第7話


駅周辺のスクランブル交差点で繰り広げられる争いは、もはや暴動ではなくリンチだった。

人間が逃げ惑い、ランスがそれを押さえつけて殴りつける。

暴動を起こした人々の鎮圧が、力と恐怖によって行われていた。


「できるだけ殺すな。人間共に圧倒的恐怖を植え付けてから殺すのだ。それでようやく、我らの怒りが解消される」


中曽根はランスの姿で恐怖に怯える人々を観察し、愉悦に浸っていた。

ガン! と、金属バッドが彼の足に当たる。

大の男が思い切り振りかぶって放ったはずなのに、バッドの方が折れ曲がっている。

じろりと、中曽根は男を睨んだ。

男は尻もちをつき、後ろに後ずさる。


「そうだな。恐怖を与えるには、見せしめも必要だ」


中曽根が大きく腕を振りかぶる。

私はコウモリの姿で急降下し、十分に加速してから姿を現した。


中曽根は、いち早くそれに気付いて飛びのく。

隕石が落下するように、私の飛び蹴りは地面に大きな穴を空けた。

砂煙が舞う中、私はゆっくりと立ち上がり、中曽根を睨んだ。


「来ると思っていたぞ、ヒーロー。本来なら、もう少し人間共を減らしてから呼び込むつもりだったが」

「みんなに教えてもらった。あなたが思ってるほど、ヒトは誰かを憎んでない」


私に協力してくれたヒト達の中には、ランスだって大勢いたはずだ。

だからこそ、あれだけ迅速に情報が集まった。

そしてそれは、ランスにも人間を滅ぼすべきでないと考えるヒト達が、たくさんいるということに他ならない。


「……そのセリフ。ヒーローという輩は、いつも同じようなことをのたまう。まったくもって忌々しい奴らだ。きれいごとで現実が通ると思っているのか? 今しか見えていない貴様らに、我々が止められるはずがない!」


中曽根の周りに、多くのランスが集まった。

ざっと見ただけでも、100人はくだらない。


「人間は私の家族を奪った。ランスである私を受け入れてくれた妻と子を、私の前でなぶり殺しにした。何の罪もない、同じ人間をだ‼ あの時、貴様らヒーローは来てくれたのか⁉ あの時来なかった貴様らが、今この場で正義面をすることは、この私が許さない‼」


その心の奥底からくる憎しみに、一瞬だけ私は怯んだ。


「……あなたのその気持ちを、理解してくれるヒトはいなかったの?」

「いるわけがない! 一体誰が──」

「いたはずだ‼ 私にはわかる。あなたが見ていなかっただけで、あなたのようなランスの気持ちを理解してくれたヒトがいた! だからあなたは、総理という立場にまでなることができた!」


誰のことを言っているのか、中曽根は理解したのだろう。

彼は押し黙った。


「私はヒーローだ。だけど、全てのヒトを助けることなんてできない。ヒーローはただのシンボルなんだ。みんなが、みんなを支え合えるような世界を作るための。みんながそれを望んでいることを示すための。だからあなたは、ヒーローじゃなくて、周りのヒト達に目を向けるべきだった。あなたのことを本気で考えてくれたヒトに、目を向けるべきだったんだ」

