10.盗み聞き
荷揚げが始まった倉庫内では積み込まれた品物を囲んで交渉が始まっていました。
以前には交易といえば物々交換が当たり前だったのに銀山が発見されてからというもの、硬貨のやり取りが普通になってきたようです。まこと人間というのは色々なことをやりだすものです。
穀物袋を降ろされて空になった船には、今度はイチジクやオリーブなどの果物、壺入りのブドウ酒などが運び込まれていきます。
しばしそのようすを眺めていた女神さまは、不意にくるりと踵を返して岸辺へと戻り始めました。
「どうされたのですか?」
「テオのやつめ、都合よくわらわを扱いおって。そうはいくものか、聞かれたくない話ならばこっそりと聞いてやるだけじゃ」
悪い顔になって女神さまは微笑まれます。
ああ、もう。しょうのない御方。わたしはやれやれと女神さまを追いかけます。
小船の脇に腰を下ろしてテオと男性は顔を寄せて話し合っておりました。
「見ろ。ティア」
遠目にそれを見て女神さまは鼻を鳴らされます。
「あやつら、デキておるのか?」
女神さまでなくとも言いたくなるほどの親密さ具合です。女神さまは二人の死角を回って背後につき、こそっと聞き耳を立てられました。
「……次の植民団の準備も始まってるのだろう?」
「ああ。時期や場所についてはまた神託待ちだ」
「おまえも志願したらどうだ? 開拓の英雄になるんだ」
「あんたみたいに?」
「ああ。やりがいがあるぞ。何より新天地はいい。うるさい老体たちもいないからな」
男性の軽口にテオは笑ったようでした。
「……おれは街を離れない」
「そうか」
テオの頭に男性が大きな手を置くのを見て、女神さまはけっと悪態をつきます。ヤキモチでしょうか。
微笑ましく思っていると、海上で騒ぎが起こりました。小振りの貨物船の上でひしめき集まった者たちが口々に叫んでいます。
「奴隷だな」
目を細めて男性がつぶやき、テオも立ち上がります。
船からさほど離れていない場所に黒い頭が浮き上がってきたのがわかりました。泳ぎが達者な者らしくぐいぐいと波をかき分け岸に向かっていきます。
「逃げられるわけがないのに」
男性の言葉を聞くまでもなく、交易品として運ばれてきた奴隷のひとりが逃げだしたことは明白でした。
「バカ……ッ」
吐き捨てたテオが逃げた奴隷が泳ぎ着こうとしている岸の方へ走りだします。波止場前の倉庫の向こうです。
「ティア」
いつになく固い声音で呼ばれ、わたしがお顔を覗き込むと、女神さまは意地悪く頬を吊り上げて仰せになりました。
「おまえは先に飛んで行ってあの奴隷を見失わないようにしろ。テオのやつを出し抜いてやるのじゃ」
ああもう。何を考えておられるのやら。数日前にはそのテオを口説こうとしたのはどこのどなたやら。
そんな反論をするのも面倒で、わたしは背中のはねをめいっぱい動かして倉庫の屋根の上を目指して飛び上がったのでした。
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