第30話ゼペット一座

「やはり、革命には闘争が必要なのか。貴君らの考えはよくわかった。平和で平等な世界よりも、くだらない人間の感情のほうが大事だというのだな」

目をつむり、北一輝は言った。

「ええ、そうよ。苦しみ、悩みながら、一歩ずつでも前進していく。思考を捨て家畜のようにいきるより、私は断然、尊いと思うわ」

そう志乃は言う。

彼の右手にはあの夢の世界で、朱天からもらった爪が握られていた。

これを握っていると不思議と勇気がわいてきた。

「良いだろう。ならば闘争にて決着をつけよう。理想は血によってのみつくられる。集え、我が下僕たちよ」

そう叫び、北一輝は天に右腕を突き上げた。

天空から猛烈なスピードでなにかが舞い降りてくる。

地響をたて、彼らは着地する。

土煙が舞い上がり、視界が暗くなる。

巨大ななにかが、司たちの目の前にに現れた。

その者の両肩には何者かが、座っていた。

司は目を凝らして、彼らを見る。

巨大な何かは、鯨の顔をしていた。

体長は二メートル強といったところか。

ふしゅーと霧のような息を吐き出す。

背広にシルクハットという出で立ちだ。

白目の多い目で司たちをにらんだ。

「白鯨のモンストロ推参」

内臓に響くほどの低い声で鯨頭人身の巨人は言った。

シュウシュウと歯の隙間から熱風のような息をもらしていた。

モンストロを名乗る巨人の右肩から、ひらりと何者かが飛び降りる。

今度は150センチほどの小柄な人物であった。二足歩行の猫と例えればいいだろうか。

黒猫であった。

瞳も黒い。

ハンチング帽を浅くかぶり、ベストだけを着ていた。

「我輩は黒猫のフィガロと申します」

黒猫はそう言い、シャーと鳴いた。

日傘を広げ、優雅に舞い降りたのは、金魚のクレオであった。

かのメリーポピンズのようだ。

「ご存知だと思うけど、私は愛らしい金魚のクレオ。当一座のヒロインでございます」

スカートの両端を指でつまみ、お辞儀をする。

どこかの貴族の令嬢のような仕草だ。

「ああ、やはり君は美しいよクレオ」

わざとらしい演技で黒猫のフィガロは言った。

「しってますわ」

とクレオがこたえる。

「小生をわすれてもらっては困るね」

その声は人でないものが、無理やり人まねをして発声している、そんな印象であった。

ひらりと空中で回転し、声の主は着地した。

虫の顔に人の体。タキシードを着用し、右手にはコウモリ傘をひっかけていた。

「小生はコオロギのクリケット。あなた方を死の国へとご案内いたしましょう」

がさがさと聞きとりにくい声でコオロギ男はそう言い、深々と頭を下げた。

「さあ、真打ち登場さ」

透き通る声とはこのことだろう。

彼は瞬時に司たちの目の前にいた。

文字通り、いきなり現れたのだ。

そこには絵に書いたようなイタリアの伊達男がいた。

黒い髪を整髪料でなでつけ、端正な顔に微笑を浮かべていた。

他のものが、どこかつくりものめいた印象を受けるのに対し、彼は完璧な人間であった。

「僕は人形ピノキオ。この一座の主役さ」

爽やに微笑み、彼は言った。


無言で阿修羅の手袋をはめ、司は身構えた。

彼を頂点に右に剣客滝沢、左に退魔士平井夢子がたち、志乃を守るような陣形をとる。


ふっと風が吹いたように彼らは感じた。


氷のように冷たいなにかを志乃は首筋に感じた。

それは人形ピノキオの白い手であった。

いつの間にか彼は司たちの背後にまわり、志乃の首にてをかけていた。

すかさず手刀をピノキオに叩きつける。

手袋の梵字が光り、司の両の目が紫色に輝く。

鋭い手刀が振り下ろされたとき、すでに人形ピノキオはそこにはいなかった。

「僕は声よりも速く動けるのさ」

ハハハッと乾いた笑いをし、人形ピノキオは言った。

「最後通牒だ。降伏すれば、命だけは、助けてやろう」

余裕の表情で北一輝は言った。

「お情け深いのですね、ゼペット様」

そう言い、金魚のクレオは北一輝の腕に抱きついた。

その光景を黒猫のフィガロは羨ましそうに指をくわえて見ていた。

「おおっ我が主よ、なんと慈悲深いことか」

耳障りな声でコオロギのクリケットは北一輝を称える。

どうやら、当代のゼペットとは北一輝のことのようだ。

「降伏などせん。そんなつもりなら最初からこの場には来ぬ」

司は言った。

それが彼らの総意であった。


何故、私は守られているだけなのだろうか。

朱天からもらった爪を強く握り、志乃は思った。あまりに強く握ったため、皮膚に食い込み血が流れ、爪に染み込んでいく。

できることなら、自分も戦いたい。司たちだけに命をかけさせるのは申し訳ない。

司たちはなんの利益にもならないのに、命をかけ戦ってくれている。

ほんの少しでもいい、彼らの力になりたい。

志乃は心から思った。


「血の契約は成された。おまえに力をかそう」


声がした。

志乃は左右を見渡す。

だが、その声を発したものはいない。

「ここだ」

短いその声の後、志乃の目の前の地面が青い炎によって包まれた。

炎は全く熱くはなかった。

ゆらりと炎の中から一人の男が立ち上がった。

額には巨大な一本の角を生やし、髪は青色をしていた。

そして左腕はなかった。

「我が名は茨木。源氏のものと並び立つは業腹ではあるが、血の契約ならば仕方あるまい。最上志乃よ、貴様を守ってやろう」

隻腕の青鬼はそう志乃に言った。

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