア。行って来い」

「えぇ~⁉」


元はと言えばお前がばれるからいけないんだろうが!

そんな思いを込めた睨みをリアに浴びせると、彼女はすごすごと鴻野と一緒に出て行った。

あまりに急だったので、盗聴器の類もない。

完全にぬかったな。


「日隠さん。大丈夫かな」


新が心配そうに言った。

こうなると、オレにできることは何もない。

せいぜいリアがボロを出さないようにと、願うばかりだ。



◇◇◇


私は鴻野さんに連れられて、ファミリーレストランにやって来た。


「好きなものを頼んでくれ。付き合ってもらう礼に、奢(おご)らせてもらう」


気前良く鴻野さんはそう言った。


「ええとじゃあ、このスーパーデラックスパフェを」

「……意外と容赦しねえな」

「え?」


見ると、そのパフェはメニューの中でもとびきり高い値段だった。

細谷君と食事に行くときは、いつも値段で決めるようなことはするなと言われているので、つい何も考えずに頼んでしまったのだ。

別のものに変えようにも、鴻野さんは既に店員さんを呼び、注文を済ませてしまっている。


「そ、それで、お話っていうのは?」


このままではばつが悪くて、私は自分から話を振った。


「一応、俺はヒーローについて詳しいつもりだ。お前がこれからも活動を続けていくなら、何かアドバイスしておいた方がいいかと思ってな」


私はしばらく硬直した。


「ちょっと待ってください! 私、正義のヒーローなんかじゃありません!」

「あの時、お前は両腕を骨折していた。米原みゆきが言うには、シャドウもそうだったらしいじゃねえか」

「りょ、両腕? きき、気のせいじゃないですか?」


私は目を逸らしながら言った。

ナイスな言い訳だったが、若干声が上ずってしまった。


「とぼけるのはいいが、そうなると俺はお前の協力者を暴くことに力をいれなけりゃならなくなるぜ? お前にとって、それは一番いやなことなんじゃないか?」

「……そんなの、わかるわけないもん」

「あの時、お前は自分を助けた人間を教えませんと言った。つまりお前は知っていたわけだ。あの状況で、なりふり構わず自分を助けに来たランスの正体をな。警察の権限で少しばかり調べさせてもらったが、お前、交友関係はかなり狭いみたいだな。もしかして、その中にいるんじゃねえか?」


私はわなわなと震えた。

このミスがばれたら、細谷君に鼻をもげられる。

鴻野さんは私の様子を見て、小さくため息をついた。


「言っておくが、そいつは悪だ。これまで多くの罪を犯してきた。個人的に俺はそいつに恨みがあるし、それを許すつもりもねえ。いずれ必ず殺すつもりだ」


細谷君を……殺す?

私の身体から、自分でも信じられないくらいの殺意が放たれた。

それを真正面から受けても、鴻野さんは涼しい顔をしている。

私は彼を睨んだ。


「そんなこと絶対させない」

「……今のところ、そういうことをするつもりはねえよ。お前の口から奴の正体を聞き出すようなこともしない。俺はヒーローに借りがある。お前を助けることで、少しでも恩返しができるなら、それに越したことはねえ。だからお前が奴を庇うというのなら、これ以上の詮索はしねえよ。奴がお前を大切に思っていることは、なんとなく分かるしな」


鴻野さんの言うことを、どれだけ信じていいのだろうか。

普通に考えれば、見ず知らずの私のために復讐を我慢するなんて、絶対にありえない。

でも何故だろう。

鴻野さんが、嘘をついているとは思えなかった。


「……借りって?」

「ずいぶんと昔のことだ。俺もヒーローに助けられたことがある。何度も、何度もな」

「私以外にもヒーローっていたんだ」


私はハッとして、両手で口を塞いだ。

鴻野さんはそれを見て苦笑した。

まるで、今更だなとでも言うかのように。


「いたぜ。強くて、かっこよくて、俺の憧れだった」


私から見れば、鴻野さんは強そうだし、かっこいいし、きっと誰かの憧れになっているだろう。

そんな人が、ここまで褒めるヒーローがいたなんて。


「聞きたい! その人の話‼」


私は今の状況も忘れて、身を乗り出した。


「日隠はランス闘争のこと、どれくらい知ってる?」

「なんか、すっごく大きな戦いがあったってことくらいしか」


鴻野さんはうなずき、すぐそばにある窓を見つめながら、口を開いた。


「ランスが初めて生まれたのは50年程前だと言われているが、正確な時期は不明だ。ランスがどうして現れたのかは未だに分かっていないが、その突然変異体は突如人間社会に現れた。その存在に、人々は混乱した。強大過ぎるランスの力に対し、人間はあまりに無力だったからだ。そんな恐怖から、ランスへの差別が横行し始めた。ランス狩りといって、ランス疑惑のある人間が寝ている間に、家に火をつけるような事件が多発したんだ。結果、数多くのヒトが命を落とした。その中には、ランスだと疑われただけの人間も、大勢紛れていた」

「ひどい……」


私は思わずそう言った。


「その通りだ。人間のランスに対する怒りや恐怖は、あまりに酷かった。そこで政府は、ランスをどうにかして取り締まり、人々の怒りを鎮める方法を模索し始めた。そこで考えられたのが、ランス徴兵条約だ」

「徴兵……条約?」

「簡単に言うと、国民全員にランスであるかの調査を義務付け、ランスであることが発覚した者は、数年間徴兵させるって条約だ。当時日本と協力関係にあったアメリカは他国と戦争していて、日本はその手助けをしなければならなかった。その援助の方法として、ランスを実戦投入しようと考えたのさ」

