第5話
「おかしい」
オレはテレビをザッピングさせながら、ぼそりと呟いた。
「え、なにが? 観たい番組やってないの? あるある。むかつくよね~」
「お前の能天気な生活と一緒にするな」
両手を振り回してくるリアを、オレは片手で制した。
「地底人だよ。人類殲滅作戦なんて大仰なものをおっ立ててるにしては、やってることが小規模過ぎる」
「……確かに。マグマの噴射も最初はびっくりしたけど、実際はそんなに被害も出ないしね」
「示威行動にしては多発し過ぎだし、侵略行動だとしたらぬるすぎる。何かあるな、これは」
「何かって?」
小首を傾げるリアを、オレは睨んだ。
「お前、オレより頭良くなるとか偉そうなこと抜かしてただろうが。そうやって何でもかんでもオレに頼る癖をいい加減やめろ」
「だ、だってぇ……。ぜんぜんわかんないんだもん」
人差し指と人差し指をつつき合わしながら、リアは俯いた。
オレはため息をついた。
「仕方ないな。じゃあ情報の集め方を教えてやる」
「えぇ~。いいよ。今からアニメ見るし」
リアはすとんとソファに座り、リビングテーブルの上に用意していたポテトチップスの袋を開けた。
「あー……んぶぅ‼」
オレはリアの後頭部を掴み、そのままポテトチップスの袋の中に、顔面を突っ込ませてやった。
「満足したか?」
「……はい。満足しました」
リアは殊勝にも、そうつぶやいた。
◇◇◇
「ねぇ~。今日は一日中部屋でごろごろするってのはどう?」
車の中で、女が染耶に身体を預けながら、甘い声で囁いた。
「そうだねぇ。こんなに天気の良い日は出かける気になれないからね」
「でも、運動するには最適よね?」
「そうだねぇ。確かに、運動には最適な日だ」
「でしょ? だから……」
オレは車のドアを開け、女を引きずり出すと、助手席に座った。
「お前らの情事、全部外に丸聞こえだぞ」
女は顔を真っ赤にして、その場から走り去った。
「あーあ。せっかく良いところだったのに」
「あ、あの人……学校で見たことあるんだけど」
後部座席に座りながら、リアは引き気味に言った。
そういえば、オレも見たことがある。
確かミス乙夜高校と呼ばれていた女子生徒だ。
「教師が高校生に手を出すな。犯罪だぞ」
「あれ、そうだっけ? 16で結婚できるから、普通に大丈夫だと思ってたよ」
「教師としては普通にアウトだろ」
「仕事とプライベートはきっちり分ける主義だからね」
染耶はバックミラーを動かして、リアの姿を確認した。
「日隠さんを連れて僕に会いに来るなんて珍しいじゃないか。一体どんな用事かな?」
「今日はこいつに情報収集の術を教えてやろうと思ってな」
「ふーん。でも僕は情報屋じゃないからなぁ」
相変わらず、食えない顔でにこにこ笑っている。
「何言ってやがる。十分すぎるくらい情報通だろうが」
リアは、オレと染耶を何度も見比べていた。
「あ、あの……なんか普通に話してるけど、染耶先生って……」
「通称ヤブ。裏社会じゃ知らないヒトはいない闇医者だ」
「え……。それ、私に教えていいの?」
「別にいいよ。減るもんじゃないし」
染耶はあっけらかんと言った。
「いや減るでしょ。通報されたらどうするの?」
「それはやめておいた方がいいな。裏社会全員を敵に回すことになる」
リアがぞっとして、自分の両肩を抱いた。
「そんなに怖がらせるようなこと言っちゃダメだよ。かわいそうじゃないか」
「そんなこと言って何人の女子高生を食ってきたんだよ。リアに手を出したらぶっ殺すぞ」
「あははは。まるでお父さんみたいだねぇ」
オレは舌打ちした。
「本題に入る。例の地底人についてだ」
「ああ、それね」
染耶はリクライニングを全開まで倒し、両手を後頭部の後ろに置いた。
「奴らの目的はなんだ?」
「んー。一応、クライアントの話は守秘義務があるからねぇ」
それを聞いて、思わずリアが身を乗り出した。
「え⁉ 地底人に味方してるの⁉」
「僕は公明正大に仕事をこなしているだけさ」
「翻訳すると、金が第一ってことだ」
リアが唖然としている。
まあ、普通の高校生の感覚では、なかなか理解できないだろう。
「いくらだ?」
「さすがに、こればかりはいくら積まれても言えないよ」
「……お前、もしかして戦争を起こさせる気なんじゃないだろうな」
「まさか。僕は平和主義者だよ。ただ、そうなるとお金が儲かるという事実は認めよう」
