31.衝撃!?
「ほら、さっさと歩きなさいな。うまくまこうとしたって無駄ですからね」
むんずと女神さまとデニスの腕を握ってアルテミシアは高飛車にのたまいます。金茶の巻き毛を隠すようにかぶった布の下で、彼女の目が爛々と輝いています。女神さまもびっくりの目力です。
ふたりの保護人の元に案内しろと言ってきかないアルテミシアを、仕方なくテオの家へと連れて行く途中でした。
禁域で乙女たちを覗き見るという大罪を犯した女神さまとデニスではありましたが、未成年の子どもがしたこと、見逃してやってもいいが保護人に一言言ってやりたい、とアルテミシアが主張したのです。
デニスの雇い主であり、覗き見に行くのを知っていながら送り出した禿ちょろびんの男性に責任を押し付けても良かったのですが、デニスがそれを良しとしませんでした。
テオに知られて叱られるのはごめんだと女神さまは反対されましたが、この時間ならどうせまだテオは帰ってきていない、それであきらめてもらおうとデニスは画策したのです。
それで女神さまも納得して、今に至るというわけです。
それにしてもこのアルテミシア、祭礼の最重要の任務を担う〈聖衣の乙女〉に選ばれるくらいの名家の娘でありながら、たいした行動力です。深窓の令嬢には無縁であろう路地裏を、美しくひだの寄った衣の裾をなびかせてずんずん歩いていきます。布をかぶって頭を隠していても場違いな身分の人間であることはバレバレです。
それに比べて我が女神さまときたら、すっかり路地裏の暮らしが板についてしまって……。
「え、この家なの?」
アルテミシアが声をあげます。なにやら驚いたようすの彼女をデニスがきょとんと見上げています。
「もう、いいだろう」
アルテミシアの手を振りほどいて女神さまは先に庭に入っていかれます。
「こっちです」
続いてデニスがアルテミシアの腕を引いて入っていくと、エレナが目を丸くして井戸端から立ち上がりました。
「あの、この子たちが何か?」
尋ねるエレナに返事もせずにアルテミシアはじろじろと庭や家屋を眺めまわし、それから視線を戻してエレナの頭からつま先までを観察しました。
「テオは?」
ぽってりした唇から、いきなり名前が飛び出します。
「ここはテオの家でしょう。テオはいないの?」
「テオのお知り合いですか?」
「そうよ」
デニスと女神さまが目と目を合わせます。女神さまが眉をひそめるのに、デニスもぶんぶんと首を横に振ります。アルテミシアがテオを知っているなど、思いもよらないことでした。
「あなたたちはここに住んでいるの?」
「そうですけど……」
「ふうん」
唇に指をあててアルテミシアは思わし気に目を細めます。
「あの……」
「わたくしはアルテミシア。テオの許嫁(いいなずけ)よ」
エレナに皆まで言わせず、アルテミシアは一気に吐き出しました。そのけん制する口振りといったら。
ますます目を丸くするデニスに、同じように目を見開いて口元に両手をあてるエレナ。その陰で、女神さまがおもしろそうににんまりされるのをわたしはしっかり目撃したのでありました。
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