24.夕暮れ時の
城壁に接した陶工区の路地裏は、傾いた日差しがすでに遮られ薄暗くなっていました。お店を営む家々の軒先でランプが灯っています。
陶磁器の工房が並ぶ通りに、案の定エレナの姿がありました。胸毛の濃い男性に絡まれています。大変です。
いつものように上空からエレナを見付けたわたしは、慌てて女神さまにご報告しました。
「エレナの危機じゃ!」
心持ち声を弾ませ女神さまは駆けだします。今回は薄暗くてコントロールに自信がなかったのでしょう。走り寄った勢いそのままに、女神さまは胸毛の濃い男性に体当たりなさいました。
「おお。姉上カッコいい」
「もう。また危ないことをなさって」
そのまま足を蹴りあげて攻撃する女神さまに胸毛の濃い男性が逆上します。
「生意気なちんちくりんめ!」
「誰が生意気じゃああ!」
あれ? 怒るとこ違ってませんか?
「小汚い手でエレナに触るな!」
「ああ? こんなとこにぽつんと立ってたら客引きだと思うのは当然だろう?」
まあ、そうだよね。わたしの隣で弟君が独り言ちます。この陶工区には公の娼館があります。この男性はそれを目当てにやってきたのでしょう。
「エレナは違うと言うとろうが!」
「まあまあ、あんた」
騒ぎのようすを見ていた通りすがりの男性が取りなしに入ってくれました。
「こんな棒っきれみたいな娘たち相手にムキになるなよ。出るとこ出たイイ女がいる店教えてやるから」
「そ、そうだな」
胸毛の濃い男性は顔を赤らめて踵を返しました。
「こんな時間に出歩くおまえたちが悪いんだぞ」
取りなしてくれた男性がそっけなく女神さまたちに言い捨てます。エレナは真っ赤な顔で涙目のまま、その男性に向かって深々と頭を下げたのでした。
「女職人を捜しに行ったのじゃな」
「うん……」
くすんと鼻をすすりながらエレナは頷きます。
「言ってくれれば一緒に行ったのに」
帰る道すがら、くちびるを尖らせて怒る女神さまにエレナはごめんね、と力なくつぶやきました。
「家事もあるし、すぐ戻るつもりだったの。でもあの女の人が見付からなくて、なかなか踏ん切りがつかなくて。留守にしてるおうちの人かもしれない。戻ってくるかなって、待ってみようかなって。気が付いたらこんな時間に……」
「しようがないのう」
「ごめんなさい」
また謝るエレナの頬に、女神さまはぺとっと手のひらをそえられました。
「謝るな。別にそなたは悪いことはしておらぬ」
「でも……」
「でもそうじゃな。はっきり言わないことはエレナが悪い。自分の望みははっきりと口に出すのじゃ」
「でも……」
「テオに話す前に弟子入りを頼もうとしたのだな?」
女神さまのご推察にエレナは目を瞠ってから恥ずかしそうに頷きました。
「わがままを言うのなら、自分でしっかりやってからだって思ったの」
外堀を埋めてからとも言えましょう。密かに行いたかったのに失敗したからエレナは恥じ入っているのでしょう。
女神さまは嘆息なさってそれ以上は何もおっしゃいませんでした。
黙ったままふたりはテオの家に帰ります。わたしもいつものように静かに女神さまの肩の上を飛び、弟君はいまだにものめずらしそうに路地のあちこちを眺めておられました。
住宅区はかろうじて西日が差して、家々のかまどからの煙が暮色の空へとのぼっていました。
「急いでごはん作らないとね」
気を取り直すようにエレナが口を開き、女神さまもそれに応じようとなされたとき、先を歩いていたエレナの足がぴたりと止まりました。
家の前、明るい金髪に斜陽を反射させながら、テオが怖い顔をして立っていました。
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