……本当に食えない奴だ。
確かにそれを狙っているのなら、個人からもらえる金額など子供のバイト代にしか見えないだろう。
オレはため息をついた。
「交渉決裂だな」
呆然としているリアに手で合図し、オレ達は外に出た。
「大事を為すには小事から」
窓を開け、染耶が言った。
「彼らが自分達を鼓舞する時に使う言葉さ。君と僕との仲だから、ヒントくらいはあげようと思ってね。それじゃあ」
そう言って、染耶は車を発進させた。
「……染耶先生を見る目が変わっちゃったな」
リアがぼそりとつぶやいた。
オレは顎に手をやって、染耶の言っていたことを考えていた。
どうやら、今のテロ活動は地底人達も不満らしい。だからこそ、わざわざ自分達を鼓舞している。
今の行動が、来るべき大事に繋がる時まで。
「……さっさと帰るぞ。少し考えないといけないことができた」
◇◇◇
染耶の話を聞いてから、オレはずっと一人で部屋に籠っていた。
調べものをし、仮説をたて、その結論に満足がいった時、オレはリアを呼んだ。
「奴らの狙いが分かった」
リアにそう告げ、オレはリビングのテーブルに日本地図を敷いた。
「奴らがテロを行った場所がここだ」
いくつかの場所に、オレはペンで丸をした。
「テロの手口は一貫していて、どれも地中を掘削して現れ、マグマを噴射させてから破壊活動を行い、帰っていく。リア。これを聞いてどう思う?」
リアは大きくあくびしていた。
オレはリアの額にでこぴんを食らわせた。
「ふぎゃっ!」
リアは額を押さえて蹲った。
「問題は活動場所だ」
額を撫でながら、リアは地図を見下ろした。
「場所? うーん。そう言われれば確かに変かも。東京だけじゃなくて、長野とか静岡とかも襲ってるし。普通こういうのって、都会を狙うよね」
「その通りだ。つまり奴らの目的は、テロそのものではなく、マグマを噴射させることにあったのさ」
「え? そんなことしてどうするの?」
「テロ活動として地上にマグマを噴射しているようにみせかけて、本当は地下のマグマを特定の場所へ移動させていたんだ。来るべき大事のためにな」
リアは腕を組み、天井を見上げながら考えている。
しかしその真剣な表情は、やがてとろんとした腑抜け顔になっていく。
オレがリアの目の前で指を鳴らすと、彼女は、はっとした。
立ったまま寝れるとは、器用な奴だ。
「奴らがマグマを噴射させた場所を結んでやると、より分かりやすくなる」
オレは丸で囲った場所を結んでいくと、大きな弧ができあがった。
その弧に囲われた場所を見て、リアは目をぱちくりした。
「……富士山?」
「そう。奴らの目的は、富士山の大噴火だ」
リアは唖然とした。
「富士山が噴火した場合、火山灰は東京都にも降りかかる。そうなればライフラインも寸断され、300万人以上の人間が餓死すると言われている。おそらく奴らは、それ以上の大噴火をさせるつもりだ。被害に遭う人間は計り知れないだろうな。まさに殲滅作戦と呼ぶにふさわしい」
オレはリアと向き合った。
彼女はまだ実感できていないらしく、口をぽかんと開けていた。
「リア。これを止めることができたら、お前は歴史に名を残す正真正銘のヒーローだ。だが、今までとは比べ物にならないほど過酷な活動になるだろう。例の部隊長もいるだろうしな」
徐々にリアの顔が真剣なものになる。
ごくりと、彼女は息を飲んだ。
「やれるか?」
リアはオレの目をしっかりと見つめ、うなずいた。
「やるよ。私がこのふざけた計画を止めて、この国を救ってみせる‼」
オレは、ふっと笑った。
はっきり言って今回の件は、リアの分(ぶ)を大きく上回るものだ。
そしてそれは、リア自身もよく分かっている。
しかしそれでも、やるというのだ。
だったら、それを信じてやろうじゃないか。
「そうと決まれば、すぐに作戦会議だ。これから忙しくなるぞ」
「待って。その前に、あと五分でアニメ終わるから、それ観てからでもいい?」
オレは黙ってリアの鼻を摘まんだ。
「だって気になるから‼ 気になったら集中できないからああ‼」
オレはため息をついた。
こんなヒーローに頼るしかないなんて、この国もつくづく気の毒なものだ。
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