第6話
鴻野はオレと対面し、ゆっくりと刀を抜いた。
機械仕掛けの刀は、まるで生きているかのように自動で変形を始め、鞘に収まっていた時の二倍ほどの太さになった。
「てめえのために鍛えた刃だ。たっぷり味わえよ」
オレとの距離が十メートルは離れた場所で、鴻野は刀を横薙ぎに振るった。
怪訝に思うも、すぐにぞわりと寒気を感じ、慌ててしゃがむ。
後ろにあった街路樹が、真っ二つに切断された。
衝撃波の類か。
威力は十分だし、そのリーチもかなり長い。
それになにより、見えないというのが非常に厄介だ。
風を切る音もほとんど聞こえないので、常に神経を集中していなければならない。
オレが距離を詰めようとするも、それを察知していたかのように、後退しながら衝撃波を繰り出してくる。
このままではジリ貧だ。
かといって、強引に進むとオレが切り刻まれることになる。
さて、どうしたものか。
考える暇もなく、鴻野が再び刀を振り下ろす。
オレは身体を逸らしてそれを避けた。
しかし、衝撃波がくる様子はない。
オレは眉をひそめた。
「まだまだいくぜええ‼」
無数の刃を飛ばしてくるのを避けながら、オレは考えた。
時々、先程のようなフェイントをいれてくるが、あまり機能しているようには思えない。
……まさか。
オレは左へ一歩逃げようとしていたのを、ぴたりと止めた。
「……タイミングを計れるのか? その衝撃波は」
鴻野は無言だった。
オレを射抜く鋭い眼光は、一切衰えさせていない。
「時々出さなかった衝撃波はフェイントじゃなく、その場で滞空させるため。そしてオレが絶対に避けられない場所とタイミングを計り、一気に勝負をつけるつもりか。怒りで脳みそが溶けてるのかと思ったが、意外と考えてるじゃねえか」
鴻野はにやりと笑った。
「そこまで分かってるなら話は早ぇ。長引けば長引くほどこっちが有利だぜ。さっさと投了し、大人しく俺に斬られろ」
「そりゃごめんだな。何故なら、勝つのはオレ様だからだ」
とはいえ、鴻野の言っていることは正しい。
同じフィールドで戦い続ければ、こちらの不利は否めない。
だったら、戦う場所を変えればいいだけだ。
オレは大きく後ろに跳躍した。
奴の目的がオレを殺すことであるなら、オレの目的は鴻野の追跡から逃れることだ。
ここで無理に奴を殺そうとする必要もない。
「強気な発言をしたかと思えば逃げの一手か。相変わらず、人を煙(けむ)に巻くのが好きみてえだな。……ま、どっちでも同じだがな」
突然、オレの肩と足に激痛が走った。
背後から衝撃波で切られたのだ。
しかしそれが飛んできたのは、鴻野が一度も刀を振るっていない場所だ。
「……まさかお前」
「その通りだ。ここら一帯は、既に俺の刃で包囲してある。最初から、てめえは袋のネズミだったってわけだ」
鴻野が大きく跳躍し、オレの頭上に躍り出る。
「取った」
鍔(つば)から蒸気が吹き出し、刃が赤く染め上がる。
やばい‼
オレは拳に渾身の力を込めた。
刀が振り下ろされる瞬間、オレは拳を突き上げた。
刃と拳がぶつかり、衝撃が辺りに迸る。
窓ガラスが一斉に割れ、地面や建物に亀裂がはいる。
ぴしりと、オレの拳の強化細胞にヒビがはいった。
「おおおお‼」
強化細胞を腕に集中させ、思い切り振り上げる。
その反動でお互いに吹き飛び、地面へぶつかった。
よろめきながらも、オレと鴻野は同時に立ち上がる。
「人間も馬鹿にできねえな。そんなヤバいもん、どこで開発したんだ?」
「なます斬りにされるってんなら、答えてやってもいいぜ」
オレは、ふっと笑った。
本気を出すのはずいぶんと久しぶりで、それが少しだけ楽しかった。
突然、あらぬ方向から刃が飛んでくる。
オレはしゃがんでそれを避けたが、体勢が崩れた。
その隙を逃さず、鴻野が再び刀を振り下ろす。
オレはそれを手の甲で防いだ。
火花が飛び散り、力が拮抗する。
「おいおい、その目。正義の味方とは思えねえな」
鴻野の目は、今にも獲物を食らおうとする獣のそれだった。
「正義なんてとうに捨てた。俺はこの十五年間、てめえを殺すことしか考えてこなかった男だ‼」
ビキ
手の甲から血が飛び出る。
オレは大きく後ろへ跳躍し、鴻野の刃から逃れた。
ぽたぽたと、血が地面へと滴(したた)り落ちる。
なるほど。言うだけのことはある。
「それを聞いたら、天国の師匠が悲しむだろうな」
