第4話


「もう朝だね。染耶先生」

「そうだねぇ」

「ねぇ、私がランスに襲われたら守ってくれる?」

「うーん。状況によるかなぁ」

「えぇ~、なにそれ。そこは絶対に守るから安心しろ、でしょ? ね、言って?」

「絶対に守るから安心しろ」

「いや~ん。染耶先生、かっこいい! 好き……♪」


私は車のドアを開けて、ミス乙夜高校を引っ張り出すと、助手席に座った。


「おやおや。珍しいお客さんだ」

「細谷君のこと、教えて」


私は決意を込めて、染耶先生を見つめた。


「もう、意地になって後悔したくない。手遅れかもしれないけど、全部知りたいの」


それが、一晩考えて私の出した結論だった。

どうして私の告白に、あんな断り方をしたのか。

どうして私を助けてくれたのか。

それらを全て知る義務が、私にはある。


「細谷君のことかぁ」


染耶先生はちらと私を見て、興味深そうに笑みを浮かべた。


「本来ならタダで教える情報ではないんだけどね。これから上客になってくれるのなら、サービスしてあげよう」


私はうなずいた。

染耶先生は、どこから話そうかと呟きながら、天井を見上げている。


「細谷守。本名は上杉翔太。1959年生まれ」

「え⁉」


思わず叫んでしまった。

そんなに年上だったのか……。

いまさら、告白したことが恥ずかしくなってきた。


「どうかした?」

「な、なんでもないです。続けてください」

「父親は当時繰り広げられていた安保闘争に熱心に参加していたらしい。とはいえ息子そっちのけというわけではなく、ちゃんと愛情深く育てられたようだ。上杉翔太は幼少期から頭が良く、卓越した運動能力も持っていた。が、上杉翔太が12歳を迎えた時、彼は突如としてランスになった。そして彼は、そのことを両親に打ち明けた。そこでどういう事態が繰り広げられたのかはよく分かっていない。上杉翔太は両親を殺し、姿を消した」


そういえば、以前聞いたことがあった。

ランスであることを両親に話すような奴は馬鹿だと、細谷君が言っていたのを。

彼はあの時、どういう気持ちでそんなことを言っていたんだろう。


「彼と両親の仲は良好だったはずだ。そうでなければ、自分がランスであることを打ち明けようとは思わなかっただろうからね。父親は激情家だったろうから、たぶん父との口論で勢いづいて──」

「それからどうなったの?」


私は染耶先生の話を打ち切った。

これ以上詮索するのは、細谷君に失礼だと思ったのだ。


「それからしばらく、彼は表舞台に立つことはなかった。ランスという存在が発覚し、ランス差別が横行している中で、彼は一人ランスの人権を守るために影ながら活動し、着実に同士を増やしていった。そんなある日、政府がランス徴兵条約を発表した。上杉翔太はそこで初めて、烏合の衆から組織を作ろうと決意する。そして生まれたのが、悪の組織だ」


ドキリと、胸が鳴った。


「……じゃあ、細谷君は」

「そう。悪の組織のボスであり、不滅の魔王と呼ばれる存在。ヒーローの宿敵さ」


たくさんの感情が一気に去来し、一瞬だけ息が詰まった。


確か、悪の組織のボスはヒーローを殺していたはずだ。

そんな彼が、どういうつもりでヒーローを育成しようと思ったのかはわからない。

けれど、細谷君が私を拒絶した理由は、なんとなくわかった。


「そこからは、たぶん君が知ってる通り、歴史の教科書に載っているお話さ。悪の組織がランス保護のために政府を攻撃し始め、それに対抗する政府との闘争が勃発。その折にヒーローなるものが現れて、悪の組織のボス、不滅の魔王と直接対決し、ヒーローが敗北。ランス徴兵制度はなくなり、ランス党が立ち上がって第一与党になった」


