第7話
私は細谷君に身体を預けながら、口を開いた。
「……今まであんまり気にしてなかったけど、やっぱり細谷君もランスなんだね。どんな姿なの? 早すぎてわからなかった」
「一生分からなくていい」
いつもの仏頂面で、細谷君は言った。
「ええー⁉ そんなの不公平じゃない? ねぇ、変身してみせてよ。ねぇねぇ~!」
「あーもう、うるせえぞ‼ このまま放り出してやろうか⁉」
どうやらやり過ぎたようだ。
せっかく褒められたのに、チャラになってしまった。
「っていうか。お前、ヘリの中にいる奴助けなくていいのか? 米原とか乗ってるんだろ?」
「……ああ! 忘れてた‼」
細谷君に助けられながら、私は慌てて気絶した彼らを救出した。
幸い二人とも無事で、命に別状は無さそうだ。
彼らを岸辺にあげて、ほっと息をつくことができた。
「ありがとう。細谷君のおかげ──」
気付けば、細谷君はいなくなっていた。
どうやら、ランスであることがばれたくないらしい。
でも今回二人を助けられたのは、細谷君のおかげでもある。それを彼らに告げられないのは、少し不公平な気がする。
「うぅ……、あれ。ここ、どこ? 私、どうなったの?」
「ちゃんと助かったよ」
米原さんは、呆然としたまま私を見上げた。
状況を把握すると、彼女は慌てて立ち上がった。
「あ、そんないきなり立つと危ないから──」
彼女は、急に私の折れた手を握った。
あまりの激痛に、言葉も出ない。
「ありがとう! 本当にありがとう! 私、正しいことのためなら、死ぬのも怖くないってずっと思ってた。でもあのヘリの中で、何度も死にたくないって思った。何度も、何度も。だから、ありがとう。助けてくれて」
「い、いえ……そんな……だから、手を離してくれると……」
米原さんはようやく異変に気付いたらしく、ぱっと手を離した。
「ご、ごめんなさい。もしかして、怪我してた?」
「両腕折れてます……」
「あ、ああそう。本当にごめんなさい」
米原さんは、そこで怪訝な表情を見せた。
「じゃあ、あなたどうやって私達を──」
「あの! わ、私もう行きますんで‼」
変なことを言われる前に、私はさっさと退散した。
ふと思い出し、振り返る。
「私、ヒーローだから。誰かがピンチになれば助けます。でも、それはずっとじゃない。死にたくないなら、恨みを買うようなことはしない方がいいよ」
じゃあねと、私は言い残し、その場を去った。
これ以上は何を言っても仕方ない。あとは米原さんが決めることだ。
誰もいない路地裏に入ると、私は辺りを確認してから変身を解除した。
「ふぅ。って、痛たたた‼ 人間の姿に戻ると痛みも強くなるなぁ」
強化細胞は人間の姿になっても健在だが、ランス状態の時ほど活発に動いていない。
当然、それだけ痛みも強くなるのだ。
「さて。はやく細谷君と合流しなきゃ──」
「お互いボロボロだな」
背後から声がして、私はぎょっとした。
ゆっくりと後ろを振り向く。
そこには、身体中傷だらけの鴻野さんがいた。
「あ、あはは……。いつからそこに?」
「ついさっきだ」
ついさっきっていつ⁉
もしかして、私の正体に気付かれた⁉
鴻野さんは無言でタバコに火をつけた。
何を考えているのか、その表情からは分からない。
「未成年の前で悪ぃな。怪我をしてる時は、この煙を吸うと治りが良くなるんだ」
「……それ、絶対勘違いですよ」
鴻野さんは、壁にもたれかかる形で、その場に座り込んでしまった。
……私、帰っていいのかな。
「怪我は大丈夫か?」
「え? あ、はい。一応。……あ、あの! ヴィラン達の暴動に巻き込まれたっていうか! 逃げ惑う人の下敷きにされたっていうか! そんな感じで怪我したんです!」
「だったらこんな離れた場所じゃなく、病院に行くべきだったな」
まるで全てを見透かしたようなことを言って、煙を吐き出す。
私はちょっとむっとした。
「そういう鴻野さんだって、こんな場所で何してるんです? 警察の仕事、ほったらかしですか?」
「まあな」
鴻野さんは素直にそう言った。
「仕事ほったらかして、正義に唾を吐いて、ある男を私情で殺そうとした。で、返り討ちにあった。正義の対極にいるような奴に、正義の何たるかを説教されてな」
正義の対局……。ヴィランのことかな?
