22.静かな目
実は、思い当たることはそれまでにもありました。
見咎める者などいないからと安心し、わたしが気ままに飛び回っていると、視線を感じることがありました。見えているのではないか? そう感じさせる視線。それはいつもミハイルのものでした。
茶色とも琥珀色とも映える静かな目がわたしを見ている。そう感じてからは、なるたけ死角でおとなしくしているようにはしていました。ミハイルは口に出しては何も言わなかったから、見えているわけではないのだと女神さまのお耳にも入れずにいたのですが。
「その人だあれ?」
普段から口数が少ないせいでしょう。たまに発するミハイルの声は小さくかすれています。
「ぼくのことかい?」
のほほんと弟君が尋ね返します。こっくり頷いて、ミハイルはその静かなまなざしをわたしの方へも向けました。はっと女神さまが瞠目なさいます。
「ミハイル? そこに何がいるのか見えるのか?」
「……小さな人。にじいろの大きなはね。きらきらしてきれい」
「ふうん。見える子なんだね」
そういうこともあるだろう、と弟君は実にのんきにおっしゃいます。
「……ファニはときどき、なんでかとってもきれいに見える。きんいろの髪。みどりの目、神殿の女神さまみたい」
「ミハイル……っ」
ミハイルの言葉に女神さまは感極まったごようすで彼をひしっと抱きしめました。
「良い子じゃのう。良い子じゃ、ミハイル」
「くるしい……」
まだ物足りぬように腕をゆるめ、女神さまはミハイルの前髪を撫でます。
「あの小さな人のなまえは?」
「あれか? あれはティアじゃ」
「ティア……。ティアのことはみんなにはないしょなの?」
「自分が見えぬものを見えると言われても普通は信じないだろ? 面倒なだけだから黙っているのが賢明かのう」
「おかあさんの言ったとおり」
そのとき初めて瞳を揺らして、ミハイルは瞼を伏せました。
「おかあさん、死んじゃう前に言ってた。なにか見えても、見えないふりをするんだよって。見えることがばれると怖いところにつれていかれてしまうかもって」
「ミハイルの母上は聡明じゃ」
いっそう優しくミハイルの頭を撫でて、女神さまは微笑まれました。
「その言い付けをずっと守っていたのじゃな」
「うん」
「ミハイルも賢い子じゃ」
褒められて嬉しかったのか、ミハイルはそっと小さく笑いました。この子が笑うなんて珍しい。それだけに、なんともかわいらしゅうございます。
そのかわいらしい顔のままミハイルは弟君に問いかけました。
「おじさんは……」
「おにいさんだよ」
「……おにいさんは、もう帰っちゃうの?」
「帰るに決まってるだろう。はよう帰れ、しっし」
「って、姉上がおっしゃるからなあ」
「……ぼく、その音を聞きたい」
ミハイルは弟君が持つ竪琴を見つめています。
「これ? そうだなあ、夜になってからじゃないと」
それなら夜までいて、とミハイルは目で訴えます。それは姉上次第だよ、と弟君は女神さまに目をくれます。
三すくみのような状態の中で、女神さまはむうっとくちびるを尖らせたのでありました。
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