第6話 休息

広く、清潔な部屋だった。ベッドにソファー、テーブルなど調度品は必要最低限のものだけがおかれていた。

急な来訪にも関わらず、滝沢が用意した部屋は、司の好みのものであった。

聖都ホテルはいくらでも豪華な部屋はあるが、そんなところは司は落ち着かない。それは、夢子も同様であった。

志乃をベッドに寝かし、司は夢子が用意したお湯とタオルで身体を隅々まで拭いた。

彼はずっと眠ったままだ。

夢子の見立てではまる1日は眠り続けているということであった。

彼は静かに寝息をたてている。

病的に白く、きめのこまかい肌を拭いていく。

「ほんとに男のひとなんですかね」

羨ましそうに夢子は言った。

ただ、一部分だけがそうではなかった。

それは背中であった。

背中一面にびっしりと複雑怪奇な文字と紋様が刻まれていた。おそらくは入れ墨であろう。六芒星の模様を中心に見たこともない文字やアルファベット、アラビア数字が描かれていた。

「読めるか、夢子」

司はきいた。

まじまじと背中の入れ墨を夢子は目をほそめ、みつめる。

「72……王……約束……」

頭をバリバリと両手でかきだした。

「すいません、司さま。難しくて読めません。おそらくは西洋黒魔術の召喚陣だと思うんですけど、専門外なもので。お師匠さまなら読めるかもしれませんけど」

夢子は言った。

「72といえばかつてソロモン王が使役した魔王たちの数字と同じだ。六芒星は別名ソロモンの星。おそらくはこの召喚陣はそれらの魔王を現実世界に呼び出すものだろう……」

顎さきを指でなでながら、司は言った。

「司さま、読めるんですか」

「いや、読めないよ夢子。ただおまえが言った言葉とこの背中の紋様を見て推測したにすぎん。それにだ、小野寺のレポートにもあっただろう。この最上志乃が身をよせていた教会の神父、ジョージ・アストレイドだが、彼の出自はイングランドでも有数の魔術士の家系だ」

「そうですね、でも魔術士の家系のひとがなんで神父なんかやってたんですかね」

「これは推測というより想像なんだか、ジョージ神父は悪魔崇拝主義者だったのではないか。表向きはカトリックの神父をよそおいながら……」

「だから志乃さんの背中に召喚陣を刻んだ」

夢子は難しい顔で、大きな胸の前で腕をくんだ。

「こんなの背中にしょってたらいろんなとこから狙われますね」

と言った。

「とりあえず、お師匠さま呼んだ方がいいですね。くわしく解読してもらいましょう。話はそこからですね。あの出不精で面倒くさがり屋のお師匠さまでも司さまの頼みなら、喜んで来るでしょう」

と夢子。

「私は彼が苦手なんだか……」

司は言う。

「苦手もへちまもありませんよ。ことは急を要します。人道に関わる問題でもありますよ」

人差し指をたて、夢子は言った。

「わかったよ、夢子」

「わかってくれれば、いいのです。それじゃあ、一休みしましょう。司さまも鬼眼を何度か使われたことだし」

そう言い、夢子は滝沢が用意したサンドイッチを差し出した。

司はそれを手にとり、がぶりと噛みついた。

鬼眼はとてつもない力を宿主にもたらすが、その代償として生命力を浪費する。

食事と休養は必須だった。


平井夢子は愛用のリュックから四枚の呪符を取り出した。

それを部屋の四隅にペタペタとはりだした。

部屋の中央に胡座の姿勢をとる。

手印を結び、呪を唱える。

「四海竜王に願いたてまつる。我らを守護したまえ」

四隅の呪符がうっすらと輝いた。

東西南北を守る竜王の力を借り、彼女は結界と霊的磁場の能力の底上げを行った。

これで、志乃の回復はすこしは早まるだろう。

もう一枚呪符を取り出し夢子は、

「東海青竜王の配下、蛟よ、出でよ」

と唱えた。

彼女のちいさな手のひら上の空気がぐるぐると回転し、30センチほどの青い蛇が出現した。

厳密にいうとそれは、蛇ではなく、水の精霊である蛟であった。

「蛟よ、なにかおかしなものがきたらおしえておくれ」

蛟はするすると手を離れ、ドアのほんのわずかな隙間を身体を変化させ通り抜け、外にでていった。

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