第7話 志乃の夢

志乃は夢を見ていた。

幼き日から今にいたるまでの夢だ。

彼は東北のとある山村の富農の家に生まれた。傍流ではあるが大名の最上家に血がつながる名門の家であった。


その家にはとある風習があった。

跡取りの男子は七才まで、女子の姿で育てるというものであった。

子供の魂は七才になるまで身体に定着しない。もし、死神が迎えに来たとき、彼らは男女の性を間違えるとその場を立ち去るという言い伝えがその村にあった。


志乃は七才までは女の子として育てられた。思えば、その時期が一番幸せだったのかもしれない。

七才を過ぎ、男の姿に戻るとき、彼は違和感をもった。

なぜ、私は女の子ではないのかと。

人形遊びが好きだった。姉と遊ぶのが好きだった。

好きになるのは村の男の子だった。

自分の頭は、どうかしてるのだろうか。


十八才になったとき、親の決めた相手と結婚することになった。

志乃は嫌で嫌でしかたなかった。

彼には心に決めた相手がいた。

村の猟師の若者であった。

猟師の若者も美しい志乃を好いていた。


彼は言った。

「二人で村を出ようと」


駆け落ちをしようと二人は試みた。だが、未熟な二人の計画はすぐに志乃の父親の知るところになった。

激怒した父親はあろうことか猟師の若者を日本刀で惨殺してしまった。

志乃は座しき牢に閉じ込められた。

いまだ、封建主義の残るこの村では権力者である父親をとがめる人はいなかった。

志乃は毎日のように折檻を受けた。

「この恥知らず、けがわらしい愚か者、死んでしまえ」

と。

本当にこのまま暴力を受け続ければ、死んでしまうのではないかと志乃は思った。

それをみかねた姉はある日、志乃を逃がすことにした。

牢の扉を開け、現金と着替えを詰め込んだ旅行鞄を持たせた。その鞄は今も愛用している。

「ありがとう、姉さん。でもこんなことをしたら姉さんも……」

「私のことは気にしないで。それよりも、志乃、このままではあなたは死んでしまうわ。早くお逃げ」

そう言い、志乃の姉は真夜中に彼を村から逃がした。


帝都行きの列車に志乃は乗った。

頼るもののない旅であった。

生き残るためだけに出た旅であった。


初めて見る帝都は夢か幻のように志乃には輝いて見えた。

派手にきがざったモダンガールやモダンボーイが街を闊歩していた。

見上げるほどにそびえ立つビルディングが林立していた。

しかし、お金のない志乃にとって都会のそれらは何の意味をもたなかった。

空腹の身で路地裏に座っていると、外国人宣教師が声をかけてきた。

それが、ジョージ・アストレイド神父であった。

彼は言った。

「教会の手伝いをするならば、食事を与えましょう」

志乃に選択肢はなかった。


彼は、教会で働くことになった。街の子供たちに文字や音楽を教えたり、貧しいひとたちのために炊き出しの料理をつくったり。生活はそれなりに忙しく、だが、充実していた。

なぜだかわからないが、志乃は女中の格好をさせられた。ただ、それは、けっして嫌なものではなかった。


教会に来て数日後の夜、志乃はジョージ神父に呼ばれた。

服を脱ぐように命じられた。

ジョージ神父は志乃の白い背中に針を当てた。ちいさな傷に墨をいれていく。

それは、激痛であったが、志乃は耐えた。

神父のすることには、すべて耐えようと。

そのあと、神父は

「すまない、すまない」

といい、志乃を抱いた。

それは、何日も続いた。

いつの日か、針の痛みも快楽へとかわっていった。

こんな日が毎日つづくのだろうか。それはそれでかまわないと思った。


だが、終わりは突然だった。


史上類のみない地震が起きた。

関東大震災だ。

ジョージ神父は志乃を逃がし、瓦礫の下敷きとなって死んでしまった。


志乃は目を覚ました。いったいどれほど眠ったのか見当もつかない。とんでもない目にあったような気がする。

ちらりと横を見ると、黒い軍服を着た男がソファーに座っていた。

その姿を見て、志乃のこころは安堵の感情で満たされた。




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