第11話


中曽根は身体を震わせ、懸命な様子で立ち上がった。

私達が何度も立ち向かって傷一つつけられなかったのに、細谷君はたった一撃で、これほど重いダメージを中曽根に与えていた。


「何故あなたがここにいる。アゲハは……」

「安心しろ。そっちも解決済みだ。爆弾は処理し、雑魚ランスも鴻野が全て蹴散らした。アゲハを鴻野に預けて、一足先にこっちに来させてもらったのさ」


そう言って、細谷君は鴻野さんのスマホを捨てた。

たぶん、私のスマホを追跡してこの場所を知ったんだろう。


「……おい。あれは誰だ?」

「一発で中曽根を吹っ飛ばしたぞ」

「ここからじゃ顔が見えないわ」


民衆たちが、突然の乱入者にざわつき始める。

細谷君は鼻で笑った。


「どうやら、オレの正体を知りたいらしいな。だったら教えてやろう。このオレが何者かをな」


私は、はっとした。


「ま、待って‼」


私の制止の声も聞かず、細谷君は変身した。

ドクロのマスクに、黒のロングコート。ランス闘争を巻き起こした悪の権化、不滅の魔王の姿に。


「なっ⁉ あ、あいつは‼」

「不滅の魔王だ。今回の事件の首謀者だ‼」


ざわめく民衆を無視して、細谷君は中曽根を見つめた。


「さて。これでようやく、お前と話ができるな。中曽根」


かろうじて、私には声が聞こえている。

私にはなんとなくわかった。

細谷君は、わざと私に聞かせているのだ。


「……何故ですか。何故あなたは私の邪魔をするのですか‼ 誰よりも人間を憎んでいたのはあなたじゃありませんか‼ 実の両親があなたを売り飛そうとした。人間を信用しようとしたあなたを、何度も何度も裏切った。だからあなたは悪の組織を結成した。そうでしょう⁉」

「そうだな」


細谷君は静かに言った。


「あなたの願いが叶うんですよ⁉ 人間を滅ぼせるんですよ⁉ もう、自分がランスであることを隠さないで済むんです。びくびく怯えて、ずっと背中を丸くして生きてきた世の中を、変えることができるんです‼」

「そうだな」

「だったら何故邪魔をする‼ どうしてヒーローなどという忌々しいものを復活させようとする‼ あなたがいれば、全てを変えられるのに。あなたが本気になれば、何でも願いが叶うのに! 私の想いを知り、共感しておきながら、どうして私の邪魔をする⁉」


