第8話
スクランブル交差点で敵と拳を交えようとしていた私達は、時間が止まったように動かなかった。
『既に悟った者もいるだろうが、簡単な自己紹介をしておこう。私こそが15年前のランス闘争を引き起こした張本人。そして今、中曽根総理を影で操り、日本全土を混乱に陥れた真の悪。不滅の魔王だ』
全員が、ビルの巨大モニターにくぎ付けになっている。
『この15年。私は身を隠してお前達の愚行を観察してきた。身の程を知らない人間達。傲岸不遜(ごうがんふそん)なランス達。お前達は、どちらも世界を手にする器ではない。故に、この世界は私が頂く』
その言葉を聞いて、私はようやく細谷君のやろうとしていることがわかった。
彼は、全ての憎しみを自分一人で背負うつもりだ。
『自分で考えることを知らぬ公僕共よ。今一度考えてみるがいい。お前達のするべきことは何か。お前達が、真に望むものは何か。その先にある答えを、この私に見せてみろ‼』
敵対していたランス達が、躊躇しながらも、次々と矛を収めていく。
「何をしている! あれはただのブラフだ‼ 本物のボスは既に死んだ‼ 私の言うことが全てだ‼ 人間が憎いだろ⁉ 殺したいだろ⁉ だったら私の言うことを聞け‼」
中曽根の言葉がまるで聞こえていないかのように、彼らは一人、また一人と戦線を離脱し始める。
「形勢逆転、だね」
その場には、既に中曽根以外のランスはいなかった。
中曽根は呆然としていた。
顔を俯かせ、ぴくりとも動かない。
「……ふ。ふふ」
ふいに、中曽根が肩を揺らして笑い始めた。
「ふはははははは‼ いいだろう‼ どいつもこいつも、使えないゴミどもめ。ならば私自らの手で、貴様らを血祭にあげてやる‼」
私は拳を構えた。
圧倒的な数の有利があるにもかかわらず、プレッシャーで押しつぶされそうだ。
これが、ランス闘争を戦い抜いた者の力。
「来い! 第二世代のガキ共。この私が教えてやる。信念を持つ者の重みというものを‼」
私は自分達を奮い立たせるために雄たけびをあげ、中曽根にぶつかった。
◇◇◇
『そして今、中曽根総理を影で操り、日本全土を混乱に陥れた真の悪。不滅の魔王だ』
アゲハはそれを聞くと、動画を停止し、自分のスマホをしまった。
「なるほど。あなたがやりたいのはそういうことですか」
「オレ様を前にして呑気なもんだな。目の前にいるのが誰なのか、分かってるのか?」
「もちろんです。私はあなたを殺すことしか考えてこなかった女ですよ」
パチンと、アゲハが指を鳴らした。
ぞろぞろと、大勢のランスが細谷の周囲を取り囲んだ。
「お金で雇った精鋭たちです。悪の組織ほどではありませんが、なかなか強いですよ? それに、あなたの仇敵もいますしね」
ゆっくりと、その集団から一人の男が前に出た。
「鴻野義之」
「私も、こうなることを予想していたということです。彼とこの量のランスを同時に相手するのは、いくらあなたでも難しいんじゃありませんか?」
鴻野はタバコの煙を吐き出し、ぴんと弾いて地面に捨てた。
「もしやとは思ってたが、本当に生きてたとはな」
鴻野はにやりと笑う。
「あれで終わりじゃ消化不良だと思ってたところだ。嬉しいぜ。不滅の魔王」
「そりゃこっちのセリフだ。お前は真正面からぶちのめされなきゃ理解できないみたいだからな」
「はっ。言ってろよ」
オレ達を見て、アゲハは薄く笑みを浮かべた。
「それじゃあ後は任せるわ」
そう言って、アゲハは背を向けた。
この状況で彼女が行く場所は決まってる。
おそらく、直接爆弾を作動しに行くつもりなのだ。
止めたいのは山々だが、その前に片付けなければならないものがある。
オレと鴻野は、ゆっくりと歩きだした。
オレは拳を握り、鴻野は刀を抜く。
お互いに笑みを携え、ぴたりと立ち止まる。
空気が張り詰める。
びりびりとしびれるような威圧感が迸る中、オレ達は一気に駆けた。
「おおおお‼」
「ああああ‼」
オレ達はぶつかった。
その瞬間、近くにいたランス達が一気に吹き飛んだ。
アゲハが驚いて振り返る。
オレの拳は鴻野の頬をかすめ、鴻野の刀はオレの胴体を逸れ、ランスの集団だけを叩きのめしていた。
アゲハが歯噛みしながら鴻野を睨んだ。
「……裏切っていたのね‼」
オレは鼻で笑った。
「ばーか。オレ様がこの場所を嗅ぎつけた時点で、お前はその可能性に気付くべきだったのさ」
「この場所……。まさか、最初から?」
鴻野が首を振った。
「いいや。マンションの一室で殺り合った時は、お互い本気だった。協力関係を結んだのは、重傷を負ったこいつを独自に追跡し、見つけた時だ」
「見つけさせてやった、だろ。逃げようと思えばいくらでも逃げられた」
「ま、そういうことにしといてやるか」
オレ達のやり取りを、アゲハは信じられないとでも言うかのように見つめている。
