7.パンのために




 二日経ち、三日が経って女神さまは気付かれました。その日の朝の食事は干リンゴだけでした。夕食もまた干リンゴだけです。

 今宵はテオはまだ帰ってきていません。えばりんぼがいないことで気がゆるんだのか、女神さまは子どもたちに尋ねてしまいました。


「おまえたち。たまにはパンを食べたくないのか?」

「パンなら、まかないでもらってるよ」

「もっとたくさん食べたくはないのか?」

 子どもたちはぱちぱちと瞬きを繰り返し、エレナも困ったように微笑んでいます。

 それで女神さまは気付かれたようです。あのリンゴを買ったお金は、パンや豆や大麦や、もっと他の食料を買うためのお金だったのでしょう。


「わらわのせいか?」

「気にしなくていいんだよ」

 エレナが優しく笑います。

「テオはいつもそうだから」

 子どもたちもうんうんと頷いています。

「おまえたちもわらわのようにこの家に来たのか?」

 再びこくこく頷く子どもたち。


 なるほど。テオは想像通りの親切者なようです。それにしてもたいしたものです。

 あの年頃の少年は普通、働かずに父親について政治や商業や軍事に関することを学ぶものです。それか戦に備えて体を鍛錬するか。市民にとって重要なのは戦に出ることなのですから。


 ですがテオは違います。

「テオは頭が良いから銀山でも人を使ってるんだよ」

 エレナが自慢げに話していました。だからこうして身寄りのない子どもたちの面倒を見ることができるのでしょうが、テオ自身はどういう出自の者なのか気になるところであります。


 わたしがテオのことであれこれ頭を使っている一方で、女神さまはひたすらパンのことを気にしていたのでした。

「ちょっと出てくる」

 夕食の後、路地に駆けだした女神さまをわたしは慌てて追いかけます。


「どうなされたのですか?」

「パンじゃ、パンを手に入れる」

「ええ? そんな、あの子たちは女神さまのせいだなんて思ってませんよ。本当に良い子たちです」

「だからこそパンを手に入れる」

「ええー、どうしちゃったんですか」

 女神さまが誰かのために動くだなんて、どうかしちゃったとしか思えません。


「うるさい。わらわがそうしたいのじゃ」

「はいはい。でもですね、どうするんですか? お金なんか持ってないですよね?」

「金などなくても手に入る」

 女神さまは可愛らしいくちびるを吊り上げてにたりと微笑まれます。

 こうして地に足を付けて暮らすのは初めてだし、平民の貧しい生活に驚かれた女神さまではありましたが、当然ご存知なこともたくさんあるのです。

 それを実践されるため、女神さまは夕闇が濃くなる裏路地を広場に向かったのでございます。





 小さなおからだには手に余るだろう篭いっぱいに女神さまがパンを持って戻ってきたのを見て、エレナは目を丸くしました。

「どうしたの? これ?」

「体で贖った」

 女神さまのお言葉にエレナは凍り付きます。

「たいしたことではない。金持ちのおジジが、足を舐めさせてやったらパンをくれるというから、そうさせてやっただけじゃ」


「なんてことをしたんだっ!」

 女神さまの背後にいつの間にかテオがいました。今帰ってきたようです。

 月明かりとエレナが手にした乏しい灯りの中で、テオの顔は暗く、たいそう歪んで見えました。

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