第21話 夢渡り

物理法則に従い、志乃と司は落下していく。急斜面の崖を蹴り、崖下に降りていく。

眼前にはみどりあふれる木々がならんでいた。

だが、二人には自分たちを突き刺そうとする槍に見えた。

この落下速度で木々に衝突すれば刺殺をまぬがれないだろう。

驚異的な反射神経と身体能力で司はそれを回避する。

深緑の木のひとつを蹴り、斜め下に飛ぶ。さらに、対角線上の木を蹴る。それを何度か繰り返し、司たちは着地した。

「怪我はないか」

と司は志乃に聞いた。

「はい」

普通の人間なら死んでいてもおかしくない高さから飛び降りたというのに、志乃の体にはかすり傷ひとつなかった。

大木の根元に腰をおろし、二人はしばしの休息をとることにした。

人形たちとの戦闘と鬼斬り丸の使用により、司はかなり疲労したいた。

目を閉じ、集中して睡眠をとる。司は集中することによってごく短時間の睡眠で回復する術を会得していた。

それほど志乃は疲れていなかったが、司によりかかり、目を閉じた。


気がついたとき、志乃は見たこともない世界にいた。

陽射しがまぶしく、暑かった。

黙っていても汗が吹き出す。

街は瓦礫だらけであった。

建物の大半が崩れ、ほとんど原型をとどめていなかった。

破れて、焦げた衣服を着た子供が歩いていた。

とぼとぼと歩いている。

がくりと膝を落とし、子供は倒れた。

子供は大量の血を吐き、何度かけいれんした後、動かなくなってしまった。

子供にかけより、志乃はその姿を見た。火傷だらけの子供は、皮膚がただれ、体の中身が、骨や内蔵がむき出しになっていた。

息をつまらせ、悲鳴にならない悲鳴を志乃は上げた。

よく見ると周囲はその子供と同じような死体であふれていた。

服のすそを引っ張る感触があったので、その方向を見た。

コバヤシ少女であった。彼女は志乃の体にしがみついていた。

少女の瞳は恐怖で濡れていた。

やがて、雨が降ってきた。

冷たい雨だった。

顔についた雨を、志乃は手でぬぐった。

その水滴は黒かった。


大きな傘を持った人物が現れた。和服姿の背の高い老人であった。彼はもう一本傘を持っていた。

老人はその傘を志乃に手渡した。

志乃はその傘を受け取り、広げた。

「みましたか。これが未来のこの国の姿なのです」

低い声で、老人は言った。

志乃は老人の顔を見た。柔和そうな笑顔を浮かべていたが、目は悲しげであった。

「私の名はオニサブロウと言います。ヨリシロのお二人がた。私たちにはあなた達が必要なのです。このような未来を変えるために……」

老人はそう名乗り、シワだらけの手を志乃にさしだした。

金田一が言っていた人物と同じ名前だ。志乃

は警戒した。この手を握ってはいけない。握ったら最後、司たちのもとにもどれない気がした。

「どうしました。あなたがこの手を握り、私たちと共ににこなければ、そう遠くない未来、この国は、このようになるのですよ」

老人は言った。優しい口調であったが、その言葉には説明のしようのない説得力があった。

悲惨な未来。

人が簡単に死んでいき、街が破壊され、絶望が支配する世界。

何故、このような世界になるのか。

志乃にはその理由がわからない。

だが、老人オニサブロウは言う。

彼の手を握りかえせば、この未来を回避することができると。

あのかわいそうな死にかたをした子供を、死なせずにすむことができるかも知れない。

老人の目には不思議な魅力があった。彼の言うとおりにするのが正しいことだ思わせる。

志乃はゆっくりと手を伸ばし、オニサブロウの手を握ろうとした。

「ダメ、ダメ」

コバヤシ少女が泣きながら言い、志乃を止めようとする。その声は遠くで聞こえるラジオ放送のようで、志乃のこころを止めることはできない。

「それはいかんな」

老人か若者か、男か女か、よく分からない声がした。そのどれもがいりまじったようなそんな声であった。

とがった赤い爪の生えた手で、志乃の細い手を掴んだ。

声の方を志乃は見た。

燃えるような赤い髪。あやしいまでに美しい顔立ち。紫色の瞳。司の鬼眼と同じものだ。そして、額には二本の角が生えていた。

その目を見た瞬間、志乃は正気に戻った。

「わ、私」

キョロキョロと周りを見る。

赤い髪の鬼は志乃とオニサブロウの間にわって入った。

「人間の未来などに興味はないが、この者は宿主が護ると決めた人物らしいでのう。どこぞの馬のほねとも知らぬものには渡せぬのだよ。まあ、そういう約束なので許してたもれ」

鬼はフフッとあやしい笑みを浮かべ、そう言った。

「軍人さんの中の人」

嬉しそうにコバヤシ少女が言った。

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