全てを聞き終え、私は大きく息をついた。


「ありがとうございます。それじゃあ」


私はそう言って、さっさと車から出て行った。

歩きながら、人のいないところを探している最中で、ぽろぽろと涙がこぼれてきた。

感情が溢れて止まらない。

私はその場でうずくまった。

いくら流れても流れても、涙が途絶えることはなかった。



◇◇◇


感情を落ち着かせるのに、少し時間が掛かった。

けれどなんとか平静を取り戻し、私は学校へ向かった。

こんな時でも……いや、こんな時だからこそ、行かなくてはならないと思ったのだ。


「日隠さん! だいじょうぶだった⁉ 何か騒動に巻き込まれたりとかは⁉」


部室に顔を出すと、新君が開口一番にそう言った。


「私はだいじょうぶだよ」


それを聞いて、新君はほっとしていた。


「よかった。ラインしても返事がないから、何かあったのかと思ったよ」


ライン……。

そういえば、まったく見ていなかった。色々なことが起き過ぎてそんな余裕がなかったとはいえ、悪いことしたな。


「あの、リアさん。細谷さんがどこにいるか知りませんか?」


細谷という言葉を聞いて、反射的に、私の目に涙が浮かんだ。

私は、こみあげてくる感情を抑えるのに必死で、声を出すことができず、無言で首を振った。


「……日隠さん。やっぱり、細谷君と何かあったの? 昨日、細谷君に日隠さんを呼びに行ってもらってたんだけど、二人とも帰って来なかったし」

「だ、だいじょうぶ。私がフラれただけだから」

「「ええ⁉」」


私は二人に背を向けて、ごしごしと目をこすった。

心を落ち着かせてから振り返り、精いっぱいの笑顔を浮かべる。


「ごめんね、心配かけて。桃ちゃんも、こうなることをわかってて言ってくれてたんだよね。なんだか、当たるようなことしてごめんね」

「わ、私のことなんてどうでもいいですよ。それより……大丈夫なんですか? 辛いなら、今日はお休みしても──」

「だいじょうぶ。細谷君は今日来ないし」

「どうして分かるの?」


それを私の口から言うことは、どうしてもできなかった。

私がうつむき、口を閉ざしていた時だ。

ふいに、新君がスマホを取り出した。


「待って。中曽根総理がまた新しい会見を始めるらしいよ」

「え?」


私達は部室にあるテレビをつけた。

テレビ画面に、中曽根総理の姿が映った。

彼はどこかの基地のような、広い場所に立っていた。


『おはよう、国民の皆さん。今日はあなた方に朗報をお伝えします。SNSを見れば分かるように、人間共はまだ事の重大さに気付いていない。未だに、数などという些末なことで優位を保っていると勘違いしている。そこで我々は、彼らの間違いを正すために、一つの兵器を使用しようと思う』


中曽根総理が、ゆっくりとカメラから横にずれた。

奥には、柱に縛られ、口を布で塞がれた男性がいる。


『皆さんがご存じの通り、彼はランス党が仕方なく配下に加えていた人間。厚生労働大臣だ。方々からのコネクションの強さを評価してランス党に入党させていたが、今回の件で海外に逃亡しようとしていたので、粛清の意味も込めて、実験に協力してもらおうと思う』


中曽根が、ゆっくりとカメラの中央に戻る。

その間に、中曽根の身体はメキメキと大きくなった。

肩から角のようなものが生え、真っ黒に染まった身体の上から、白い鎧が覆っていく。黒い斑点がいくつも身体にできる形で鎧が形成されると、中曽根はそのまま肩をすくめてみせた。


『このように、私はランスだ。そしてこの場に、スーパーボールほどの爆弾を落としてみせよう』


中曽根は、親指と人差し指でつまんでいた丸い球を、地面に落とした。

パン、と小さな音がする。

しかし、それはせいぜい爆竹程度のもので、兵器と呼ぶにはあまりにお粗末すぎる。

そう思っていた時、突然奥で縛られていた男がうめき声をあげはじめた。

嘔吐しそうな様子で頬を膨らませ、青白い顔をしている。

何度もえづき、とうとう口を開いたその瞬間、バンと音がして身体が破裂した。


新君が慌てて私と桃ちゃんの目を塞ぐ。

しかし私達はすぐにそれを振り払い、動画を凝視した。


『これが、我々が独自に開発した細胞破裂爆弾だ。ごくごく微量の粒子が人間を貫き、細胞と化学反応を起こして膨張する。これを浴びた人間は先程のように破裂して死亡するという優れものだ。ランスの強化細胞を纏っていれば、我々が傷つくことはない。私はこの粒子を、東京全土にまき散らす規模で爆発させようと思う。およそ1000万人が死ぬ計算だ。これで、数に頼ろうとする人間共を黙らせることができるだろう。タイムリミットは未定だが、昨夜も話した通り、第二次ランス闘争はシャドウの死と共に開幕するつもりだ。爆発する際はスマホに緊急速報メールを送るので、くれぐれもスマホから離れぬように』