「うるさい! 偽りの正義を押し付けるただの偽善者が‼」


私は歯噛みした。

これ以上、私が言葉で語りかけても、彼には通じない。

どうしようもない憎しみを断つ方法なんて、私にだってわからないんだから。


ふいに、中曽根は小さく笑った。


「お前のやりたいことは分かる。そうやって、私を言いくるめたかったんだろう? まともに戦って、勝てるはずがないからなぁ」


私は改めて、大勢の敵を見回した。

私の額に、冷や汗が流れる。


「逃げるなら今のうちだぞ、ヒーロー」


身体が震える。

絶対に勝てない戦いがどれほど怖いかは、レッド隊長との戦いで嫌というほどわかっている。

でも、私は拳を握りしめた。

私の後ろにいる人達が、怯えた目で私を見ているのを知っているから。


「逃げない。私はヒーローだ! みんなの気持ちを背負ってここにいる! 私が逃げたら、彼らの気持ちからも逃げたことになる。そんなことだけは、絶対しない‼」


私が拳を構えた。

それに呼応するように、ランス達が身構える。


来る‼

私が身体に力をいれた時だった。


「あ~あ。まったく、見てられないな」


ふいに、後ろからそんな声が聞こえた。

見ると、3メートルはある石の巨人が、人ごみの中から現れ、ゆっくりと私の隣に立った。


「……誰?」


私は素直に聞いた。


「え? 『ガーディアンゴーレム』って知らない? シャドウに次いでフォロワー数が多いヴィランなんだけど」

「聞いたこともない」

「えぇ~。マジかよ。めちゃめちゃ恥ずかしいんだけど。オレ、帰っていい?」

「別にいいけどさ。何しに出て来たの?」

「おうおう。帰りてえなら帰っていいぜ」


ぼこりと、私の隣の地面から穴が空き、モグラ型のランスが顔を出した。


「オレ様が活躍する出番が増えるってことだからな。すぐにてめえのフォロワー数を追い抜いてやるよ。あ、ちなみにオレのことは知ってるよな? 『ダイナマイトモグラ』って言うヴィランなんだけど」

「知らないし。ていうか本当に何? 今あなた達と遊んでる暇ないんだけど」

「見て分からないのか? 助太刀するって言ってるんだ」

「え?」


彼らだけじゃない。

羽根の生えたランスが次々と降り立ち、人混みの中から人型のランスがぞろぞろと現れ始める。


「あなた達……」

「全員、フォロワー一万人を超えるヴィランさ」


ガーディアンゴーレムが言った。


「オレ達がここまでやってこれたのはフォロワーのおかげだ。毎日SNSを更新して、どうすれば人気になれるか考えてるオレに、励ましの言葉や助言をくれた。その中には、ランスだけじゃなくて人間だっている」


ダイナマイトモグラが、やれやれと首を振った。


「本当はこんなのガラじゃねえんだけどな。DM(ダイレクトメール)で、無名の時から応援してくれてたフォロワーから連絡があったんだよ。母親がランスに殺されそうだから助けてくれってな。んなこと聞いたら断れねえだろ?」


ガーディアンゴーレムが、中曽根を睨んだ。


「オレ達はヴィランだ。だがお前らのやってることは悪ですらない。ただのクズだ!」


私についてくれたランス達が、思い思いに叫んだ。

その迫力に、中曽根達は怯んでいる。


「みんな……」

「オ、オレもこっちにつこうかな~。第二世代はみんなそうしてるみたいだし」


敵の方にいたランス達が、こそこそとこちらへ加わり始めた。


「さっすが第二世代。空気を読む力は一級品だな」


そう言って、みんなが笑った。

中曽根はあまりの怒りに地面を踏みつけた。

それだけで、道路にクモの巣のようなヒビがはいる。


「貴様ら、何を考えている‼ 我々ランスが、人間のせいでどれだけ酷い目に遭わされてきたと思ってる! 貴様らがそうやって呑気に暮らせるのも、我々第一世代のおかげなんだぞ‼」