「……師匠なんかじゃねえ。俺はただ、あの人の背中を見ていただけだ。その背中が、警察に入ったばかりの、若かった俺に全てを教えてくれた。正義の意味を。本当に為すべきことを。あの人は、どれだけ辛い孤独の中でも、それを全うしていた。……てめえに踏みにじられるまではな‼」
オレは上を見上げた。
上空には、明らかに挙動のおかしいヘリがある。
その様子を見ただけで、リアが今、どれほど頑張っているかが分かった。
「正義の意味、ねぇ」
オレは鼻で笑った。
「少なくとも、どっかのガキんちょの方が、お前よりも理解してそうだがな。お前は一体、あいつの側で何を見てたんだ?」
鴻野がキレたのが、顔で分かった。
「おおおおおおお‼」
再び、刀が赤く染め上がる。
またあの技を使う気か。
オレは血が流れる拳を見た。
思わず笑みがこぼれる。
オレは、ぐっと拳を構えた。
「あいにくだが、今のお前じゃオレは倒せねえよ」
鴻野がこちらへ突進してくる。
「悪のボスであるオレ様が教えてやる。ヒーローとは何たるかを。そして、悪を倒すのはいつだって、正義だってことをな‼」
鴻野の刀とオレの拳が、一気にぶつかった。
◇◇◇
私の正義のゲンコツが、スカルラビットに直撃した。
殴られた反動で、スカルラビットが前部座席にぶつかる。
私がさらに畳みかけようとすると、それを防ぐようにスカルラビットの蹴りが直撃した。
落下しそうになるのを、慌ててスライドされたドアを掴んで防ぐ。
体力がなくなってきて、コウモリになる速さが遅くなっている。
能力も、そう何回も使えないかもしれない。
スカルラビットが腕を米原さんに向けた。
私は慌てて米原さんの胸倉を掴み、私の方へと引き寄せる。
シュバア! と、レーザーが飛び出て座席に穴を空けた。
「ちょっと! 変なとこ貫通してヘリが落ちたらどうするの⁉」
「自分の命も賭けられないものなど、思想とは呼べません」
あいかわらず、言ってることもやってることもめちゃめちゃだ。
私が米原さんを抱きかかえているのを見て、スカルラビットは私ごと外へ放り出そうと、再び蹴りを繰り出した。
私は米原さんを誰もいない副操縦席へと放り投げる。スカルラビットの蹴りが私にぶつかり、私の身体は外へ押し出された。
その瞬間、私はコウモリになってヘリの中に戻り、スカルラビットの背後に現れる。
スカルラビットが振り返ると同時に、強烈な右フックをお見舞いする。
私は米原さんへ振り向いた。
「貸し三つだよ! あれ、四つだっけ。……もういい! とにかく離れてて‼」
「無茶言わないでよ! こんな狭いところで‼」
突然、頬に強烈な痛みが走る。
スカルラビットに殴られたのだ。
首を掴まれ、執拗に何度も何度も殴られる。
私はコウモリになった。
スカルラビットが腕を向け、レーザーを発射する。
何匹かのコウモリがレーザーに焼かれ、血が飛び出る。
「ぐわっ!」
その声に、私はハッとした。
パイロットさんが、さっきのレーザーに巻き込まれたのだ。
私は元の身体に戻り、スカルラビットに強烈なパンチを繰り出した。
「米原さん! パイロットさんは⁉」
「肩を貫通してる! これじゃ操縦できない‼」
「じゃああなたがやって‼」
「ええ⁉」
私はスカルラビットを夢中で殴った。
スカルラビットも、負けじと隙を突いて私を殴る。
パンチの応酬を繰り返していると、突然ヘリががくりと揺れ、外に放り出されそうになった。
「なにやってるの‼ ちゃんと操縦してる⁉」
スカルラビットを殴りながら、私は叫んだ。
「操縦の仕方なんて分かるわけないでしょ⁉」
米原さんは興奮しているようだった。
大きく深呼吸する音が聞こえてくる。
「……オーケイ。パイロットの指示に従って、川辺へ向かう」
このままだと墜落の危険性があると判断し、近くの川に不時着するつもりのようだ。
「鬱陶しいですね」
私を殴り飛ばし、スカルラビットはむくりと起き上がった。
「仕方がありません。私は、私の命を諦めます」
私の第六感が、何かを察知する。
素早く動き、スカルラビットを取り押さえようとした時だ。
スカルラビットが、パンと両手を叩いた。
その瞬間、身体中が焼けただれるような痛みを感じ、私は思わず蹲った。
それと同時に、再びヘリが大きく揺れる。
その揺れで、スカルラビットが外へ放り出された。
私は歯を食いしばり、腕を伸ばしてスカルラビットを掴んだ。
「早く掴んで‼」
