47.申し出

「あんた、銀山のテオフィリスだろ。オレを雇わないか」

 自己紹介と謝罪を済ませた後、ミマスは藪から棒に切り出しました。

「傭兵のあなたをか?」

「あんたも出征するだろ? オレが付いていれば必ず生きて帰れるぜ」

「おれは弓兵を従者に雇える身分じゃないし金もない。腕がいいなら騎士の家をあたればいい」


「ああ、腕には自信がある。だからこっちも主人は選びたいんだ。あんたは奴隷を殺さないって有名だってな。どんな人格者かと思ってたが、まだ若くてびっくりしたぜ。今度の戦が初陣だったりするんじゃないか? だったらオレが守ってやるぜ」

「おれは人格者なわけじゃない」

 眉間に皺を寄せながらミマスの言い分を聞いていたテオは、重々しく息を吐き出して答えました。


「奴隷が死なないよう配慮するのはその方が効率が良いからだ。不慣れな人間に無理をさせれば事故が起きるのは当たり前で、だったら少しずつ慣らして危険を熟知した人間に長く無理せず続けさせた方が手際だって良くなるのに、頭の固い連中はそれがわからないんだ。おれは実利が大きいやり方を選んでるだけだ。戦については……」

 エレナが不安そうに息をひそめてテオの背中を見ています。

「おれは出征に志願する気はない。今回は隣との小競り合いで大規模なものじゃない。強制召集はないだろう。もちろん従者を雇うつもりはない。他をあたってくれ」


 うつむきかげんに淡々とテオは話します。すげなく断られたというのに、ミマスは鷹揚に頷いていました。

「そうかい。でもまあ、気が変わったらいつでも言ってくれ。オレは引き受けてやるから」

「気なんか変わらない」

「そうかな?」

 妙に人懐っこいいたずらっぽい調子でミマスは青い瞳を光らせます。

「……ハリの面倒を見てくれてることには感謝してる」

「あ? まあ、それは趣味みたいなもんだからな。出征までの暇つぶしだ」


 言いたいことだけを言い、控えめに食事に誘ったエレナに手を振ってミマスは踵を返しました。

「おじさん、城門まで送るよ。この辺迷いやすいんだ」

「大丈夫だ。オレは一度通った道は忘れない」

 言葉通り、迷うようすもなく路地を早足で歩き去る姿を、テオは憮然と見送っていました。





「あの子たちの外套、素敵ね。わたしもあんなふうに敷物を織ってみようかしら」

「そんな、有り合わせの糸で作ったからああなったのですよ」

「だとしても配色が良いわ。あなたはやっぱり美的感覚が鋭いのよ」

 アルテミシアに褒められてエレナは頬を赤くしています。


 大祭の後、嫁入り準備の合間の息抜きと称しアルテミシアは家を抜け出してここにやって来るようになりました。もちろんテオは良い顔をしませんでしたが、エレナが字を教えてほしいとアルテミシアに頼んだことから、口に出しては何も言わなくなりました。

 今もふたりは並んで蝋板を覗き込み、エレナは真剣に尖筆で綴りを練習しています。


「ハリ、遅いね……」

 日が傾き始めた空を見上げてミハイルがつぶやきます。

「ほんと、もうお日様があんなところに。わたくしは帰るわ」

「お送りします」

「わらわはハリを迎えに行くとするか」

 夕食の準備をさせられるのは気が進まなかったのでしょう。女神さまが名乗り出ます。


 西日がまぶしい荒野は、いっそう乾いた雰囲気です。冬に向かう季節、人の心も殺伐としていきます。だから戦が起きるのでしょうか。


 岩場の空の低い位置を、トビが滑空していきます。何か獲物を狙っていたようですが、弧を描いて飛んできた矢に追いやられるように海の方向へと逃げていきました。

 かするものもなく力なく落下した矢を追いかけてハリが走ってきます。

「ハリ。帰るぞ」

「ああ、うん。そうだね。待ってて」

 矢を拾ったハリは師匠であるミマスのそばへといったん引き返します。それを追いかけていった女神さまは、ミマスが背にした長弓を感心したふうに眺めました。


「それをここでこさえたのか」

「そうだ。もう少し獣の腱を使いたいところだな」

「肉屋にでもあたれば手に入るだろう?」

「冗談言うな。自分で狩った獲物から採らねば意味ないだろう」

「蛮族よのう」

 女神さまにはめずらしく小さなお声でもらした感慨は、ミマスにしっかり聞こえていました。

「誉め言葉だよ、それは。オレはあんたらみたいな暮らしはごめんだからな」


 皮肉気な笑顔に眉をひそめた女神さまでしたが、そこで思い出したようにおっしゃいました。

「そうだ。おぬしにはまだ訊いてなかったな。わらわのことをどう思う? 好きか?」

「ああ。オレはお嬢ちゃんみたいのは、けっこう好きだぜ?」

 なんですと!?

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