その言葉に、第二世代のランス達はぽりぽりと頭をかいた。


「いや~。そんなこと言われても、オレ達知らねえし」

「だよなぁ。別に差別されてない」

「知らないものを自覚しろって言われてもな」


私は唖然とした。

中曽根が怒りで拳を震わせている。


「ぷっ」


私は思わず噴き出した。


「アハハハハ‼」


私は思いきり笑った。

おかしくておかしくて仕方がない。


どうやったら憎しみの連鎖を断ち切れるのか。そんなことを真面目に悩んでいた自分が馬鹿らしい。


私は大きく息をつき、中曽根を見つめながら頬を緩めた。


そうだ。

憎しみをどうすればいいのかなんて、考えちゃいけなかった。彼らのペースに乗せられちゃいけなかった。

本当は、こんな簡単なことでよかったんだ。


「ヒーロー! 貴様もこいつらに何とか言ったらどうだ‼ こんな何も考えてない奴らが、世界の歴史を変えるこの瞬間に立ち合っていいはずがない‼」


私は首を振った。


「知らないよ、そんな理屈」

「なに⁉」

「私達は知識も思想も何もない第二世代だからね。あなた達第一世代のことなんて、知ったこっちゃない。だから私達は、私達がやりたいことをやらせてもらう!」


私は拳を構えた。


「人間を救って、ランスであることも隠さないで、好きに生きる‼ それが私達の答えだ‼」

「「「おおー‼」」」


第二世代のランス達が、雄たけびをあげた。

びりびりと、しびれるような圧が辺りに広がる。

これで数はほとんど同じ。士気がこれだけ高いなら、きっと私達が勝つ‼


「愚かな」


しかしその勢いは、一瞬にして消し去られた。


「忘れたのか。我々は悪の組織。貴様らとは踏んできた場数が違うのだ」


冷たく鋭い殺気が、一気に私達の戦意を喪失させた。

ランス達の身体が、ぶるぶると震え出す。


「ちょっと、だいじょうぶ⁉」

「い、いや……実はオレ、喧嘩とかしたことなくて」


先程まで威勢の良かったダイナマイトモグラが、ここにきて壮絶なカミングアウトをしてのけた。

私は思わず頭を抱えた。


「喧嘩なんてしたことなくても、SNSで馬鹿みたいに絡んでくる奴らとは徹底的に殴り合ってきたでしょ⁉ 殴り合いって意味なら同じだよ!」

「お、おお! そうだそうだ! 精神的なタフさなら誰にも負けねえ!」


本当は全然違うけど、黙っておこう。


「よし、行くよみんな‼ ここで勝ったら全員人気者間違いなしだ‼ 私が保証する‼」

「おおおお‼」


士気が再び盛り上がった。

これならどっちが勝つかはわからないはずだ。


「お前達。適当に相手をしてやれ」


……た、たぶん。


先頭にいる敵が向かってきた。

私も一気に前へ出る。

お互いに拳を振り上げ、ぶつかる瞬間だった。


ビルに埋め込まれた巨大モニターに、突然何者かが映った。


『諸君‼』


その聞き覚えのある声に、ぴたりと私の動きが止まる。

それは相手も同じだった。


『私が用意した余興は楽しめたかな? ランスと人間が醜く争うその姿は、実に滑稽だった』


私達は、戦闘を解除し、呆然とモニターを見上げていた。


『これで首都は機能を失い、日本はこの私の手に収まった。ここからが第二ステージ。本当の闘争の始まりだ』


私の身体が、わなわなと震えている。

うまく口が回らない。

それでも、頭ではちゃんと理解していた。


「あれは……‼」



◇◇◇


アゲハは東京都にある米軍基地の地下で、一人スイッチを持って立っていた。

米兵は中曽根の手引きで全員撤退している。

中曽根が注意をひいている間に、アゲハがここに設置している爆弾を爆発させるという算段だった。


「結局、中曽根様はまるで疑ってなかったわね」


アゲハは爆弾の中身を入れ替えていた。

現在設置されているのは、細胞破裂爆弾ではなく、中性子爆弾だ。

建造物を破壊することなく、生物だけを殺すことができる大量破壊兵器だ。


「これで私の復讐は終わり。下らない思想を持つランスも、自分のことしか考えない人間も、全員が死んでハッピーエンド」


アゲハが一人小さく笑う。

その時、何者かの気配を察知し、アゲハは暗闇の方を向いた。


「中曽根様ですか? あまり驚かさないでください。何か──」


アゲハが目を見開く。

その瞬間、彼女の手にあったスイッチが粉々に砕け散った。


「途中で気付いたのはなかなかだが、総評は落第点だな」


アゲハは手を押さえながら、声の主を睨みつけた。


「……あの電波妨害は、やっぱりあなたの仕業だったのね。ボス!」


ゆっくりと、影から姿を現したのは、細谷守その人だった。


「無論だ。お前らのやろうとすることなんて、手に取るように分かるからな」


細谷は自分の手の平に拳を打ち付ける。


「さて、聞き分けのない部下には、オレの教えをきっちり身体に刻み付けてやらねえとな」


細谷は、意地の悪い笑みを浮かべた。


「折檻の時間だ」



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