「オレはお前の企みにだいたい気付いていたし、幸い鴻野も勘付いていた。そこでオレ達は、シャドウ保護とお前達の企みを潰すために、一時休戦したってわけさ」
「ふ、ふざけないで! 鴻野‼ あなたは不滅の魔王を恨んでいたんじゃないの⁉ 命さえも惜しまず、復讐に身を捧げていたんじゃなかったの⁉ あなたは私と同じだと思っていたのに、あなたの恨みはその程度だったというわけね⁉」
鴻野は懐からタバコを取り出し、煙を吐き出した。
「あいにくと、あの人から教わっていたもんでね。力は自分のために使うんじゃない。他人のために使うものだ、ってな」
アゲハは鬼のような形相で鴻野を睨んだ。
しかし自分の感情を無理やり飲み込んだのか、ぐっと堪えて、アゲハはオレ達に背を向けて足早に去って行った。
オレが一歩近づこうとすると、行く手を阻むように、ランス達が再びオレ達を取り囲んだ。
「俺が先陣を切る。その隙を突いて先に行け」
互いに背中を預ける形で立っていると、突然鴻野が言った。
「お前一人じゃキツいってんで、オレが来るまで待ってたんじゃなかったか?」
「成功確率を少しでも上げたかっただけだ。この程度、ものの数じゃねえ」
「ものの数じゃない、ねぇ」
オレ達を取り囲んでいるのは数十人程度だが、視線や気配、この場の熱量などから推測するに、あと数百人程度はどこかに隠れていると考えられる。
鴻野がそれに気づいていないわけがない。
「さすがのお前も、この数は死ぬんじゃないか?」
「抜かせ。てめえを殺すまでは死んでも死なねえよ」
やれやれ。
根性論を振りかざす奴は苦手だ。
「約束、覚えてるだろうな」
ふいに、鴻野が言った。
「……分かっている。オレの命はお前にくれてやるよ」
「ならいい。さっさと行け」
鴻野が大きく一歩を踏み込み、一振りで何人ものランスを斬り裂いた。
オレはその隙を突いて、アゲハが逃げて行った方へ全速力で走った。
◇◇◇
オレはアゲハを追って、弾薬庫の中へと入った。
大きなコンテナが並んでいて、視界を遮っている。
オレはその中を、慎重に歩いた。
ふと、奥にスーツケースが見えた。
周囲には何もなく、ぽつんと置かれたそれは明らかに異質だ。
「罠だな」
しかし、確認しないことには始まらない。
オレはスーツケースに歩いていき、辺りを確認してから中を開けた。
その中には爆弾が入っていた。
ビンゴだ。
何かあった時に、スーツケースとして持ち運ぶつもりだったのだろう。
その時、ふいに何かが手首に絡まった。
その瞬間、まるで電流を浴びせられたかのような感覚が走り、がくりと膝をつく。
どうやらそれは腕輪のようだった。
オレは腕に強化細胞を纏ってみた。
明らかに、いつもより貧弱になっている。
オレはこの感覚を……いや、この能力を、よく知っていた。
「コードゼロ」
アゲハが影から現れ、ゆっくりとこちらに近づいて来た。
「全ての能力の始祖と呼ばれる伝説のコード。このコードは、全てのランスの能力を無効化する。今の科学技術は素晴らしいですね。よもやそんなものまで再現できるなんて」
「……お前、これが誰の能力か知っててやってるのか?」
「もちろん知っていますよ。悪の組織を窮地に陥れ、唯一あなたに膝をつかせたヒーローの能力。そうでしょ?」
アゲハはにこりと笑った。
オレは彼女を黙って睨む。
「どれほどの窮地にあっても、決して死ぬことのなかった不滅の魔王。しかしそんなあなたも、唯一敗北しそうになった時があった。それがあの、ヒーローとの最終決戦。偶然の事故で勝利を掴んだけれど、何もなければあなたは負けていた」
「だからあの時と同じ状況を作ろうってか? 浅はかが過ぎるな」
突然、アゲハの指が鋭い針に変化した。
腹にそれが突き刺さり、オレは思わず苦悶の声をあげた。
「そうですか? 効果てきめんだと思いますけど」
壁に叩きつけられ、オレは歯を食いしばった。
脂汗が、身体中から噴き出てくる。
「……あなたは何も変わりませんね。全てを抱えて、このまま悪人として死ぬつもりですか?」
「そんなきれいなものじゃねえよ」
「ええそうですね。私は誰よりもそれを知っています。あなたは善人なんかじゃない。誰かに慕われるようなヒトじゃない。あなたは……私の一番大切なものを奪った悪党だ」
アゲハは憎々し気に、オレを睨んだ。
「あなたを殺す。この能力で、力も出せない無様な状態で殺す。そうすることで、初めて報われる。あなたに殺された母さんの無念を、晴らすことができる‼」
アゲハが手を掲げる。
その指が全て針に変わった。
「あなたを殺す資格があるのは鴻野じゃない。ヒーローでもない。ヒーローとして戦っていた母さんを無情にも奪われた、この私だ‼」
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