第38話原始の魔女

雷雲がたちこめ、稲妻が鳴り響く。

暗闇が空間を支配し、雷の光だけが眩しい。

颯爽と出口なおは大長刀を小脇に抱え、魔獣鵺に飛び乗った。

たて髪を手綱代わりに持つと鵺は耳をおおいたくなるほどの大音量で吠えた。


グオォォゥ。


内臓を直につかまれ、揺さぶられるような感覚を小野寺は襲われた。

軽い吐き気と頭痛を彼は覚えた。

ゴクリと酸っぱい唾をのみこむ。

小野寺の足元には膝を抱え、遠藤となった怪人が座っていた。

見るからにごく普通の青年であった。

文字通り彼は普通の労働者にしかすぎない。

鵺との戦いには期待することはできないだろう。

自分と厚化粧の魔術師でコバヤシ少女を守りきれるだろうか?

ざらざらとした顎をなでながら、小野寺は心の中でひとりごちた。


「カゲオウ、夢子たちの元においき」

時昌がそういうとクァーと、一鳴きすると天空に飛び立った。

それを阻止すべく、鵺と一体となった出口なおが立ちはだかる。

大長刀を頭上で回転させ、必殺の一撃を繰り出そうとする。

「行け、学天即」

短く叫ぶと小野寺はリズミカルにタイプライターを叩く。

どこか楽しそうに笑みを浮かべていた。

学天即は跳躍し、天空を駆ける出口なおに強烈な蹴りを繰り出す。

仕方なく出口なおは大長刀でその蹴りを防ぐ。

蹴りを防がれた学天即は静かに着地する。

カゲオウはその隙に黒い優美な羽を羽ばたかせ、夢子たちの元に飛んで行った。

「渡辺中尉たちはきてくれると思うかね」

小野寺は聞いた。

「わからないわ。向こうも苦戦してるでしょうし。私たちはできることをするだけよ」

苦笑混じりに時昌は答えた。


コバヤシ少女は黙って二人のやりとりを見ていた。

最初、明智らによって発見された彼女の自我は不安定きわまりなないものであった。

それがかの怪人が変化する人格たちに接するうちに、心というものを持つようになった。

喜怒哀楽が芽生え、感情をもって人と話すようになる。

それも彼らと出会えたおかげだ。

もし、出会わなければ、自分はあの薄暗い教会の地下室で餓死していただろう。


彼らを失いたくない。


コバヤシ少女は強く思った。


守られるだけは嫌だ。


あの二十の人格を持つ怪人には、今は戦う力はない。


歯をくいしばり、心臓のあたりのワンピースの布地を強く握った。


鵺が唸り声を発すると雷雲が密集する。

雷を操る鵺の魔力のなんたる強大なことか。

雷光が四人をおそう。

光と熱で意識を失いそうだ。

だが、ハクテイが身をていして彼らを守る。

白く麗しい羽を広げ、時昌たちの盾となった。

雷獣鵺が発動させた雷の威力をハクテイはその身の霊力で相殺させた。

だが、なんたる鵺の魔力の強いことか。

ハクテイはふらふらとゆっくり落下し、時昌の影に吸い込まれていった。

「すまないね、ハクテイ。休みなさい」

慈悲深い声で、時昌は言った。

「おい、二激目くるぞ」

あわただしく、小野寺はいう。

鵺は再び咆哮をあげ、雷雲を集めていた。

黒雲が集約し、雷が密集する。

ピカリピカリと光がまぶしく、目を開けているのがやっとだ。


轟音とともに稲妻が再び彼らをおそう。


身体を高速で回転し、学天即が飛び出した。

ぐるぐると回る機械の身体に透明な何かが発生する。

それは水であった。

空気中に突如水の壁が現れた。

小野寺が彼には珍しくにやりと不敵な笑みを浮かべた。

これこそが小野寺が解明した学天即の真なるなる力。

元素の分解と再構成。

空気に存在する酸素と水素を組み合わせ、水の壁を創造した。

錬金術師のごとき秘技であった。

雷の破壊力は水に弾かれ、地面に四散する。

バチバチと地面がこげ、嫌な匂いがたちこめる。

「しかし、これではらちが開かんぞ」

焦げ臭さにむせながら、小野寺はいった。

「そうね」

服の袖で口を防ぎながら時昌は言った。

「遠藤君、大丈夫?」

「ええ、なんとか……」

両手で頭を抱えながら、遠藤青年は答える。


じっと黒い天空をコバヤシ少女はにらみつける。

そこには雷獣鵺をかる出口なおがいた。

赤い炎をちろちろと鵺は吐いていた。


あのもの達を守りたいか?


その問いかけは少女の頭の中だけにこだまする。


力強くゴバヤシ少女は頷いた。


守られるだけは嫌か?


嫌。


ふふっ、面白い。

今起きると不完全じゃがこの場を切り抜けることぐらいはできよう。


その声は女の声だった。耳に残る魅力的な声だった。ずっと聴いていたい。他者にそう思わせるほど。


ううっ。


うはぁっ。


あぅぅ。


コバヤシ少女が小さくあえぐ。

彼女の身体が変化していく。

肉と骨がはげしく痛む。

ぐいぐいと手足がのびていく。

急激に大人の姿に成長していく。

ハァハァと吐息を漏らさずにはおれない。

胸が大きく膨らみワンピースの布地が引っ張られる。膨らんだ尻が蠱惑的だ。


完全に大人の姿になった。それもとてつもなく理想的な曲線を持つ女性に。


「息苦しいのお」

その女は言い、ワンピースの首もとに指を入れ、切り裂いた。大きくボリュームのある胸の谷間が見えた。

「お前は何者だ」

驚愕の表情を浮かべ、小野寺は聞いた。

「我か。我が名はリリス。もっとも初めの魔女にして悪魔どもの母じゃ」

大人の姿になったゴバヤシ少女は言った。

「あら、やだ。覚醒しちゃたのね」

喉の奥をならす奇妙な笑いかたをし、時昌は言った。









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