第6話



「だ、誰か助けてくれえええ‼」


男性が逃げ惑う中、一匹の地底人が彼を追いかけ回していた。

男性が転倒する。

地底人は、にやにや笑いながら仁王立ちした。


「お前は火あぶりの刑にしてやる」


そう言って、地底人は、ぐっと息を吸い込むと、火炎放射器のように口から炎を吐き出した。

視界を遮断するほどの炎が男性に向けて放たれる。

しばらく放射し、それを止めた時、地底人は首を傾げた。

いつもなら、そこには黒炭の死体が転がっているのだろう。

しかし今回は、肉片の一つも残っていなかった。


「どこに行った?」

「おい! いつまでやっている‼ 早く退避するぞ‼」

「はっ! 了解しました‼」


地底人が慌てて筒状の掘削機へと駆け戻る。

こっそりと、男性が奥にある建物の窓枠から顔を出す。

私は地底人の影から顔を出し、男性に向け、口元で人差し指をたててみせた。




「よし。全員乗り込んだな。これより発進する‼」


ゴゴゴゴと音をたてて、掘削機は地中へと戻っていく。

私は影から物陰へとコウモリを集めて、姿を現した。

耳に手を当て、細谷君に連絡する。


「侵入した」

『よし。ここからは敵の本拠地だ。オレとの通信も途絶えることになる。決して気を抜くなよ』

「合点」


私は通信を切った。

細谷君に頼らなくてもできるということを、ここで証明してやる。


ガタンと、ひと際強い揺れが起こる。

どうやら目的地に到着したようだ。

次々と地底人が降りていく中、私は先程と同じ要領で影と同化して外へ出た。


それは圧巻の光景だった。

地下とは思えないその巨大な空間は、まさに軍事基地と呼ぶにふさわしい。

夜のスタジアム会場のように、光り輝く照明に囲まれていて、眩しいほどだ。

地上にマグマを噴射していた例の掘削機も無数に並んでいて、空間の真ん中には、それらを何百倍にも巨大にした筒があった。

あの大きさのものがマグマを噴射したら……。

さすがの私でも、それがどれだけヤバいかということは理解できる。


忙しなく行き交う地底人が何百人といて、備品を運んだり、壁を掘ったり、各々の作業をこなしている。

私は彼らの目を盗んで掘削機の陰に潜んだ。

ここでばれたら、文字通り袋叩きにあうだろう。


「抜かりはないな?」


その声に、私はぎょっとした。

赤い皮膚。威圧感のある瞳。

あの時の隊長だ。


「ん?」


隊長が、じろりとこちらを睨んだ。

私は思わず隠れ、両手で口を押えた。


隊長が一瞬でこちらに詰め寄り、物陰を覗く。


「どうかされましたか⁉」

「……いや、気のせいだ」


そこには誰もいなかった。

当然だ。私は今、隊長の影と同化しているのだから。


「隊長。既に準備はできております。中にあるレバーを引けば、我々が集めたマグマが吸引され、地上は火の海です」

「そうか。いよいよというわけだな」

「はい。これで我々の悲願が達成されます。部下を撤収させた後、我々も乗り込みます故、お先にお待ちください」

「頼んだ」


隊長は一足先に筒の中へと入って行った。

彼がボタンを押してドアを閉めた時、私は影から姿を現し、それを破壊した。

瞬時に、隊長はこちらを振り向き、私を睨んだ。


「これで二人っきりだね」

「ああそうだな。今度はもう逃げられない」

「あの時と同じだと思ったら痛い目見るよ」

「そうか」


隊長が、かっと目を見開き、私に鋭い殺気を浴びせた。

びりびりと震えるようなそれは、以前浴びた時の比ではない。

逃げてしまった時の恐怖。クラスでいじめられていた時のみじめさ。お父さんに殴られていた時の寂しさが、一気に去来する。


でもそれは、私が歯を食いしばると、別のものに塗り替えられた。

私を捨てずに付き合ってくれた人がいる。頭を撫でて、褒めてくれた人がいる。私を信じてくれた人がいる。

その温かい思い出が、隊長の殺気を吹き飛ばした。


「……心地良い殺気だね」


そう言って笑顔をみせる余裕すらあることに、私は自分自身驚いていた。


「どうやら口先だけではないらしい。少しは楽しめそうだな」