スカルラビットは私の手に捕まるどころか、さらに電磁波を強くする。
あまりの痛みに、意識が飛びそうだ。
それでも、私は腕を離さなかった。
「馬鹿な人ですね。私なんかに構っているから、ほうら」
回転していたメインローターが、ゆっくりと止まっていく。
操縦席を見ると、いくつかの計器が破裂しているところだった。
スカルラビットが放つ強力な電磁波にやられたのだ。
「ハハハハ! これで米原みゆきはおしまいです。そして悪の組織は復活し、再びランス至上の世の中にするために立ち上がる」
「そのためにあなたがいるんでしょ⁉ 自殺みたいなことしてどうするの‼」
「何を言っているのですか。私が死んでも、思想は生き続けるのです。私に呼応する者がいる限りね」
掴んでいた手から、奇妙な高音が聞こえて来た。
私はぞっとした。
「ランス万歳‼」
その言葉と同時に放たれたレーザーが、私の肩を貫いた。
思わず手を離す。
スカルラビットは、笑いながら地上へと落ちていき、豆粒になって消えた。
「……馬鹿。こんなの、崇高でもなんでもないよ」
「ちょっとシャドウ‼ ヘリがまったく動かないんだけど‼」
私はハッとした。
今はくよくよしている場合じゃない。
ヘリがゆっくりと落下していくのが、感覚で分かった。
もはやメインローターが動いてもどうにもならない状態だ。
「私がなんとかする! 米原さんはシートベルト締めて‼」
「な、なんとかって……、勝算あるんでしょうね⁉」
素早くシートベルトをしながら、米原さんは叫んだ。
私は開いたドアから下を覗く。
少し先に川があった。しかし、今のままでは届かない。
このまま落ちれば地面に激突。私達は当然ながら、下にいる人たちにも被害が出るだろう。
でも、あの川まで移動できれば……。
「やってみる! 勝算は……期待しないで‼」
「不吉なこと言わないでよ‼」
私はドアから飛び出した。
スキッドにぶら下がり、下を確認する。
猛スピードで地面へと迫っている中、落下するヘリのすぐ真横に、ビルがあることを確認する。
私は自分の腕をコウモリ化し、力を込めた。
「ぬうううがああああ‼」
それをそのまま射出し、ビルの側面に叩きつける。
その反動で、ヘリが大きく横に動いた。
「よし!」
「ちょっと待って! まだ足りてないわよ⁉」
米原さんの言う通り、川まではまだ少し距離がある。
再び同じことをするには、既に地面が近すぎる。
「激突するううう‼」
私は全身をコウモリ化し、近くの建物に張り付いた。
盾を作った時と同じ要領で硬質化し、簡易的な滑り台を作り出す。
ヘリがそれにぶつかり、火花を散らしながら私の上を滑っていく。
ボキリと、滑り台がへし折れた。
ヘリは勾配のある川辺にぶつかり、がりがりと側面を削りながら川へと落下した。
コウモリに変身していた身体が、強制的に解除される。
空中で落下する身体をどうにかしようにも、どうやら両腕が折れているらしく、何もできない。
ああそうか。私、死ぬんだ。
ならせめて、米原さん達が助かったかどうか、確認したかったなぁ。
そんなことを思いながら、目を瞑る。
ふいに、何かが私を包み込んだ。
とても温かい。
冷たく寂しい世界から、私を掬(すく)い上げてくれた、あの時のような……
ザッパアアアアン‼
突然水中に身体が浸かり、私は驚いた。
おかしいな。さっきまで、確実に地面直撃コースだったのに。
誰かに抱えあげられ、私は水面から顔を出した。
「ぷはっ! はぁ、はぁ……。い、生きてる……」
思わず、私はそうつぶやいた。
「まったく。おもちゃの分際で、このオレに手間をかけさせやがって」
その聞き覚えのある声に、私は思わずそちらを見つめた。
「細谷君……」
どうしてなんだろう。
どうしてこの人は、私がピンチになったら、颯爽と現れて助けてくれるんだろう。
細谷君は、呆然としている私に向けて微笑んだ。
「だがまあ、最後まで諦めなかったのは褒めてやる」
誰もが絶望した状態で、誰もが諦めた状況で、あっという間に現れて、皆を助けて帰っていく。それが私にとってのヒーローだ。
そしてそれは、私自身の体験から作られた、確固たるヒーロー像だ。
細谷君の、温かい身体に包まれながら思った。
私がみんなのヒーローなら、きっと私のヒーローは、この人なんだと。
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