17.劇場の男
「わかった、わかった。ちんちくりん様。まずは膝の上から下りてくださいよっと」
ひょいっと女神さまのおからだを持ち上げて脇にどかし、男性は立ち上がりました。
「この小僧を叱ってたわけじゃあ、ありません。用があるのかと尋ねたかっただけでございやす」
わざとらしく芝居がかった動作であごを持ち上げ、否定の意を示します。
「わらわの勘違いだと申すか。こともあろうにわらわをちんちくりん呼ばわりしおってからに」
「そちらさんこそ、禿ちょろびんはひでえですよ」
本当のことですけど、と男性はおどけて自分の頭のてんこを撫で上げます。そのしぐさに、当のデニスがぷっと吹き出します。
「これデニス。何がおかしい。わらわはおまえを助けようとしたのに」
「ごめんよ、おじさん」
笑いを引っ込めて真率な表情になり、デニスは素直に謝りました。
「おいら、覗き見してたのを怒られるのかと思って怖くて」
「そんなことで叱りやしない。ましてや芝居を見るおまえの目は狡(こす)いものじゃあ、なかったからな」
それまでの芝居がかった態度を改め、男性は穏やかにデニスに向かいました。そこへ女神さまが割り込みます。
「そうじゃデニス。これから肉を食おうというときに、どうしてここへと来たのじゃ」
「祭日の朝にリハーサルをするって聞いてたから。それならこっそり芝居を見れると思ったんだ。おいら、芝居を見てみたかったんだ」
「芝居が好きなのか?」
「うん! 今初めて見て、好きになった! 何のことを言ってるのかわからないセリフもあるけど、あの格好にしゃべりかた、おかしいなあ」
「隠れてたくせに大きな笑い声だったもんなあ」
呵々と男性は嬉しそうにあごひげをいじります。
「それならほら、ゆっくり観ていくがいい。おれはタダ見は許さねえなんてケチなことは言わないぞ」
「いいの?」
「よくないっ」
顔を輝かせたデニスの腕を女神さまが横からひっぱりました。
「肉じゃ肉! はよう行かねば食いっぱぐれるではないか。芝居なんぞどうでもよい。肉が先じゃ」
「どうでもいいってなあ……」
「やだよ。おいらは肉より芝居がいい。ファニはひとりで行けばいいだろ」
「皆そろってでなければ肉は食わないと頭の固いエレナがぬかすのじゃ。いいから来い。おまえのせいでわらわまで肉にありつけないなぞ、ごめんじゃ」
「ファニのわがまま!」
「なにおうっ? わがままはどっちじゃ!? 自分勝手なのはおまえだろう」
今度はデニスと女神さまがもみ合います。ちょっと、ちょっとー。
「待て待ておまえら。もうちっと冷静に話し合え」
どうどうと手を広げる男性の手を女神さまが払います。
「うるさいっ。邪魔をするな」
完全に肉に目がくらんでしまっていらっしゃいます。女神さまったら、こんなに食い意地の張った方だったとは。下界の暮らしが女神さまの意地汚さに拍車をかけてしまったのでしょうか。
と、もみ合いの拍子にはずみがつき、後ろのめりにおからだを倒しそうになった女神さまは、とっさに腕をばたばたさせて膝を曲げ、後ろに尻もちをつかれました。いえ、正確には……。
「ファニ……」
驚きに目を丸くしたデニスが、次の瞬間には勢いよく吹き出します。そのままこらえ切れないようにお腹を抱えて笑い出しました。
女神さまは目を白黒させて手足をじたばたさせましたが、どうしても抜け出せずそのままの格好でぱたっと横に倒れてしまわれました。
そう、女神さまのおしりはすっぽりと、ちょうどそこにあった壺の口に入ってしまったのです。おからだを折り曲げた形で腰からお膝の上まで壺にはまった女神さまは、かろうじて手足を動かすだけで苦しそうに唸っていらっしゃいます。
ああ、これも食い意地が張った罰でございましょうか。
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