「それはこっちのセリフ」


隊長はにやりと笑った。


「俺の名はレッド。人類殲滅作戦を指揮する地上殲滅部隊の隊長にして、次期地底王となる男だ。お前を正式に敵とみなし、俺自らの手で排除してやる」


私は身構えた。

私はもう以前とは違う。でもそれは相手も同じ。

舐めた態度は取らず、本気で私を殺しにくる。


頬を一滴の冷や汗が流れる。

怖くない、と言ったら嘘になる。でもそれを自分の力にする術を、私はもう身につけた。

だから絶対にだいじょうぶ。

私は、ぎゅっと拳を握った。


「ではやろうか、ヒーローよ。見事この私を楽しませてみろ」

「その余裕ぶったセリフ、あとで絶対後悔させてやる‼」


私とレッド隊長の拳が、一気にぶつかった。

今までの敵とは比べ物にならない力。

しかし私は、歯を食いしばってそれに耐えていた。


「はあっ‼」


レッド隊長の一喝で、一気に力が増した。

腕が砕かれる。

最悪の未来を瞬時に予想し、私は全身をコウモリに変えた。

吹き飛ぶように辺りへ散開したコウモリが、レッド隊長の背後で集積する。

こちらを見ていないレッド隊長の後頭部に、私は思い切り蹴りをくわえた。

が、振り返ることなく、レッド隊長は私の足を掴んだ。


ジュウゥッ‼


掴まれた足に、溶けてしまうような熱が襲う。

私は思わず苦悶の表情を浮かべ、再びコウモリになった。

レッド隊長の辺りを飛び、出方を窺う。


「どうした? 来ないのならこちらから行くぞ」


レッド隊長が身体に力をいれ始める。

最初は何をしているのか分からなかったけど、異変はすぐに現れた。

室内が、どんどん熱くなっているのだ。


「お前、コードDの能力者だろう? 肉弾戦なら滅法強いが、この手の攻撃は力を拡散できない。お前の弱点だ」


熱い。

飛び回っていたコウモリの中で、遅れが出る個体が現れ始めた。

レッド隊長は、よろよろと飛翔していた一匹のコウモリを踏みつぶした。


「うぎっ!」


その痛みに、思わず元の身体に戻ってしまう。

私はレッド隊長の前で、膝をついていた。

サウナの中にいるような熱が、私から体力を奪っていく。

だらだらと流れる汗のせいで、喉がカラカラだ。


「戦うのもダメ。逃げるのもダメ。そのザマで、一体俺とどう戦う? ヒーロー」


レッド隊長が、私の首を掴んだ。


「あ、がっ……‼」


軽々と、レッド隊長は私を掴み上げた。


「コウモリになって逃げるか? そうしている間も、どんどん室温は上がっていくがな」


徐々に、首が絞まっていく。

なんとか引き剥がそうともがくも、力の差は歴然だ。


「諦めろ。お前はもう詰みなんだよ」


詰み……。

そう言われて、私はだらんと両手を離した。


「……私が誰よりも尊敬してる人はね。とっても頭が良いんだ」


レッド隊長が眉をひそめる。

私は構わず続けた。


「でも私は、あの人みたいにはなれない。ちょっと難しい話になるとすぐ眠くなるし、問題が分かっていても、それをどう対策したらいいかもわからない。だからね。私は私なりに考えようと思って。……知ってる? 最近流行りのアニメ。巨大トカゲに襲われた人たちが、知恵を出し合ってやっつけるの」


私は隠し持っていた手のひらサイズのタンクを、レッド隊長に向けて放り投げた。


「こんな風にね」


コウモリを刃に変え、私は液体窒素の入ったタンクを切断した。


「ぐあああああ‼」


液体窒素を顔に直接被り、レッド隊長は思わず私を離した。


「お、お前ええええ‼」


両手で顔を覆うようにしながら、レッド隊長は叫んだ。

この様子じゃ、私が今どこにいるかもわかっていない。

私はぐるんぐるんと腕を回した。


「私だって、誰かに頼ってばかりじゃない。私一人でも戦えるようになって、あの人に認めてもらうんだ‼」


拳をぎゅっと握りしめる。

今持てる全ての力を、この一撃に込める。


「これがヒーローの、意地の拳だああああ‼」


私の拳が、レッド隊長の身体を吹き飛ばした。

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