私は、ヴィランに正義について語られるところを想像した。
「それはムカつきますね」
鴻野さんは笑った。
いつも眉間に皺を寄せている彼が、初めて見せた笑顔だった。
「分かってくれるか」
そこでふと、自分が彼と普通に話ができていることに気付いた。
基本的に人付き合いが苦手な私にとって、初対面と言ってもよい男性相手に、こんなに自然に話せるなんて非常に珍しい。
もしかしたら、なんとなく似ているからかもしれない。
偉そうで、上から目線で、いつも全てを見透かしたように喋る、細谷君に。
「悪を倒せるのは正義だけなんだとよ」
鴻野さんは、タバコの煙を吐きながら言った。
「もしかしたらあいつは……。……いや、それを言うのは止めとくか。なんつーか……癪だしな」
何のことを言っているのか分からない。
でも鴻野さんは、どこか清々しい顔をしていた。
「日隠リア、だったな。単刀直入に聞く」
彼は、私の方を見て言った。
「お前を助けたのは誰だ?」
「教えません。……逮捕しますか?」
「いや」
鴻野さんは、ふっと笑った。
「あいにくと、正義には弱いんだ」
◇◇◇
翌日。市民マラソンでのヴィランの暴走は、大々的に報じられた。
何人ものランスが現行犯で一挙に捕まったのは、非常に珍しいことだ。それを実現させたシャドウの功績を称える人間も少なくなかった。
実際、今回の事件でシャドウの評価はかなり高まった。
ヒーロー支持率も30パーセントにまで上がり、罵詈雑言しかなかったコメントにも、多くの応援が届くようになった。
スカルラビットは死体となって発見され、米原みゆきは今回のことで懲りたのか、反ランス活動は自粛するとのことだ。
今回の事件は、ほとんど思い通りに事が運んだと言ってもよい。
ただ一つを除いては……。
「お、おかえりなさいませ……にゃん」
オレは、じっとリアを見つめた。
彼女は爪をたてるような恰好で、両手を顔の前に上げ、猫のポーズをとっている。
以前着たメイド服姿で、頭の上には猫耳がちょこんと乗っかっていた。
リアは顔を真っ赤にしている。
オレは口を開いた。
「あざといな」
「にゃあああ‼」
リアがオレの顔をひっかいた。
「ぐああああ‼ 目が! 目があああ‼」
「細谷君がやれって言ったんじゃん! 私だってこんなことしたくないよ‼」
「やりたくないことをさせるのが折檻なんだろうが‼」
話は十分ほど前にさかのぼる。
オレがソファに座りのんびりと寛いでいると、リアが目の前で正座し、もじもじと身体を揺すりながら言ってきたのだ。
「あ、あのね? 怒らないで聞いてね? ええと……鴻野さんに正体ばれたかも」
オレはそれを聞き、メイド服と猫耳をリアに投げつけ、現在に至るわけだ。
「あれだけ変身を解除するのは気を付けろと言っておいただろうが‼ 家に帰るまでがヒーロー活動だろ!」
「そんな遠足みたいに言われても……」
しゅんと、リアは肩を落とした。
オレはため息をついた。
本当ならもっと叱ってやりたいところだが、今回はオレにも非がある。
鴻野を完全に叩きのめし、追ってこれるような傷ではないことを確認したつもりだったが、あいつの執念を見誤っていたようだ。
「……まあ、ばれてしまったことは仕方ない。大人しく捕まるか、逃げるか。二つに一つだ」
「あ、それはだいじょうぶ。見逃してくれるみたいだし」
「……あいつがそう言ったのか?」
「うん! 良い人だよね~」
リアはアホ丸出しの顔で微笑んでいる。
オレは顎に手をやって考えた。
あの場所まで来ていたということは、おそらくは不滅の魔王がシャドウを助けたことに勘付いているはずだ。
リアを捕まえずに見張っておけば、いずれは不滅の魔王の尻尾を捕まえられるという算段か。
……完全に撒き餌じゃねえか。
そんな事実など知る由もないリアは、完全にお花畑の世界に浸っている。
『あなたはまだそんなことを言っているのですか』
テレビから、そんな声が聞こえてきた。
