4.初めての屈辱

「おい、おまえ。わらわを好きであろう」

「はあ? こまっしゃくれたガキが。出るとこ出てから言え」


「そこのおまえ。わらわを好きと言え」

「出すもん出すならな」


「ああ、もう! おまえでいい! そこのおジジ。わらわをどう思う」

「かわいいなあ。お菓子あげようか」

「わらわを好きか?」

「もちろん好きですよ。お菓子をあげるから……」

 露骨に気持ち悪い笑顔に、女神さまも逃げだします。


「ふむ。『好き』と言葉にされればよいというわけではないのだな」

「それくらい試さなくても気付きましょうよー。大神さまは『心から好かれたら』っておっしゃったのですから」

「うーむ……」

 再び道端にしゃがみこんで女神さまは唸っています。


「それにしてもオカシイではないか。わらわはうるわしの女神。誰もがわらわの姿に魅了されるはずじゃ。なのにこの仕打ちはどうしたことか。この街の男たちは目がおかしくなったのではないのか?」

「でーすーかーらー」

 はあっとわたしは女神さまのまわりを一周します。


「今のご自分のお姿わかってます? 顔は、まあ、そのままお小さくなっただけですからね。普通にしてれば可愛らしゅうございますが。胸はぺったんこ、おしりもぺったんこ、寸胴体形の何の色気もないお子ちゃまですよ? 幼女に手を出すほど困ってはいないということで、街の男性たちの余裕っぷりを喜ぶべきなのでは?」

「ううむ。この姿を心から好きだとぬかす奴を探し出すのは困難を極めるわけだな。父さまも意地が悪いことをなされる」

 いえいえ、そういうことではないでしょうに。思いましたが、それを教えてさしあげるのは憚られました。ご本人が気付かなければならないことでしょう。


 くうぅっとなんとも頼りなく小さなおからだのお腹が鳴ります。

「腹が減ったのう」

 さんざん住宅区を歩き回って疾うに昼は過ぎております。じきに太陽は傾き出すでしょう。

「ねえねえ、女神さま。先程のテオの家に戻りましょうよ」

「む。何故じゃ? あのような無礼者に用はない。あやつこそわらわを最大限に侮辱したのだぞ」

 そうとう「ちんちくりん」を根に持っているようにございます。


「そうはおっしゃいましてもね。このようすではしばらく地上で暮らさなければならないでしょう。差し当たって、今夜の宿はどうするおつもりですか? 野宿ですか? そのようなお小さいおからだでは危ないですよ。そうでなくても人の体は脆いのです。お体を壊されては何もできなくなりますよ」

「ううむ……」

「あの者は口は悪うございますが親切者なようです。リンゴをかたにされたようで屈辱ではありましょうが、これも縁と考えて軒先ぐらい借りられた方がよろしいのでは?」

「むむむ……」

「ね? 戻りましょうよ」


 相変わらず難しい顔をしたまま女神さまは動こうとはされません。

「女神さま……実はさっきから思ってたのですが、よもや道に迷われたなどということは……」

「ばかを申すな!」

 威勢よく立ち上がって女神さまは腰に手を当てます。

「わらわはうるわしの守護神。この街を毎日毎日見守っておるのじゃぞ。この街のようすは目をつぶっていてもわかる」

「で、ですよね……」


 そのままの勢いで歩き始めはしたものの、どう見ても迷子になってるとしか思えません。一度広場に出た方が良いのでしょうが、それすらもできないごようすです。

 なにせ住宅区の狭い路地は網の目のように入り組んでいます。比較的広い路地でも繋がってはいないのです。天上からご覧になっているのと、こうして地に足を付けているのとではまったく違うはずです。


 うろうろ歩き回っている間に影が長くなってきます。女神さまは黙り込んだままですが、おからだもさぞお疲れのことでしょう。

 度重なる不遇の出来事に女神さまは意固地になっていらっしゃるようですが、そろそろ手助けした方が良いようです。道を教えて差し上げるくらいどうということもないでしょう。


 わたしが飛び上がって道を探しに行こうとしたとき、声がしました。

「おい、ちんちくりん。こんなとこで何してる?」

 明るい金髪を西日に透かして、テオが立っていました。

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