60.屁理屈
城壁の外の岩場で過ごしているミマスの元には、いつの間にか傭兵仲間の集団ができていました。
「そんなに実入りの良い戦ではないだろうに」
テオのようなことを言う女神さまにミマスは笑いました。
「そうでもないさ。あのでかい船に乗り込むことができるんだ。みな楽しみにしてるさ。俺たち傭兵を信用して入れるかどうかはわからんが」
「船で移動となれば護衛の弓兵も必要かのう」
「そういうことだ」
ミマスはにやりと口角を上げます。この男は、いつでもどんなときでも自分の腕に自信があるのでしょう。
ハリの弓の腕はといえば、離れた的に中てるくらいのことは確実になったようです。空を飛ぶ鳥となるとまだまだ確率の問題のようですが。
「おぬしが弓を教えたことで、ハリも弓矢を持って戦場に行くようになるのかのう」
「さてな。オレたち平原の者とあんたらとは違いすぎる」
「神が違えば、人も違うのかのう」
聞き取れないほど小さな声で女神さまがこぼします。その声にかぶさって馬蹄の音が近付いてきました。
「ハリ! それにファニだろう?」
馬を駆けてやって来たのはリュキーノスでした。馬上の人に向かってハリが嬉しそうに声をあげます。
「おじさん!」
「久しぶりだなあ。ずいぶん背が伸びたな。それに健康的になった。最後に会った時にはまだガリガリだったもんなあ」
「? 大祭の前にヤマウズラを持って来てくれたよね?」
「は……?」
ぽかんと口を開けるリュキーノスに向かって女神さまが横から大声を上げます。
「何しに来た! 馬なんぞに乗って。おまえも出征するのか!」
「あたりまえだろう。新しい軍船を試すとなったら、腰が引けてる御老体に任せられるか。うちから援軍を出すしな」
女神さまはお顔を少し険しくなさいました。どんどん出兵の規模が大きくなっているような気がします。女神さまもそう思われたのでしょう。
「軍の奴らと話が終わったらテオの家にも行くからな、伝えといてくれ。ところで」
リュキーノスが馬上からミマスを見下ろします。
「おまえは傭兵か? 良い長弓だな。騎兵に付きたいなら俺の従者にならないか? 俺は植民市のリュキーノスだ」
「…………」
ミマスはたっぷり時間をかけて、リュキーノスを観察しました。
「あんたは植民団の英雄なんて呼ばれてる男だろう?」
「らしいな」
「オレは既に英雄なんて言われてる奴には興味ない」
「ほう?」
「オレが用があるのはこれから英雄になる男だ」
「おまえがその男を英雄にするってわけか?」
既に口元をゆるめながらリュキーノスが問いかけます。
「そういうことだ」
しれっとミマスが答えます。するとリュキーノスは我慢できないというふうに爆笑しました。
「あんたみたいのは今どき貴重だよ。俺の下に付いてくれ」
「人の話を聞かない奴だな」
「どのみち、今回出る将でいちばんマシなのは俺だぜ? その長弓で思い切り飛ばしたいなら、指示を出せるのは俺だけだ」
ミマスは考える表情になって黙りました。理想は理想として実利も大事。テオもそうですが、彼らはこの部分が共通するようです。
「考えておく」
唇を曲げてこの場の結論を出したミマスに、リュキーノスは再び愉快そうに笑ってみせました。
「おじさん、新しい軍船を見てきたの?」
大人の話が終わったのを見てとり、ハリがリュキーノスに尋ねます。
「ああ。防水のための松脂(まつやに)の臭いがすごくてな。長くそばにはいられなかったが」
「ありゃあ、ここまで臭ってきてるぞ」
冗談のようなことを言いつつミマスが本気で鼻に皺を寄せます。
「違いない。あの大きさだからな。松脂もすごい量だ」
「おじさんたちは船に乗って行くんだね」
「そうだ。峠越をしなくていい分、体力を温存できる」
「いずれはあの船で海上で戦うのだな」
女神さまのつぶやきにリュキーノスは何の悪意もなく大きく頷きました。
「ああ、すごいぜ。甲板の上でだって隊列を組める。そのうち敵船を攻撃する鉄のかたまりを帆桁から吊るすらしいぜ。すごいだろ」
リュキーノスの声は子どもみたいに弾んでいます。
「新造の船頼みでのんびりしておるが、隣国が先に攻め込んで来たらどうするのだ」
水を差す女神さまのお言葉にもリュキーノスの顔は陰りません。
「向こうには船がない。金がないんだからな。出撃の知らせが届いてから出立したとしても俺たちには十分すぎるくらいだ。神託さまさま、銀山さまさま。ひいては働き頭のテオのおかげだ」
テオの名前が出たので、女神さまはまたリュキーノスにお尋ねになります。
「おまえは神託を信じているのか?」
「良い神託なら信じる。悪い神託なら信じない」
明快な答えに女神さまは顔をしかめられ、ミマスとハリは吹き出しました。
「悪い神託がそのとおりになったときにはどうするのじゃ? 信じなかったことを反省するのか?」
「俺の運が悪かったと納得はするが、反省とは違うかなあ」
あごひげを撫でながらリュキーノスはしたり顔で述べます。
「しかし、俺が信じて実現しなかったことはないからな。それで十分だ。神託のとおりに何か悪いことが起きたとして、俺が信じなかったからだと責められる謂われはない。俺が信じなかったとしても他に信じる奴はいたはずだろう? だったら悪いことを回避できなかったのはそれを信じた奴のせいだ。信じたくせに何もしなかった奴のせいだ。そうじゃないか?」
「屁理屈言いおってからに」
あきれながらも、女神さまはおもしろそうに笑っておられました。
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