21.身も心も
「わざわざリュキーノスなんぞに化けおって、趣味が悪いぞ」
「だって、普通に来たのじゃおもしろくないじゃない」
「わらわを馬鹿にしに来たのか」
「いつまでも戻ってこないんだもの。何をしてるのかと思って」
まさか農作業や家事をしているとは、と弟君は大仰に肩を持ち上げてみせます。
「やっぱり馬鹿にしに来たのではないかあああっ」
「ファニ?」
女神さまの叫びにかぶせるようにエレナが角から顔を出しました。
「なんでこんなところに……。ねえ、リュキーノスさまは? 一緒にごはんを食べるか訊きたいのだけど、どこ行っちゃったのかな」
エレナには本来のお姿の弟君のことが見えていません。
「……帰った」
「ええっ。そんないきなり……」
納得いかなげにエレナは眉根を寄せます。そんなエレナに弟君が顔を近付け、ふうっと霧の息を吹きかけました。とたんにエレナの表情が変わります。
「そっか。わかった」
素直に頷いて路地を戻っていきます。それを見送り、女神さまははあっと肩を落とされました。
「おぬしもさっさと帰れ。目障りじゃ」
「ひどいなあ、姉上。せっかく応援しにきてあげたのに」
「なにおう」
「人間の男に好かれなくちゃならないのだろう? そんなの簡単だよ。その棒切れみたいな体をお好みな男のところへ行けばいいんだ。ぼくが捜してきてあげるよ」
「愚かじゃなあ、おぬしは」
女神さまは訳知り顔でふるふると頭を振ります。
「そう事は簡単ではないのじゃ。姿かたちを見て好きだと言われてもしようがないのじゃ。わらわの身も心も好いてもらわねばならないようなのじゃ、どうやら」
――わらわを好きか?
下界に落とされた当時、さんざんな目にあってようやく女神さまが悟られたことがそれでした。
「またまたー。こんな棒っきれに恋する男がいるとでも?」
「だろう? まったく父さまも人が悪い……って、誰が棒っきれじゃ!?」
「そりゃあ、姉上の本来の姿なら男を魅了するなんて朝飯前だけど」
女神さまのつっこみはきれいに流し、弟君は「なるほど」とあごに手を当てました。
「外見では気を引けないから、その分中身を磨けよって課題なんじゃないのかな、これは」
ああ、言われてしまいましたか。御自分で気が付かなければ意味はないと、わたしがせっかく黙っていたというのに。
「あっはっは。馬鹿を申すでないわ」
女神さまはそれを豪快に笑い飛ばされました。
「わらわは中身も完璧じゃ! つまりは、ありのままのわらわを愛する男を見付ければ良いということじゃろう? 簡単簡単」
「ううん。そうかな。それは違うと思うんだけど」
「愚弟よ、黙っておれ。姉は程なくまことの愛を得て天上に戻るがゆえ」
はあ、そうですよね。やはり御自分で気付かなければわからないのです。
「簡単って言うけど。それができないからいつまでもぐだぐだしてるのでしょう?」
「なにおうっ」
おふたかたの変わらぬやりとりに、わたしはやれやれと息をつきます。
それで遅れてしまったのです。こちらをじっと見つめている小さな影に感付くのが。
「女神さま。あちらに」
「……ミハイル?」
女神さまが呼びかけます。ですがミハイルは女神さまの頭越し、人間には見えないはずの弟君の姿にじっと見入っていたのです。
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