3.お仕置き
「苦しいです、女神さま。もちょっと手をゆるめて下さい」
「ティアー。わらわが酷い目に合っておるというに、今の今までどこにいたのじゃっ?」
「ずうっとおそばにおりましたよ。貴女さまが気が付かれなかっただけです」
「なにおう? そのようなことがあるはずもない。わらわがそなたの気配に気付かぬなど」
そこで女神さまは目を瞠られます。聡明な女神さまはお気が付かれたに違いありません。あるはずもないことがいくつも起こっているのですから。
「まさか父さまの仕業なのか?」
「そのとおりですよー。女神さまを雲の上から蹴飛ばすなんてことできるの、あの方だけですよー」
「くっそー。あの腐れジジイめ!」
「そういうこと言うから、お仕置きを受けることになったのですよ」
「お仕置きじゃと?」
女神さまは目を剥いてわたしを見据えます。
「うるわしの女神たるわらわがこのような姿になったのも?」
「はい」
「神力が使えぬのも?」
「はい」
「自分の名を名乗ることもできぬのも?」
「そうですね……多分、お力が使えないことと関連してでしょうね」
「…………」
女神さまはすとんと肩を落としてしまわれました。ゆるんだ手のひらの間から抜け出して、わたしはぱたぱたと女神さまのお顔の前に行きます。
「わらわはさしずめ『名を秘められた女神』というところか。それはそれで、そそられるのう。くふふ」
何を考えておられるのやら。
「えーとですね。それでは父神さまからのご伝言を伝えますよ」
「う、うむ。申してみよ」
「……うるわしの娘よ。そなたは神々の世界においても抜きん出て容姿に優れ、また聡明であるからといってちいと傲慢が過ぎるようじゃ。おまえには慈愛というものが足りない。であるからして、しばし無力な人の姿で下界で過ごしてみよ。いろいろ勉強になることであろう……ということにございます」
「へぇー…………ほぉー…………ふぅーん」
とっても適当に相槌を打って、女神さまは目を細めて腕組をされます。
「そんな取って付けたようなことはどうでもよい。父さまのことだから、わらわが天上に戻るための条件を何か付けたはずじゃ。早く申せ」
さすがわたしの光り輝く御方。女神さまはお見通しでいらっしゃいます。
「それはですね……今のお姿の貴女さまが、人間の男性に心から好かれたら、元のお姿に戻ることができるだろう、ということにございます」
「あっはっは。なんじゃそんなの。簡単、簡単」
けらけら笑って女神さまはすっくと立ち上がります。
「どんな無理難題かと思いきや。父さまのアタマもさびが付いたかのう。まっこと嘆かわしいことじゃ」
すいすいと裏路地を戻り、合流した路地で出会った青年に声をかけます。
「やい、おまえ。わらわのことが好きであろう」
冥界まで突き抜けてしまいそうな沈黙の後、青年は吐き捨てました。
「いや。オレ、しょんべん臭いガキには興味ないから」
まあ、そうですよね。わたしは非常に納得しましたが、女神さまは納得されません。
「どうして、どうしてじゃあぁー!!」
まことに嘆かわしいことにございます。
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