第2話
「はーい! みなさん、用意はいいですか~⁉」
私服姿の桃が、いつも以上のテンションで場を取り仕切り始めた。
「は、はい! だいじょうぶです‼」
リアもつられて手を上げる。
新も、少し恥ずかしそうにしながら小さく手を上げた。
その様子を、染耶はにこにこ笑いながら見つめている。
「よーし。それではヒーロー研究部、初の課外活動に出発です‼」
「「「おおー‼」」」
オレはため息をついた。
この馬鹿なノリには本当についていけない。
「あれ? 細谷君だけ声出してなかったけどいいの?」
オレは染耶を一喝して黙らせると、さっさと車に乗り込んだ。
◇◇◇
オレ達は染耶の車で、ヨコナカテレビ局へ向かっていた。
無論、それは例の公開殺人事件が行われた場所だ。
「前回のキラーマンティスの件は悔しい結果に終わりましたからね。今回はシャドウの生写真くらいは撮ってみせますよ。ね⁉ リアさん!」
「え? あ、うん。そだね~」
リアは白々しくそう言った。
「狙いは良かったんだけどね。あと一歩ってところだったのに」
「というわけで、今回も細谷さんの推理に期待してますよ!」
助手席に座るオレの肩を、桃が後ろからばしばしと叩いてくる。
オレはそれを手で払った。
「いやあ、若いっていいね。みんな元気いっぱいだ」
後ろでわいわいと騒いでいる三人をバックミラーで確認しながら、染耶は言った。
「にしてもお前、もう少しマトモな車はなかったのか? 生徒をオープンカーで連れ回したなんて知れたら事だぞ」
「ルーフは閉めてるし大丈夫だよ。仮にばれたとしても、消火は君の担当だ。なにせ今日の休日出勤は、僕のボランティアだからね」
「……お前の口から出るボランティアって言葉ほど、怖いものはないな」
「あ! 見えてきましたよ‼」
外を覗くと、街路樹の隙間から、テレビ局の建物が見えてくる。
窓に引っつくように身を乗り出す三人を見て、まるで遠足だなとオレは思った。
「ところで細谷君」
オレはちらと染耶を見た。
「前にも言ったけど、僕は面倒事はごめんだ。特に、僕が引率していた生徒の中から死人が出たなんてことになるのはね」
染耶はいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「くれぐれも、よろしく頼むよ」
「……分かってるよ」
◇◇◇
テレビ局の入り口にある金属探知機を通り、オレ達は中へ入った。
染耶は一人車の中で昼寝している。
生徒が心配なら自分も来ればいいのにという当然の疑問はこの男には通用しない。
マイペースで、何を考えているか分からず、いつも不敵な笑みを携えているのが染耶という男だからだ。
受付で訪問の旨を伝えると、早速オレ達は上階のミーティングルームに通された。
案内されるままに部屋に入ると、中には既にご指名の人間がオレ達を待っていた。
米原みゆき。過激な発言で知られる、例の事件の当事者だ。
「電話でお話させていただいたヒーロー研究部の者です。今日はお忙しい中お時間を取ってくださり、感謝いたします」
余所行きの笑顔でオレは言った。
面倒事はリアに押し付けてやりたいところだが、当の本人が、あうあう言いながらテンパっている様子を見ると、とても任せてはおけない。
「……顧問もなしに来たの?」
「ウチの顧問は放任主義がモットーなもので」
「ちっ。私にガキの子守をやれって? 馬鹿にして」
不機嫌さを一切隠さず、米原は椅子に座り、乱暴に足を組んだ。
オレ達もそれに倣って、近くの椅子に座った。
「感じ悪いですねー」
「も、桃ちゃん! はっきり言い過ぎ!」
慌てて人差し指を口元に持っていく新を、じろりと米原は睨んだ。
常識的な配慮があるなら、最初からガムテープでも使って口を塞いでおけと言いたいらしい。
新は蛇に睨まれたカエルのように、身を縮込ませた。
「で? さっさと情報をちょうだい。シャドウに関する情報をね」
それが今回の会談が成立した理由だった。
ヒーロー研究部、とりわけオレは、シャドウと接点を持つ数少ない人間だ。
それをエサに情報交換を持ち出したところ、相手側が了承したというわけだ。
「そちらの情報次第ですね」
「……アンタ、私と交渉しようっていうの? 大人をなめないことね」
……めんどくせえな。
どうやらこいつは、子供というだけで相手を舐め腐る傾向があるらしい。
仕方がない。まずはそこから崩していくか。
「スカルラビットが次に狙ってる人間って、アンタだろ?」
オレの言葉に、米原の顔色が変わった。
「やっぱりな。正式に脅迫状でも送られてきたか?」
「こ、根拠は何なのよ! 私が狙われるっていう根拠は‼」
「あの映像は、あらかじめ作られていたものだ。そして本当に殺すつもりだったのはアンタ、米原みゆきさんだ。殺された評論家は死を覚悟してコメントしていた。スカルラビットの言う『上から目線でヒトを批判し、その矛先が自分に向くことすら想像できない愚かな人間』とは明らかに違う。そしてあの場でランス批判をしていたのは、例の評論家以外ではアンタだけ。日常的にそれを繰り返すアンタのことだから、今回も必ずそういった発言が出てくると踏んだんだろうな」
オレは椅子にもたれかかった。
「評論家のコメントの何かが、スカルラビットの琴線が触れたんだろうな。急きょアンタを殺すのを止めて、評論家を暗殺したってわけだ。評論家さんも、とんだとばっちりだな」
米原はオレを睨んだ。
「……私のせいだって言いたいの?」
「あなたに触発されたんだから、あなたの責任でしょ?」
