34.物思い
「ほう、存外純情なのだなあ、あの娘」
皆が寝静まった後、星々の冠が明るい中庭で女神さまは声をひそめておっしゃいました。
「しかしまあ、テオの不甲斐ないこと。ほんにしようのないやつじゃ」
つぶやきつつ女神さまは微笑まれます。
「見ず知らずの奴隷を救いはしても、自分に縋ってきた女は受け止められないわけか」
「……女神さま、夜気は冷えます。お体に触りますよ。明日も農園に行かれるのならお早くお休みくださいませ」
報告を終えたわたしは、心配でせっつきます。
「ティアは心配性じゃなあ」
女神さまが両の手を広げてくださったので、わたしはそうっとその上に降りました。
「女神さま」
「なんじゃ?」
「テオが気になりますか?」
「そうじゃのう……」
「弟君はテオを半神の方々みたいだっておっしゃっていました」
「ほう?」
女神さまはくちびるの両端を吊り上げて笑われました。
「わが愚弟らしい言い方じゃな。半神の英雄どもは死に絶えてもうおらんからな。あやつは懐かしいのじゃろう。だが、テオなどではとてもとても……」
笑みを消すと、女神さまは哀しそうなお顔をなさいます。
「やつは英雄になることは望まない。わらわはそう思う」
「それはなぜですか?」
「さあなあ……」
「いけない。女神さま、もうお休みになってください」
「わかった、わかった」
ため息混じりに立ち上がり、女神さまは寝床に向かわれたのでした。
翌朝、いつものように一番に起き出して朝食の準備を始めたエレナは、心なしかぼんやりしているようでした。
続いて子どもたちと一緒に中庭に出てきた女神さまは、そんなエレナのようすをしばらく眺めた後、おもむろに口を開かれました。
「テオとアルテミシアのことが気になるのか?」
問われたエレナは、はっと目をぱちぱちさせてから首を横に振ります。
「そんなことない」
そうは言っても、せっかく最近明るくなったと思ったのに今日は元気がありません。女神さまだけでなく、子どもたちも顔を見合わせています。
そろって朝食を食べた後、子どもたちは早々と仕事に出かけていきます。
「エレナ」
最後に残って片付けをしているエレナにテオが声をかけました。
「祭りの間、ポロを連れて帰るから食事と寝床を用意してやってくれるか?」
「ええ。わかった」
テオの顔を見ずにエレナは頷きます。エレナのようすがいつもと違うことに気付きもせずにテオも出かけていきます。
「……」
台所の出入り口からそれを見ていた女神さまが、大きく嘆息なさいました。
そうこうするうちに、いよいよ女神さまを言祝ぐ大祭が始まりました。祭りの期間である七日間、人々は仕事を休んで、飲んで食べて歌います。饗応役の大任に任命されたお金持ちたちが、内心の不満はどうあれ、この際人気取りしてやろうと大盤振る舞いで料理やワインを提供します。
劇場では三日三晩かけて演劇の競技会や、吟遊詩人たちが飛び入りする朗詠の競技会が行われ、無料で鑑賞できるとあってここにも観客が詰めかけます。
神殿の丘を挟んで向こう側の運動競技場では、鍛錬した肉体を誇る男性たちがレスリングや徒競走、その他たくさんの種目の試合に挑みます。これを目当てに近隣の村や国からやって来る人たちも大勢います。
正直に言えば、わたしも少し興奮していたのです。雲の上から見下ろすのとはまるで異なる地上の賑わいに、目が回りそうになっていました。
ですから、女神さまが悪だくみをめぐらせていらっしゃったことに、その時が来るまでまるで気付かずにいたのです。
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