6.初めての労働

 労働作業は奴隷がやるもので平民がそれをするのは恥とされます。女神さまは嫌がられるかと思いました。

 しかし女神さまは監督係の農園の者に指図されるまま、エレナの真似をして作業に励まれました。


 昼前には、干しイチジクと少しのパンがまかないとして配られました。一緒に作業していた娘や少年たちは、嬉しそうに大事にパンを食べています。

「ここの農園主様は優しい方だから、こうやってみんな喜んで集まるんだよ」

 エレナが囁きます。女神さまは自分も少しずつパンを噛みながら農園のようすを眺めておられました。


 昼過ぎにその日の作業が終わると、日当を受け取り街に戻りました。エレナは裏道をたどり今度は広場に向かいます。

 そこで二人分の給金としてもらった銀貨一枚を使い、少しの大麦を買って家に戻りました。


 家には先に三人の子どもが帰ってきていて、部屋の中で仲良く昼寝をしていました。エレナが言うには、彼らは近くの裕福な家にそれぞれ家事労働に通っているのだそうです。

「疲れたでしょう。ファニもお昼寝していいよ」

 女神さまは首を横に振り、エレナがリンゴを刻んで干すのを手伝われました。





 夕食時に帰ってきたテオに、

「ファニはとても頑張ってくれたよ。二人分のお給金でこれを買えたの」

とお粥を差し出しながらエレナが報告すると、

「そうか」

 意外にもテオは優しく笑って女神さまをねぎらいました。

 思えばこの少年はいつもむっつりとした顔をしています。笑った顔など初めて見ます。

 女神さまもそう思ったのでしょう。目をぱちくりさせて、だけど黙ったままで麦のお粥と生のリンゴの夕食を終えられました。


 その夜、皆が寝静まった後、女神さまはそうっと部屋を抜けだして中庭に出られました。星空を見上げ、かがんだ膝に頬杖をついて、考えこまれるようすなのが気になります。

「大丈夫ですか? 昨晩から口数が少なくていらっしゃいます」

「うむ……」

 可愛らしいお顔を考え深げに傾けて、女神さまは小さな声でおっしゃいました。


「なにもかもが初めてのことじゃからなあ」

「それはそうでございましょうとも」

「わらわは知らなかった」

 女神さまはそっと眉をひそめて部屋の方に視線を流します。

「こんな暮らしがあることを」

 眠るエレナや子どもたちを気遣っているのがわかります。


「改革のおかげで、市民が借金のために奴隷に身を落とすことはなくなったとはいえ、労働しなくては食べれぬ者たちもいるのですね」

「うむ」

「女子どもが働かねばならぬとは痛ましゅうございます」

「そうは思うが、何をするでもない。わらわは『見守る者』であるからな」

「はい……」

 天上の神々はそれぞれ守護する街を持ってはいますが、決して人を助けるわけではないのです。それが神さまという方々なのです。


「じゃが、父さまが慈悲を持てとおっしゃった意味はわかる気がする」

 しんみりと囁かれるお姿が一回りも二回りもご立派になられた気がして、わたしは嬉しくなります。ところが。

「それはそれとして。わらわを好いた男を探さねばのう。早く天上に戻りたいからのう」

 まあ、そうですよね。女神さまが学ぶべきことは、まだまだ多いようにございます。

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