中曽根は、芝居がかった様子で一本の人差し指をあげた。


『そうそう。賞金欲しさにシャドウを探す人々にとっておきの情報を与えよう。我々は独自の調査で、シャドウの正体を掴むことができた』


ドキリと、心臓が高鳴った。

まずい。

大勢の人間が観ているテレビで正体をばらされたら、私は一貫の終わりだ。

何とかしないとと思うも、どうすることもできない、

私はごくりと息を飲んだ。


『シャドウの正体は、日──』


その瞬間、映像が途切れた。


「なんだ?」


しばらくすると、テレビにニュースステーションが映った。

そこに座っている女性を、私はよく知っていた。


「米原さん」


それは、以前私が助けたニュースキャスター、米原みゆきだった。


『映像をお楽しみのみなさん。大変申し訳ありません。本日、この私がテレビの電波をジャックさせていただきました』


突然の告白に、私も新君も桃ちゃんも、唖然としていた。


『キャスターをクビになり、この先どうやって生きようかとくすぶっている私に声をかけてくれたのが、ヒーロー協会でした。ランス党に気付かれないよう極秘裏に組織された、シャドウを支援する者達です』

「……すごいな。米原さんが、あれからこんなことしてたなんて」

「ですが、これで情報を止めるのは無理があると思いますよ。情報を発信する場所なんて、ネットにはたくさんあります」


それを聞いて、私は慌ててSNSを開いた。

中曽根総理のアカウントを探して開く。


『このアカウントは凍結されています』


「……あれ?」


中曽根総理だけではない。

内閣府の人間のアカウントは、軒並み全て凍結されていた。


「みんな見て! ものすごい量のデマツイートが拡散してる!」


そこには、シャドウの正体について書かれたツイートが大量に出回っていた。

しかしどれもがでっちあげで、聞いたこともない人物の名前と嘘のプロフィールが書かれている。

そのアカウントのアイコンには、中曽根総理が使っていたものと同じものもあり、非常に紛らわしいことになっていた。


「動画投稿サイトも同じような感じですね」


桃ちゃんの言う通りだった。

中曽根総理がシャドウの正体について語っている動画が、大量に投稿されているのだ。

しかしどれを観ても的外れなことを言っていて、どこかに本物の動画があっても紛れてしまっていて、見つけ出すのは至難の技だ。


「ヒーロー協会、やりますね。過去の総理の映像をうまく合成していて、見分けがつきません。最新の音声合成システムで、声もばっちりです」


きっとお金も手間も、すごく掛かっただろうに。

こういう状況になった時を予測して、動いてくれていたんだ。

私は思わず拳を握りしめた。

米原さんには、感謝の言葉しか浮かばない。


「きゃああああ‼」


突然、近くから悲鳴が聞こえてきた。

おそらく、先程の会見を見た生徒が暴動を起こしているんだろう。


ドシン、ドシンと何かが迫る音が聞こえてきたかと思うと、部室のドアを破壊して、クマの姿をした大型ランスが現れた。

ランスはすぐ近くにいた私を殴りつけ、吹き飛ばした。


「日隠さん‼」


窓が割れ、身体が外の茂みへと投げ出される。

私は地面に転倒する瞬間にコウモリになり、そのまま割れた窓へと入って行き、シャドウの姿になってランスの胸を思い切り蹴り飛ばした。


ランスは吹き飛び、廊下の壁に激突すると、そのまましりもちをついた。

驚いている新君と桃ちゃんに、私は口を開いた。


「だいじょうぶ! あの子は私が安全な場所に運んだから!」


その言葉に、二人は安堵した様子だった。

しかし安心してもいられない。

クマのランスに与えた一撃は大したダメージはないらしく、ぎらりと目を光らせ、ゆっくりと起き上がった。


「人間を守るランスなんてランスじゃない。そんなランスに協力する奴らも同罪だ‼」


完全にぷっつんしてしまっている。

これでは話し合いにも応じてくれないだろう。


「ぼ、僕に何かできることは⁉」


細谷君が震える身体で叫んだ。


「だいじょうぶ」


私を助けようとしてくれる人たちがいる。

それだけで、身体の奥底からエネルギーが無尽蔵に湧いて来る。


「もうたくさん、もらったから」


私はランスに向けて、突撃した。


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