じろりと、米原がリアを睨む。
リアはぷいとそっぽを向いた。
シャドウを悪く言われたことを、まだ根に持っているらしい。
「まあともかく、少なくともオレ達は、その程度のことを推測できる人間だってことだ。それでも対等だと思えないのなら、今回の件はこちらから降りさせてもらう」
米原は考え込むように唇を噛んだ。
しばらくして、ゆっくりとため息をついた。
「……分かったわよ。正直、今はどんな情報でも欲しい。アンタ達をまともな情報提供者だと思ってあげる」
「オレ様に無駄な手間をかけさせたのは許し難いが、特別にチャラにしてやる」
「……アンタ達、こんな奴の下についてて腹とかたたないの?」
三人は押し黙った。
なんだその沈黙は。まるでオレがブラック企業の社長だとでも言いたそうな雰囲気だ。
「アンタの言う通り、スカルラビットが次に狙ってるのは私。昨日ポストにこれが入ってたわ」
そう言って、米原は手紙をテーブルに置いた。
そこには血のようなもので『次はお前の頭に風穴を開けてやる byスカルラビット』と書かれている。
「でも、どうして逃げないんですか? しばらくは国外にでも逃げて、ほとぼりが冷めるのを待てばいいじゃないですか」
「それがそうもいかないのよ。明日は大規模な市民マラソンのスターターを頼まれてるから」
「んなもん、さっさと断ればいい」
「駄目よ! そのマラソン大会の主催者がランス党反対派の主要メンバーに加わることを条件に飲んだんだから。もしも実現できたら、奴らを引きずり下ろすための重要なスポンサーになる」
オレは鼻で笑った。
「レジスタンスにでも加わろうってか」
「そうじゃない。真っ当なやり方で、正々堂々奴らに引導を渡すためのスポンサーよ。正義を振りかざすだけの犯罪者集団と一緒にしないで」
米原は熱のある目でオレ達を見回した。
「あなた達だって分かるでしょ? ランスは危険なの。存在自体がね。私達人間とは相容れない。時には猛獣と仲良くなれる人もいるわ。でも大半の人間は、その猛獣に食い殺される。だから檻に入れるか、駆除しなくちゃいけないの」
なるほどなるほど。
オレは笑みを浮かべそうになるのを必死にこらえた。
こりゃ確かに殺されるな。どう考えたって邪魔だ。
現に、桃は今にも米原を殺さんとばかりに殺意を膨れ上がらせているし、リアも血が出るかと思うくらいの強さで握りこぶしを作っている。
「……僕も、ランスに殺されかけたから分かります。あなたの言っていること」
全員が、新の方を見た。
米原は笑顔を向けた。
「そう。あなたは賢い人間ね。だから──」
「でも、僕は間違ってると思う。僕を助けてくれたのはランスです。そのヒトは、SNSではよく炎上するし、悪人を倒すのもやり過ぎてしまうような人だけど……でも、良いヒトです。ランスの中には猛獣もいるかもしれません。でも全員がそうじゃない。そしてたぶん、それは人間も変わらないと思います」
米原は新を睨み、舌打ちした。
「きれいごとね。現実を知らない若者らしい意見だわ」
きれいごとか。
確かにそうだ。
だが少なくとも、ここにいる二人のランスの殺意は、そのきれいごとが消してくれた。
それだけでも十分価値があるだろう。
「本題に入ろう。米原。お前はシャドウの情報を得てどうしたい?」
「どう……とは?」
「お前の魂胆は分かってる。シャドウに自分を守らせようっていうんだろ?」
リアが、ハッとしてオレを見つめた。
「今回の件は警察も動くだろうが、ランス相手じゃ警察は無能同然だ。ランス保護法によって、ランス状態での労働は厳しく規制されてるからな。つまりアンタとしては、自分のことを率先して守ってくれるランスを味方につけたいわけだ」
米原は、じっとオレを見つめた。
「……できるの?」
「呼びかけることはな。オレ達が作ったサイトは、ヒーローを支持するものとしては最大規模だ。シャドウが見ている可能性は高い。そこで呼びかければ、もしかしたら反応してくれるかもな」
「でも、仮に見てくれたとして、応じてくれるんですかねー? いつ狙われるかも分からないのに」
「いや、スカルラビットが襲撃するのは明日。その市民マラソンの最中だ」
「どうしてわかるの?」
「決まってるだろ? 相手が命賭けでやり抜くと決めた仕事だ。その仕事半ばで死ぬという絶望感を味わわせてから殺す。悪党にとって、こんな快感はない」
「……アンタ、まるで悪党みたいに悪党のこと分かってるのね」
そりゃそうだろう。
なにせ悪党のボスだからな。
顎に手をやって考え込んでいた新が、ふいに口を開いた。
「でも、シャドウは犯罪者だよ? 警察が固めた場所でボディーガードなんて……」
「まあ無茶だな。それに相手は自分を批判し、ランス撲滅に命を賭けるような女だ。危険を冒して守る価値もない。だがやってくれるさ。なにせ正義の味方だからなぁ? そうだろ、リア」
「え⁉ ……う、うん」
戸惑いがちに、リアはうなずいた。
米原はいぶかしげな目でオレ達を見ていたが、やがてため息をついた。
「……分かったわ。じゃあボディーガードの件はアンタ達に任せ──」
オレは目を見開いた。
米原の背後。外の風景が眺められる窓から、何かが飛行しているのが見えたのだ。
羽根を生やしたそれは、何かをこちらに投げつけた。
バリイィン‼
音をたててガラスが割れ、手りゅう弾が床を転がる。
「全員伏せろ‼」
オレが叫ぶと同時に、手りゅう弾は爆発した。
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