第一話 女神墜落
1.落ちて来た幼女
広場の片隅、こんもりと積まれたりんごの中に女神さまは突っ込みました。
りんごの山の中で窒息しそうになりながら、手足をジタバタしてどうにかこうにかしておからだを上げられます。
「なんじゃ? どうなっておるのじゃ?」
今の今まで見下ろしていた下界にいるのです。そのことには気が付きはしたものの、どうして御自分がこのような目に合われているのかわからないごようすです。
「それはこっちのセリフだ!」
リンゴの持ち主の中年の男性が顔を真っ赤にして怒鳴っています。
「このガキ、どっから降ってきやがった」
「なにおう? わらわに向かって何という口のききかたじゃ。この鼻でかが」
人の悪口は女神さまの七つの特技のひとつです。
もちろん男性は怒り心頭でぐいっと女神さまの片腕を取りおからだを引っ張り上げました。
「売り物のリンゴを駄目にしてくれたんだ。体で払ってもらうぞ」
「こいつう、言ってわからぬのなら……」
すぐに力で解決しようとされるのも、女神さまの七つの特技のひとつです。
女神さまがもう片方の手を振りかざした時、三人目の声が割って入ってきました。
「おっさん、許してくれよ」
「あ?」
「そいつが駄目にしたリンゴを買い取るから」
明るい金髪の少年が、手にしていた篭を足元に置いてこぶしを突き出しています。
「より分けてこっちに寄越してくれ。これで足りるだろ」
広げた手のひらからお金を受け取り、でか鼻の男性は女神さまの腕を放しました。
すとんと地面に下りた女神さまの二の腕を、今度は金髪の少年がしっかりと握ります。
「何の真似だ?」
「なにが」
「放さぬか、無礼者」
「おい、口のきき方に気をつけろ。おれは今、おまえのご主人様になったんだぞ」
「な……っ」
あまりのことに女神さまは言葉を詰まらせ、口をぱくぱくしています。
その間にリンゴでいっぱいになった篭を小脇に抱え、少年は女神さまを引きずってずんずんと歩き始めました。
「こら、放せと言うに! わらわをどこに連れて行くつもりじゃ」
「どこに連れてこうが勝手だろ。おれがリンゴの代金を払ってやったからおまえは売られずに済んだ。つまり、おれがおまえを買ったんだ」
「なんじゃ、それはああぁぁ!」
女神さまが目を白黒させるのも仕方ないでしょう。女神たる御身がリンゴごときの値段で売り買いされてしまったのですから。
「ええい、いいから放せ。放さんか、このすっとこどっこい!」
女神さまの罵倒もなんのその、少年は広場を抜けて居住区の方へと進んで行きます。
しびれを切らした女神さまは、遂に空いている方の手のひらを少年の頭部に向かってかざしました。
ところが、お力の御験(みしるし)である光球が発現しません。これにはさすがの女神さまも愕然としたごようすです。神が神たる証であるお力が発現できないとは。
呆然とご自分の手のひらを見つめ、女神さまはそこでようやく大きな異変にお気が付かれたようでした。
おかしいとはお思いになっていたに違いありません。女神たるお方が目の前を歩く少年の頭を見上げているのですから。
「待て。……待て!」
先程までとは異なる切迫した叫びに、少年は女神さまの腕から手は離さないまま立ち止まりました。
「なんだ?」
振り返った少年に向かってご自分の胸を示しながら、女神さまは狂おしく問いかけます。
「そなた、わらわの姿をどう思う? わらわこそはうるわしの女神であるぞ。ほれ、どう思う?」
「……なにが『うるわしの』だ」
心底呆れたようすで少年は鼻を鳴らします。
「貧相な胸のちんちくりんが」
なんともまあ、女神さまに負けず劣らず悪口が上手なようです、この御仁は。
「行くぞ、ガキ」
もはや言い返す余裕もなく、女神さまは小さくなったおからだを少年に引きずられて行きます。
「な、な、なんじゃ、こりゃああぁぁ!!」
女神さまの絶叫が再びこだましました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます