46.引き分け




「おじさんスゴイなあ!」

 無傷だった方のリンゴを上に放り投げ、受け止めてまた上に放り投げ、を繰り返しながらハリは目を輝かせて男を見上げます。

 矢の刺さったままのリンゴに頑強そうな歯でかじりつきながら男は得意げに笑います。

 その隣では女神さまがいじけたようすで豆を口に運んでいます。そんな女神さまの頭のてんこに手のひらを置き、男はぐりぐり女神さまの頭を撫でまわしました。


「このお嬢ちゃんもたいしたもんだ。身動きしないし目も閉じないときた。リンゴを射落とせないにしろ、少し脅してやろうとしただけだったのに」

「いい根性じゃなあ」

 ぼやく女神さまに男はナツメヤシを干したものを差し出しました。珍しい食べ物をもらって女神さまの頬がゆるみます。

「まあ、引き分けということで許してやろう」

 ちょろい。ちょろすぎですよ、女神さまっ。


「おじさんさ、しばらく街にいるんだろ?」

「城市(しろまち)には入らない。城壁の内で寝泊まりするのは性に合わないからな。兵士の招集が始まるまではここで過ごすつもりだ」

「じゃあさ、おいら明日も来るから弓を教えてくれないかい? ダメ?」

 少し怯えるように窺うハリに男は快く頷きます。


「いいぞ。良い枝が見付かれば弓もつくってやろう」

「え、ほんとに!」

「長弓の材料を探すついでだからな。おまえに作ってやるのは使い捨ての簡単なものだ。だから修理や補強は自分でするんだぞ」

「教えてくれたら、おいら頑張る!」

 腰かけていた岩から立ち上がりハリはこぶしを握ります。


「ところで、おじさんの名前は?」

「名前か? そうだな、ミマスとでも呼んでくれ」

 妙な顔をするハリに男も困ったように顔をしかめます。

「オレの名前は言いにくいらしくてな、以前こっちの人間にそう呼び名を付けられた」

「わかったよ。ミマスおじさん。じゃあ、明日からよろしく」





 翌日からハリは弓の稽古に励んでいるようでした。自分用の小さな弓を作ってもらい、でもまだまともに矢を飛ばせないのだとこぼしつつも楽しそうでした。


「おい、おまえ。わらわを好きになったか?」

「ごめんよ、今日はお菓子がないんだ」

 女神さまはといえば、出会う男性たちにあいさつのように尋ねて回る毎日です。ですが当然のごとく愛は見付かりません。

「愛は落ちてはおらんか」

「あたりまえですよ」


 どうにも女神さまは惰性的で本気のようには思えません。

 そろそろ気付いてもらいたいです。御自分が好きな相手を見付ければいいのだということに。


 太陽が天空にいる時間が短くなってくるのを感じ始めたある日、ハリがミマスと共に家に帰ってきました。

「なんじゃ、城内には入らないとか言っておいて」

「ケガさせちまったんでな。保護者に詫びねばと思って。仕方なくだ」

 からかう女神さまにミマスは憮然と応じます。

 ハリが手をあてている腕には大きな切り傷ができていました。弦が切れでもしたのでしょうか。さいわい深く傷ついてはいないようです。


 中庭で食卓の準備をしていたデニスやミハイルが興味津々でミマスの姿に見入っています。

「おれがハリの保護人だ」

 子どもたちの後ろから名乗りをあげたテオに向かい、ミマスはにやりと口角を上げました。

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