中曽根は肩で息をしていた。

それだけの感情の爆発を、細谷君は、黙って受け入れていた。

ふいに、細谷君が私の方を見た。


「……中曽根。お前は勘違いしている」

「……なに?」

「何もできやしないさ。オレも……そしてお前もな」


細谷君は、まっすぐに中曽根を見つめた。


「中曽根。オレ達は過去の亡霊だ。どれだけ力があろうと関係ない。次の時代を築くのは、オレ達じゃなくてこいつらだ。憎しみを知らない、こいつらなんだ」

「……ふざけるな。憎しみを知らないだと? そんな奴らに、私達の過去をなかったことになどさせるものか‼」


中曽根はスマホを取り出した。


「ワンコールでシャドウの正体が悪の組織の一員全員に知れ渡る手筈になっている。あなたには、そこで棒立ちしていてもらいましょう」


私は思わず駆けようとした。


「なるほどね」


しかし、まるでそれを予期したように細谷君が喋り出し、私は寸でのところで止まった。


「情報の出し方がやけに中途半端だと思っていたが、オレが生きていた時の保険だったってわけか」

「その通り。あなたが生きていたのなら、必ずシャドウも生きている。そう確信していましたからね」


中曽根は、ゆっくりと細谷君に近づいた。


「さて。それでは早速、処刑の時間といきましょうか」


ミシミシと音をたてて、中曽根の腕が膨れ上がった。

まるで巨大ハンマーのようになった腕を、中曽根は思い切り細谷君に叩きつけた。


まるで爆弾でも爆発したかのような音だった。

一瞬の内に地面に大きな穴が空き、間欠泉のように下水が噴き出る。


「おおおおお‼」


そんな威力の殴打を、中曽根は高速で繰り返していた。

地面を掘り進むような勢いで、二人は地面の中へと沈んでいく。


「細谷君っ‼」


私は思わず悲鳴のような叫びをあげた。

どれだけ強靭的な力を持っていても、あんなものを正面から受け止めて、無事でいられるはずがない。

コンクリートの塊が宙を飛び交う中、細谷君のマスクや服の破片が飛び散るのが見える。


「ははははは‼ これで終わりだああああ‼」


思い切り、中曽根が腕を振りかぶる。

私は思わず目を瞑った。


「そういえば、誰かに見せるのは初めてだったな」


先程まで聞こえていた爆発音が、ぴたりと止まった。

見ると、中曽根の身体が、拳を伸ばした形で硬直していた。


「なに腑抜けた顔してやがる。オレの能力だよ。まさか脳筋のコードBだとでも思ってたのか?」


中曽根の、何倍も大きな拳を、細谷君は片手一つで止めていた。

半壊したマスク。びりびりに敗れた服。それらを補うように、真っ赤な強化細胞が、細谷君を包み込んでいた。


ぞくぞくと、背筋に寒気が走った。

私の全細胞が、逃げろと叫んでいる。


あの真っ赤に燃えるような強化細胞が、具体的にどういうものかはわからない。

しかしあれは、もはやヒトが纏うようなものではないと、私は直感していた。


「コードゼロ。オレの能力は、死を消滅させる力だ」


中曽根は震えていた。

しかしぎゅっと歯を食いしばり、止められた方とは別の腕を振り上げた。


「そんなでたらめ……通用するかああああ‼」


細谷君は、それにまともにぶつかった。

突風だけで、思わず吹き飛びそうになる。

しかし細谷君は、その場に立ったまま、まるで動いていなかった。


「死の消滅とは、死ななくなるということじゃない。死に近づけば近づくだけ、誰よりも遠ざかるということだ。実践してやろう」


細谷君は、ゆっくりと拳を構えた。


「お前は頑丈だからな。ちょっとだけ、本気をだしてやる」


ふっと、細谷君が小さく息を吐き、軽く拳を突き出した。


その瞬間、中曽根の奥にあったビルに巨大な穴が空いた。


「は?」


思わずそうつぶやいた時、耳をつんざくような轟音が辺りに響いた。

身体が吹き飛び、ごろごろと地面を転がる。

なんとか地面にしがみつき、私はその圧巻な光景を見た。

半径何十メートルという極太ビームでも発射されたかのように、見事な弧を描いて地面が抉れている。

これがヒトの仕業だなんて、目の前で見ていなければ絶対に信じなかっただろう。


細谷君の目の前に立つ中曽根は、ものも言わず、仰向けに倒れ込んだ。


「元上司のよしみだ。衝撃波だけで勘弁してやる」


手を軽く振り、細谷君はそう言った。

やっぱり、このヒトはとんでもない。

いつか細谷君を超えるのが夢だと言ったが、そのいつかがやってくる日がくるのかと本気で考えてしまう。


でも、今はそんなことどうでもいい。

私は思わず細谷君に駆け寄った。


告白してフラれて悲しんだ。

死んだと聞かされて頭が真っ白になった。

でも今、生きている細谷君が目の前にいることが、うれしくて仕方がない。


細谷君に言いたいことがいっぱいある。

何から言おう。どう言おう。

そんなことを考えて、思わず頬が緩んでくる。


細谷君がこちらを見た。

私はとびきりの笑顔でそれを迎え……ぞっとした。

即座に後ろへ跳躍すると、先程まで私がいた地面に、細谷君の拳が突き刺さった。


「ふっ。さすがに、一撃ではやられてくれないか」

「……細谷君?」

「聞けぃ‼ 人間共‼」


私を無視して、細谷君は叫んだ。


「中曽根は私情を優先し、この私の命令に背いた。故に罰を与えた! 貴様らには、ここより相応しい死に場所がある! 今から私が死神としてその場所へ案内してやる。せいぜい震えて待っているがいい‼」


それを聞き、民衆の怒りが、一気に細谷君へと向けられた。


「中曽根を倒したと思ったら、そういうことかよ!」

「ふざけるな! オレ達はおもちゃじゃないんだぞ‼」

「この人でなし‼」


この宣言が決定的だった。

これで正真正銘、細谷君は悪になった。

ヒーローである私と敵対する悪に。


「ここからがラストステージだ、ヒーロー。オレとお前、どちらが世界を握るのか。白黒はっきりつけようじゃないか」


そう言って、細谷君は……いや、不滅の魔王は笑みを浮かべた。



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