それは討論番組で、今回もまたランスについての議論を繰り広げている。
そのパネリストの一人に、米原みゆきの姿もあった。
『今回の件でも分かったように、ランスは猛獣です。我々はトラやライオンをかわいがるが、檻から出そうとは思わない。町に降りてきたら撃ち殺す。それと同じです。ランスは管理するべきです』
米原はその意見に対し、ダンと机を叩いた。
『ランスの中には猛獣ではないヒトもたくさんいます! それはランスに対する人権侵害ではないでしょうか! 猛獣なら、我々人間の中にもいるではないですか‼』
どこかで聞いたことのある理屈だ。
『おやおや。あなたは反ランス派でしょう? 自分の命を助けられたからって、今更贔屓(ひいき)する気ですか?』
『助けられたから贔屓しているですって? 冗談はやめてください! 私はね。彼女が誰よりも必死に人間を助ける姿を見たから、贔屓してるんですよ!』
オレはちらとリアを見た。
彼女は、口を半開きにしながら、呆然とした顔でテレビを見つめていた。
『ふっ。話になりませんな』
『だったらあなたもやってみてください。自分の命を投げ打って、人を助けてみなさい!』
『そりゃ、あれだけの力を持てばなんだってやりますよ』
『この、〇〇〇〇‼ アンタなんか〇〇して〇〇〇しながら〇〇──』
ぶつ、と音がして、画面が切り替わる。
しばらくお待ちくださいというテロップが、でかでかと画面に映し出された。
「こりゃクビだな」
「あはは。そうだね」
リアは微笑みながら、テレビのテロップを見つめていた。
「細谷君」
「なんだ?」
「私、やっぱり好きだな。あのキャスター」
◇◇◇
とある一室。
日本の国旗が建てられているその部屋で、中曽根は机に向かっていた。
「失礼します」
ノックと共にそんな声が聞こえ、アゲハが入って来た。
「中曽根様。例の件の報告に参りました」
「聞かせてもらおう」
中曽根はペンを置き、ゆっくりと椅子にもたれかかった。
「秘密裡にスカルラビットの素性を調べたところ、反ランス派の有力者を殺害する計画がいくつも見つかりました。見たところ彼がいなくても実行は可能なので、それに則り、全ての罪をスカルラビットに着てもらうという算段をたてております」
「分かった。早速実行してくれ。しかしまあ、ずいぶんと豪華な置き土産だ。こうなるのも彼の計画の内なのだろうな」
「だと思われます。例の映像まで作成してありましたから。調べれば、あれがスカルラビットによる作成物だということはすぐに分かります」
ご丁寧に確固たる証拠まで残して死んでいった。
中曽根は思わず笑みをこぼした。
「それで、もう一つの件は?」
「花園桃恵の報告によると、ボスはいたって普通の高校生活を送っているようです。ですが彼女の言動から、どうやら懐柔されている節がありまして、あまり参考にはならないかと」
「ほう。で、もちろん対抗策は出してあるんだろうな?」
「もちろんです。私の能力は、まだボスにも話していない索敵能力があります。花園桃恵はブラフとして残したまま、その能力で分析したところ、どうやらボスは一人の女性を買っているようです」
「あの方も男だ。当然、そういうこともあるだろう」
「その女性は同じクラスの高校生です。そして彼女を買ってすぐに、一人の女ランスが現れました。あのシャドウというヒーローを名乗るランスです」
「……ほう」
「確証はまだありませんが、詳しく調べてみる価値はあるかと」
「分かった。この件はお前に任せる」
アゲハは頭を下げ、すぐに退出した。
中曽根は立ち上がり、後ろの窓を見つめた。
「ボス。私は私のやり方を貫かせてもらいます。それがたとえ、あなた様に牙を向くことになろうとも」
中曽根は静かに笑う。
スカルラビットが撒いた種は、着実に実りつつあった。
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