「でもそんなの!」

「ランスの権利を侵害している。世のランス達は、日隠と同じことを思い、激怒した。差別によって苦しめられ、挙句政府にも見捨てられ、戦争の道具にされるのかとな。人間の恐怖を遥かに超越する怒りは、ランス闘争と呼ばれる内乱を引き起こした。今から15年前の話だ」


それがランス闘争。

そんなひどいことが、私が生まれてすぐに起こっていたなんて、まるで知らなかった。


「ランス闘争なんて呼ばれ方をしているが、あれは戦争だった。自衛隊がひっきりなしに出動し、アメリカ軍の兵や兵器も使用された。何の罪もない一般人も、たくさん死んだ」


私は思わず拳を握りしめた。

それはもはや、必然と言ってもよい戦いだったのだろう。

人間はランスへの恐怖からそうせざるを得ず、ランスは人間に対する怒りから、武器を掲げるしかなかった。


「ランスはランスのために。人間は人間のために。互いを滅ぼすまで終わらないとされていた戦争を終わらせたのは、唯一ランスでありながら人間の味方についた一人のヒーローと、皮肉にもランス闘争を引き起こした悪の組織だった。ヒーローと悪の組織のボス、不滅の魔王が戦い、ヒーローは破れた。そしてランス闘争は終わり、ランス徴兵条約は破棄。ランス党が政権を握ることになり、悪の組織は解体された」

「ヒーローはランスなのに、人間の味方をした……。でもそれって、自分と同じ仲間であるランスにも恨まれるんじゃないの?」

「そうだな。実際、ランス達は裏切り者のヒーローを殺すために躍起になっていたし、人間からも、ランスだからということで、ほとんど支持されなかった」

「じゃあ、どうしてそんなことしたの?」

「それは俺よりも、日隠の方が分かるんじゃないのか?」


私の方が分かる……?

そう、だろうか。

確かに私は、反ランス派の米原さんを助けた。でもそれは、ランスに敵対するという意味じゃない。

ただ、目の前で誰かが殺されそうになったから助けただけ。そこには、何の意思も思想もない。


きっとこの先輩ヒーローには、それがあった。

だからランスと敵対して、孤独になっても戦い続けた。

自分の中にある、確固たる何かを信じて。


「一つ、質問してもいい?」

「なんだ?」

「鴻野さんが私を助けてくれるのは、ヒーローへの恩返しがしたいからだって言ってたけど、本当にそれだけなの? 私には、もっと特別な感情のように思える」


鴻野さんは、考え込むようにうつむいた。


「……癪な話だが、奴に言われて目が覚めたところもある。俺以上に、奴を討つに相応しい者がいるってことをな。だがそれ以上に、優先順位を思い出した」

「優先順位?」


鴻野さんは意味深な目で私を見つめた。

私は首を傾げる。


「ちなみにお前、母親は?」

「お母さん? さあ。小さい時に家を出て行ってそれっきりって聞いたけど。顔も知らないし、別にどうでもいいかなって」


少しだけ嘘をついた。

本当はお母さんを待っていた。

お父さんに虐待されてる時、今にもお母さんが現れて、私を助け出してくれるんじゃないかと思って。殴られながら、ずっと玄関のドアを見つめていた。

でもお母さんは来なかった。

恨んでないし、今となっては別にいい。

お母さんの代わりに、私だけのヒーローが現れてくれたから。


「俺には復讐よりもやらなきゃならねえことがある。生前、あの人が言っていたんだ。自分には、生まれたばかりの娘がいるってな」

「……え?」

「なぁ。お前の母親って、ひょっとして──」


ドゴオオオオオン‼


凄まじい音と共に、強烈な地鳴りが辺りを襲った。


「な、なに⁉」

「外だ‼」


鴻野さんが素早く窓を割って外へ飛び出す。

慌てて、私もそれに続いた。


音のした方へ走ると、すぐにその正体が分かった。

地面から、巨大なドリルが生えていたのだ。

それはガリガリと地表を削っていたが、やがてゆっくりと止まった。

筒状の胴体に長方形の切れ目が入り、ドアのようにスライドする。

そこから出てくるトカゲの姿をした存在を、私は知っていた。


「地底人……」


ドアを中心にタラップが自動で組み立てられ、そこにずらりと地底人が並ぶ。

その中で、燃えるように赤い皮膚をした地底人の隊長が、声を張り上げた。


「人間共に告ぐ‼ 我々は長きに渡り、地底で暮らすことを余儀なくされてきた。我々が人間共よりも長くこの地球に住まう者であるにもかかわらず、地上へ安寧を求める我々を貴様らは踏みにじった! 同じ土地に住む我々が、何故太陽の光を浴びれない⁉ 何故人間共だけが、地上の恩恵を享受できる⁉ 再三の要求にも聞く耳を持たなかった貴様らに、我々は心底怒りに震えたのだ。故に! 我々はこの地上を殲滅し、貴様らに引導を渡すことにした‼」


隊長が手を上げると、地底人達がタラップを降りて整列する。

遅れて隊長も降りると、自動的にタラップがしまった。


「見るがいい。これが人間共を殲滅する、我々の怒りだ‼」


ドリルがぱかりと半分に割れた。

それは筒の側面から垂れ下がるように移動する。

筒の中から、ゴボゴボと何かが吸い上げられるような音が聞こえてくる。

心なしか、周りの気温が上昇している気がする。


「まさか……」


私がそうつぶやいた瞬間、筒から真っ赤なマグマが噴き上がった。


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